宇佐川家の降霊会
@rona_615
第1話
黒いベールを被った女性が低い声で歌うように呟く。声量は小さく、その内容を聞き取ることはできない。彼女を中心に作られた人の輪は、誰かの訪れを期待するかのように一人分だけ空いている。
雨戸を閉め、電灯を消した部屋。床に置かれたほんの数本の蝋燭では、闇を払うには到底足りない。調度品の殆どを売り払った屋敷のことだから、灯りがあったところで見るべきものなどないのだけれど。
と、蝶番がきぃっと鳴った。ドアのところまで光は届かず、その音を立てたものの姿を捉えることはできない。
こつり、こつり、と足音が近づいてきた。黒い革靴を履いた足元が、喪服のような真っ黒なスーツが、順に蝋燭の火に浮かび上がる。前髪で目元が覆われているせいで、表情は分からない。真っ赤な唇は、その両端がわずかに上がっていた。
霊媒師の声が大きくなる。闖入者は、彼女に向けた顔を微塵も動かさず、一歩一歩、進む。用意された空間に彼が辿り着いたところで、霊媒師は口を閉ざした。同時に、彼の歩みも止まる。
「館を、守る、隠し財産が」
枯れ木を抜ける風みたいな掠れた声。聞き逃してはなるものかとばかりに、人の輪が縮まる。
初代の財宝の話なら、祖父から聞いたことがあった。跡取りだけに伝えられるはずのその在処は、不慮の事故で祖父が亡くなったことで、分からなくなっている。それさえあれば土地を手放す必要はないと探し回った日々は、遠い過去のことのように思える。
人影が一つ、輪から抜け出し、霊媒師へ近寄った。手入れされた長く白い髭に、一瞬、祖父かと見誤るが、服装が違う。
祖父は着物しか纏わなかった。
髪や髭に白いものが増えてるとはいえ、胸に掲げた勲章も、襟の詰まった軍服も、広間に飾られている肖像画のままの、初代。そういえば、祖父は、自身の曾祖父にあたる彼を真似て、髭を伸ばしたと言っていたっけ。
直立した姿勢で隠し扉の場所を口にする宇佐川家の初代。その言葉を一言一句違わず告げる、霊媒師。
彼が、彼女が、必要なことを話し終えると、スーツの男は深くお辞儀をした。彼はすぐに顔を上げると、死者たちの群れを一瞥することなく、ドアへと向かう。
宇佐川家は、これからも、続く。
その安堵と、生前からの謎が解けた喜びを込め、私はたった一人の跡取りの背へ目礼をしたのだった。
宇佐川家の降霊会 @rona_615
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