第14話

 僕と美笛はいつもの帰り道を歩いた。お互いの家はM駅の反対側にある。駅ナカを通って、向かい側の出口に出る。


「ごめんね、あんなこと言ってたなんて思いもしなかった」と美笛が言った。


「酔ってたんだし、しょうがないよ」 

 美笛は少し間を空けてから、

「でも言いたかったのは本当」

「えっ」

「私は亜土くんと付き合ってるんだぞーって、大声で言いたかったのは、本当なの」


「そうだったんだ。俺の方こそごめん。美笛につらい思いをさせて」

「謝らなくて大丈夫。良い仲間も出来たし、私も楽しかったから。今日のコスプレなんて、みんなすごかったし。特に翔人くんとか」


「あの女装はすごいね。地下アイドル並みだった」

「フツーにアイドルでいいじゃない」

「いや、なんか悔しい。翔人は地下アイドルでグッズとか売れ残って、チェキも撮ってもらえないような底辺のアイドルであって欲しいと、心から思う」


 美笛はクスッと笑って、

「ちょっとうらやましいんだ」

「そんなことないよ。でもやっぱりそうかな。女子にキャーキャー言われてるのはやっぱりうらやまかも。まあ元々、イケメンだから、俺なんかかなわないんだけどね」


「じゃあ翔人くんと、私とどっちがかわいいと思う?」

「美笛」僕は秒で答えた。

「ありがと」

 美笛はまた小首を傾げてはにかむような笑顔を見せた。そのしぐさが世界一好きなのだ。


 10月末の北海道はもう冬で、内地のように薄着でハロウィンの格好なんてしてたら凍死してしまうだろう。カボチャのかぶり物とマントを付けたままで。

 

 今夜のニュースで渋谷のセンター街の交差点が映って、ハロウィンのコスプレをした人々の様子を中継するのを見るのが楽しみだ。暴れたり物を壊したり、軽トラックをひっくり返したりするろくでもない奴はDJポリスに逮捕されて欲しい。


 僕はしばらく会話の間が空いたので、「明日から11月だね」と、これ以上ないくらい、空を見て「空ですね」と言うくらい、ひどく当たり前のことを言った。


「うん、そうだね」


「勉強はどう?」


「一応がんばってる。私はO女子校にしようと思ってるけど、先生がもっとレベルが上の学校でも大丈夫って言ってくれたから、どうしようか迷ってるけど」


「そつか。僕もS高一本で大丈夫か、迷ってるんだ」

「私も同じS高目指そうかな。◯○市で1番レベル高い高校でしょ。大学に行く時、有利だよね」

「うん、たしかに。俺たち、同じ高校に行けたらいいね」

「そうだね」

 

 N町の通りを川沿いに歩いて行くと美笛の住むマンションが見えて来た。


「もうここで大丈夫。送ってくれてありがと」美笛が言った。

「この前、お父さんなんか言ってなかった?」


「結構、色々聞かれた。亜土くんのこと、どこの中学とか、勉強は出来るのか、どこに住んでるのか、いい匂いはするのか、とか」


 いい匂いってなんだよ。

「そうなんだ」


「うるさいからテキトーに答えといた」美笛は笑って言った。

「うん、それでいいよ」


 僕は美笛にキスをしようとした。すると美笛が顔をそらした。

「ごめん。お酒臭いと嫌だから」と恥ずかしがった。


「そっか」ちょっと残念だった。酒臭い美笛の息も大人びて素敵に思えた。

「親にバレないように、帰ったら歯を磨いてリステリンする」


「うん、バレたら大変だからね」

 うん、あのお父さんだからね。


 でも、いい匂いってなんだよ。


「じゃあ、またね」美笛が手を振った。


「うん、またね」僕も手を振りかえした。そして彩菜は何度もこっちを振り返りながら、遠ざかって行った。


 家に帰ってから風呂に入り、食事をしてから自分の部屋に戻った。今日は楽しかったけど色々波乱があって疲れた。精神的にも。ベッドに横になったらそのまま寝てしまいそうだ。


 そんな時にLINEが来た。グループLINEじゃなく、僕個人に。晴希からだった。


 今日はおつかれー

           おつかれー

  

 今度の日曜の昼過ぎって空いてる?

              

 

           うん、空いてるけど

         

 ちょっと数学教えてもらいたくて

             

           じゃあ晴希の得意な

           国語を教えてよ


 わかった 


           じゃあ日曜日


 うん


 僕の週末の予定が突然埋まった。晴希が勉強を教えて欲しいなんて珍しいと思った。

 

 まあそんなこともあるだろうと思ってベッドに横になった。


 睡魔はすぐに僕の足をつかんで沼の底に引きずり込むように、眠りの世界に連れて行った。

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