第33話 福岡天帝①
続く二回戦は軽く片付けられた。
そしてほんの少し因縁のある相手が次の敵だった。
『福岡天帝』。全国トップクラスの選手が集う優勝候補……今年は特に強い。
わたし率いる天味と最強世代の王剣がいなければ優勝していただろう。
だが、特筆すべきは全体的なレベルではなく……天王寺。天王寺祐也だ。
彼の技術はさほどでもない。戦法の練度もそこまでではない。
その巨体から引き出される圧倒的な膂力。そしてその大きさそのものが彼を高校戦技において最強のプレイヤーであるわたしを単騎で叩けるだけの強みであった。
……しかし、嫉妬か。
ここまでの選手に嫉妬されるのは気持ちが良い。だけど、同じメンタル弱い族としては気が気でない。
本気を出せるか?それは出せるに決まっている。
試合においてはこのくらいの感傷はどうとでもできる。
だけど、試合を目前にした今は……。
「……どうしたんですか?今日は朝から気分が沈んでいるみたいですけど」
梨花ちゃんにはお見通しか。
まあ、わかりやすかったかもしれない。
「ううん、なんでもない。大したことではないよ。試合では全力で行けるし、時間が解決するだろう問題だからね」
「そうですか。……今日の対戦相手のことですか?」
そこまで知られていたか。梨花ちゃんはわたしのガチ勢だから驚くことではないけど、ちょっと怖いね。
そこがまたかわいいんだけど。
「うん、そうだよ。……もしものわたしに近い相手がいるから、ちょっと気になっているだけ」
天王寺はあり得たかもしれないわたし……というのは言い過ぎにしても、自分に近い存在だ。
「まあ、少しだけ近い精神をしているかもしれませんね、あの人は。ですが、アオちゃんが気にすることではないのではありませんか?」
「うん、そうなんだよ。わたしがどうこうする義理もない。さっきも言ったけど時間が解決するとも思う。……だけど、あそこまで素質を持った人間がここで潰れる可能性を思うと、なんとももったいなくて……。似ているから余計にそう思っちゃうんだろうね」
だから、気になってしまう。
ここで潰れるなど許してはならないが、手を抜くことも許されない。
一体わたしはどうするべきなのだろう。
……どうする義理もない。本気でぶつかるだけ、かな。
「むう。あんな方がそこまでアオちゃんに思われているというのは嫉妬心がうずいてしまいます。しないとはわかっているつもりですが、もし男と浮気したら……」
梨花ちゃんはわたしの後ろに回って耳元で語りかける。
その言葉には極大の感情が込められており、心地が良かった。
そして、同時に……。
「ひうっ……」
梨花ちゃんの吐息が耳にかかることによって、少しばかり感じてしまった。
「あ、う……。ちょっと積極的すぎました……。すみません……。でも、とっても眼福でした……」
梨花ちゃんの反応が可愛くて、緊張がほぐれてしまった。
「ふふ……かわいい……」
思わず口に出してしまっていた。
「……オイオイ、なに盛ってるんだよお前たち。試合がそろそろ始まるんだぞ」
ああ、そうか。そろそろ始まるか。
今日の第一試合はわたしたちだからね。
それから少し経ち、フィールドへと案内された。
『セブンスセンス本戦第三回戦、天味学園VS福岡天帝!今大会でも屈指の好カードでしょう。解説の島原さん、どう見ますか?』
『うーん……天王寺くんがキーマンになってくるかな。天王寺くんが平沢ちゃんを倒して、国見ちゃんも抑え込めれば天帝にも勝ち目はあると思うよ。天王寺くんと平沢ちゃんなら、平沢ちゃんのほうが強いと誰もが言うと思うけど、二人の間の相性で言えば天王寺くんのほうが上だ。だから、決して難しい話じゃない。国見ちゃんをその間他の選手が抑え込めるかが争点になってくるけど……黒木くんや芦田くんも特別なプレイヤーだからねぇ……』
解説の老人は悔しそうにそうぼやいていた。
彼の見立ての通り、天味と福岡天帝の間の差は歴然としていた。
勝ち目がないとは言わない。だが、まず勝つことは難しい。
そんな中、一人の男の眼に昏い光が宿っていた。
「よろしくおねがいします!」
二チームが礼をして、ポジションについていく。
「(……この試合、勝てなくても良い。だが、平沢は……平沢葵だけは一度でも、叩きのめしてやりたい。……自分が嫌いだ。なんであんな良い選手を素直に認められないんだ。かつての平沢ならともかく、今の平沢なら認められるはずだ。……なのに)」
そして心は迷い、揺れ動いていた。
心の均衡が定まらない。それは彼の精神構造上いつものことだ。
どんな戦いのときでも、なにをしていても、精神が安定しない。
常に、心の均衡を崩していた。
なので、完全な実力を出せたことなど一度もなかった。
だが、それでも彼は全国トップ3のプレイヤー。心を壊していても、最強クラスの存在だ。
「(負けて、なるものか……平沢だけには!)」
自分でも理不尽な感情だと思いながらも、怒りの炎を燃やして槍を構える。
「……始め!」
そして、開戦の号令が鳴り響く。
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