第3話
今日は数学の遅れてる部分を教えて、6時に莉緒の家を出た。
莉緒にはもう少ししゃべって行かない? と誘われたけど断った。これから約束があるからだ。
僕が住む北海道◯◯市には一軒しかないミスドのテーブル席に座っていると、美笛(みてき)がやって来た。
「今日はどうしたの? いつも遅れて来るのに」
少し早めに来たのは、ここでさっき莉緒にもらったネックレスを外して、ケースに入れて鞄にしまう為だ。
「別に、たまたまだよ」
美笛は同じ学年だが学校が違った。
進学塾で出会って、話すと不思議なくらい考え方が似ていて、僕が言おうとしたことを、先に美笛に言われたり、美笛が言おうとしたことを、僕が先に言ってしまい、
「なんで私の言いたいことが、わかったの?」と不思議がられたりした。
そんなことが100回くらい続くと、美笛が自分にとって特別な、大げさに言えば運命の人のような存在に思えてきた。
美笛も思いは同じだったらしく、2人で映画を観に行った帰りに告ったら、その場でOKしてくれた。そして僕らは付き合うようになった。
美笛はドーナツと飲み物の載ったトレイをテーブルに置いて、壁際の椅子に座った。
美笛の制服は紺のブレザーに、首の下辺りに羽を広げた蝶のようなリボンが着いていて、スカートはチェック柄だ。
うちの学校の女子がその制服を羨むのもわかる気がする。うちの学校は地味な紺のスカートだからだ。
「あの幼なじみの子の家庭教師をして来たの?」
「うん」
「ちょっと妬いた」
「えっ」
「その子と亜土くんが一緒にいるのを、想像したら」
「そんな仲じゃないよ」
僕らはキスをした。
壁際の美笛を、僕の背中で隠すようにして。
唇が離れると、なんにもなかったような顔で美笛が、「昨日、夢を見たの」と言った。
「どんな?」
「ジャングルみたいな中を流れる河を、カヌーを漕いでいるの。木とかいっぱい茂ってて、気味の悪い虫とか飛んでて。
2人で漕いでいるんだけど、前で漕いでる人の顔が見えないの。影で隠れてる感じで。
で、しばらく漕いでるうちに茂った木々の間から、一筋の光が差して、その前で漕いでる人の顔を照らしたの。
それで私はそれが誰かわかったの。誰だと思う?」
話の流れ的には僕だ。でもそれを言って違ってしまうと、すごく自己主張してるみたいで恥ずい。
「わからない、誰だったの?」無難な返しだ。
美笛は謎めいた笑みを見せた。
「それがね……誰かわかった、ああ、この人だったんだ、って思った時に目が覚めたの。
夢は、この人だったと思った所で途切れてて、ビジュアル的に誰だったかがわからないの」
「誰だかわかるって言うから、特定の誰かかと思った」
僕がやんわり抗議するように言うと、
美笛はおどけるように舌をペロっと出した。
そのしぐさがとてもかわいかった。
美笛はカップの紅茶にガムシロップを入れて、スティックでかき混ぜた。
そして一口飲むと、
「それが亜土くんだったら、いい目覚めになったと思ったの。こんな風に、あれは誰だったんだろうって、もやもやしないで起きれたって」
美笛はふうとため息をついた。
「うれしいよ、僕が美笛の夢に出られてたら。ほんと、そう思う」
「ほんとに?」
「うん」
「そう言ってくれて、私もうれしい」
美笛はてのひらを頬に当て、首を少しかしげて笑った。彩菜がうれしい時にする、これも僕の好きなしぐさだった。
僕らはもう一度キスをした。
顔が離れると、今度は美笛は恥じらうような照れるような、女の子が持つ1番かわいい表情で僕を見た。
僕の胸からドキドキという音が本当にした。
美笛のことがこんなにも好きだから。
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