第16話

「驚いたかな?」

「えっ、あ、うん、全然そんな風に思わなかったから」


「うん、俺も中学に入るまで気付かなかった。小学生でもみんな好きな子や推しのアイドルとか出来るのに、俺には出来なかったから、なんか変だなとは思ってたんだ。


それで中学に入った時に、急に当然のように男子の中にいることに、ちょっとした違和感を覚えた。なんだろう、男同士で一緒に着替えたり、みんなでファミリー銭湯に行ったりすると特に思った。


自分の体を男子の前にさらしたくないというか。恥ずかしいというか。そう感じると性別に関するあらゆることに違和感を覚えるようになった。


俺は男子トイレに入るのも、小便器に立ってするのも苦痛になった。誰かが隣に立ってやりだしたら、地獄だ。だから男子トイレの個室で座ってしている。


でも未だに時代錯誤な奴が、大の方してたろ? とか言い出して、してないよ、いやしてた、と押し問答になったりした。


何かがおかしいと思ってた時に、LGBTって言葉に出会った。保健体育の授業で出たの覚えてないか? 


それでLGBTについてネットで調べてみたら、自分の感覚にフィットしたんだ。ほんとシンデレラフィットだったよ。俺も同じような感覚だと。


それからLGBTの色々な本を読みだした。そして自分のこの感覚は普通なんだと思えるようになった。性別が男だからって、みんな同じだと考える方が異常なんだと今は思う。


だから俺は気持ちは女子なんだと思うし、好きな人だっている。それをキモイとかって思うか?」晴希が真剣な目をして言った。


「いや、そんなことないよ」誰かが誰かを愛することをキモいなんて思わない。尊いことだと思う。


「女子とは友達でいられるし、むしろ女子の中にいると居心地が良かったりもするんだ。でもそれは恋には発展しない。僕はその女子たちに囲まれた中で、こっそり男子のことを見てるから。これはどう? 引く?」


「引かないよ。女子ならそうするだろうし」

「だから中3になってみんなと知り合って、莉緒と紗奈と友達になって、俺は楽しかったんだ。もちろん亜土と翔人に逢えたことも大きい。


男子といても違和感なく付き合える友達が出来たから。俺にとっては異性の友達なんだ、亜土と翔人って。でもLGBTのことは明かせなかった。どんなに親しくなっても、わかってもらえる自信がなかった。こんな俺で大丈夫か? これからも友達でいられるか?」


「当たり前だろ。晴希は大事な仲間だし」

「そっか。そう言ってくれてうれしいよ。でも言っとくけど、亜土と翔人は俺の恋愛対象には入ってないから。女子がどんな男子でも恋愛対象に入るわけじゃないだろ。それと一緒だよ」


「なんだか一方的に、フラれた気分なんだけど」僕が笑って言うと、

「ごめんな、フッちゃって」

「あー、帰ってやけ食いしよっ」2人で笑った。


「でもどうして本の背表紙を裏にしたりとか、回りくどいことしてるの? 親にはやっぱり言いづらい?」


「両親ともあまり俺に興味がないから、こんな方法で自分の息子がLGBTだって、わからせようと思ったんだ。自分の息子に興味があるなら、背表紙を裏にした本が本棚にあったら見るだろ、フツー」


 晴希のお父さんは大学教授をしていて、お母さんは華道の師範をやっている。両親とも札幌で仕事をしているから親とあまり顔を合わせないと前に言っていた。


「もう親が本を見た形跡はあった?」

「ないね。俺の部屋にもほとんど入ってないんじゃないかな」


「そうなんだ」

「まあ、この話はいつかみんなにする。俺の口から。だからそれまでは黙っててくれ」


「うん、わかった」

「じゃあ、これでも飲んで勉強始めようか」晴希はそう言って、僕にお茶のペットボトルを渡してくれた。

「うん」


 正直、その日はまったく勉強に身が入らなかった。ちょっと上の空になってるとこに「これどう解くんだっけ」と言われて我に返って説明したりした。


 別に晴希がLGBTだからって、僕たちの仲は何も変わらない。それは絶対だ。

 

 でもそれを突然カミングアウトされた後に、普通に勉強するほどには僕の頭のキャパは広くなかった。


 それでも夕方近くまで勉強すると、

「今日はここまででいいか」と晴希が言った。

「そうだね、ここまでやればいいんじゃない」


「今日はありがとな。勉強も教わった上に、なんか秘密まで背負わせて」

「気にすんなよ。俺は全然大丈夫だから」


「秘密っていえば、美笛ちゃんとはあれからどうなってる?」と晴希が言った。

「えっ、なんで?」

「付き合ってるのバレバレなんですけど」

「マジで?」

「マジでってことは、本当に付き合ってるんだな」


 僕はここで嘘をつけるほど、クレバーじゃない。晴希がカミングアウトした後に、僕が嘘をつくなんて人としてどうだろうと思う。


「うん、付き合ってる。同じ進学塾で知り合ったんだ」

「みんなには内緒か」

「今のとこはそうだね。いつかちゃんとみんなに言うから」

「俺と同じじゃん」晴希が笑って言った、

「そうだね」


「莉緒のこと、気にしてるんだ」

「うん」

「莉緒は亜土のことが好きだよ」

「えっ」

「ただの幼なじみとか、そんなんじゃなく、男として亜土のことが好きだと思う。


 僕は子供の頃に母親に言われた言葉を思い出した。


「俺が莉緒を好きになったら、莉緒が悲しい思いをするんだって、ずっと親やら近所のおせっかいな人に言われてきたんだ。みんな莉緒が20歳まで生きられないって前提で。でも手術を受けたから、69%は20歳を過ぎても生きられるって知った。


でも残りの31%に莉緒が入ったとしたら、莉緒と付き合ったらつらい思いをさせてしまう。俺だけ、のうのうと生き残って」僕は言った。


「たしかにそれもつらい話だよな」と晴希は言った。

「でも現時点で、莉緒が亜土を好きな場合、どれだけつらい思いをするかわかるか? 死んでからじゃなく、生きてるうちに好きな人から拒絶される。それは死にたくなるくらいつらいことじゃないか?」晴希がそう言った。


「付き合ってもつらい思いをさせるし、付き合わなくてもつらい思いをさせる。そのことを、亜土はわかってるか?」


 僕は言葉が出なかった。どっちにしても莉緒につらい思いをさせてしまう。


「莉緒とのことも、ちゃんとしないとな。亜土が美笛ちゃんを好きならそれでいいと思う。恋は誰にも止める権利はない。それで傷ついたとしても恋には傷つくことが不可欠だから。でも隠れて付き合ってて、それがバレて莉緒を傷つけるのは、やっぱり違うと思う」


 晴希に正論を言われて、僕は何も言葉が返せなかった。


「俺もちゃんとするから、亜土もちゃんとしろ、な?」

「うん、わかった。ちゃんとするよ」

 そう言った後、僕はちょっと気になったので、晴希に聞いた。

「今、好きな人いるの?」

「いるよ」

「どんな人?」

「今は言えない。ごめん」

「そっか」


 そして僕は頭がパンパンに詰まってキャパがオーバーになったまま、晴希の家を出た。


 無性に誰かに会いたかった。こんなにフリーズしてしまった僕をうまく動かせてくれるようにしてくれるポジティブな奴に。

 

 そいつはきっとあの場所にいる。

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