第7話
莉緒は「新しい友達の美笛ちゃんでーす」と紹介した。僕は2人の背景に見覚えがあった。
莉緒の両親がやってる美容室の一角だ。
僕も何度か莉緒のお父さんに髪を切ってもらいに行ったことがあるからわかる。
その美容室は○○市のC町という、昔は繁華街だったのだけれど、今ではシャッター街になってしまった商店街の外れにあった。
元々はN町という繁華街に店があったのだが、その寂れた場所に移った理由は、フリーのお客さんがあまり来ない場所で営業する為だった。
莉緒の体調に何かあったら、すぐに札幌の病院まで連れて行かなければならない。店が忙しいとそれもままならないない。
だから人通りのあまりないC町に移ったのだ。
それでも今まで来ていたお客さんは来るらしいから、現在は完全予約制にしている。
父親が莉緒を連れて病院に行く時は、母親が美容師として働く。2人ともセンスが良いらしい。
莉緒と美笛の前には、髪を切る練習で使う、首から上のマネキンがカツラをかぶって置いてあった。
「今から簡単に寝癖が取れる方法を教えます」
両親に教わったのだろう。髪にミストをかけてブラッシングを始めた。美笛はアシスタント役で、隣で道具を莉緒に渡したりしていた。
莉緒のライブに人が集まり始めた。いつもより多くの人が観に来ていた。美笛の存在が観客を集めているのだろう。
「亜土、ちゃんと見てて。朝、寝癖がついてる時あるんから」画面の中から莉緒に言われてしまった。
でも、これは一体どういうことなんだろう?
その後は軽い雑談をして、ライブは10分ほどで終わったが、僕の中には巨大な疑問符だけが残った。
どうして莉緒と美笛が一緒にいるんだ? それも莉緒の両親の美容室に。
そんな小惑星ぐらいの大きさの疑問を抱えていては、何をやっても集中出来ない。小惑星を砕き割る宇宙ドリルもない。なんだ宇宙ドリルって。
僕はYouTubeをザッピングしたが、心ここにあらずで、さっきのライブのことばかり考えていた。
するとLINE通話がかかってきた。莉緒からだった。
「どうだった、今日のインスタライブ?」
僕の頭の中ではどうして美笛がいたんだよ? という疑問であふれまくっていたけれど、
フツーを装い「良かったんじゃない」と言った。
美笛はどうしてそこにいたのか? どういう経緯で知り合ったのか、聞きたかったが聞けるわけがなかった。僕が美笛と付き合っていることをみんなにも、莉緒にさえ話していなかったからだ。
美笛と僕が付き合ってることを莉緒は知っているのだろうか?
でも僕は美笛の存在を完璧に隠していた。白い壁に白いペンキを塗るように、誰の目にも、つかなくしていた。
仲間たちが莉緒と僕を結びつけようとしてるのがわかるから、美笛のことを話すのをためらっていたのだ。僕らの付き合いがみんなから祝福されないのはわかっていた。もう仲間でさえいられなくなるかもしれない。
それでもいい、美笛さえいれば、と踏ん切りがつかないのが僕の致命的な欠点だ。
「新しく友達になったんだ。美笛ちゃん。かわいかったでしょ?」
僕はどう答えればいいのか。もしかして美笛とのことを知っていて、探りを入れる為にそう言ってるのかもしれない。でも何か答えないと余計に疑われる。莉緒はすべてにおいて鋭いのだ。舐めすぎて尖った千歳飴のように。
「うん、そうだね」
「美笛ちゃん、インスタのフォロワーだったんだけど、私の写真に書き込みしてくれて、それでフォロー返ししたら、ありがとうってDMが来て、
そんなやりとりをしてたら盛り上がっちゃって、今夜インスタライブやるって言ったら一緒に出たいって言うから、
うちのお店まで来れるならやろうって言ったんだ。そしたらすごい偶然なんだけど、美笛ちゃんのお父さんがうちの店の常連さんで、
美笛ちゃんを車で連れて来てくれたんだ。お父さんの方は待ってる間、親父に髪を切ってもらってた」
こんな偶然あるだろうか。あったとしたら落ちて来た隕石がぶつかって恐竜たちが死滅するくらいの確率だろう。
「それで、その子は何か言ってた?」
「何かって?」
「インスタライブを見に来た人たちのこと、何か聞いてきた?」
探りを入れてみた。自分でも恥ずい。
「別に。知ってる人って誰もいないだろうし」
美笛は僕のことは莉緒に何も話してない。
「それで、その子は帰ったの?」
「うん、お父さんの車で帰ったよ。私もお父さんの運転で帰って来た。なんか今日は疲れた」
「体調は?」
「今のとこ大丈夫。優しいね、心配してくれたんだ」
「まあね。でも莉緒って人見知りするのに、すぐ友達になるなんて珍しいよね」
「なんかねえ、人の心の中に入ってくるのがうまいっていうか、愛敬があって話も面白い子だから、なんかすぐに打ち解けられたんだ」
「そうなんだ」
「あっ、これからお風呂入るから切るね」
「うん、お疲れー」
LINE通話は切れた。
その途端にLINEが来た。
美笛からだった。
『明日、会えるよね』
僕はなんて返せばいいか、わからなかった。会えばいろいろ詮索してしまいそうだ。でも会わなければ、この心のもやもやは消えないし、美笛と逢っているとやはり誰といるよりも楽しいし、幸せなのだ。
考えた末に、僕が送ったのはこの一言だ。
『うん。あの図書館でいいかな』
そこは美笛と2人きりで初めて行った場所だった。
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