第32話 無双劇
薄く微笑みながら、フィールドに入場する。
実際は尋常でないほど緊張している。
このくらいの相手に負けることはないとわかっていても、一度負けたら終わりという事実と夢見ていた舞台という補正が加わって凄まじいプレッシャーとなる。
……そんな考え方はプレイヤーとして不純というか、リスペクトが足りないんだろうけど、負けるはずがないというのは誰が見ても共通認識だろうから、まあ仕方ないと思ってほしい。
王剣の選手たちなら、きっと緊張は最低限か、むしろこの舞台で戦ってこそ全力を出せるといったところなんだろうな。
だから、高校戦技においてわたしたちは彼らより弱い。
……今は違う。そうだ。眼の前の敵を見ろ。見据えろ。取るのはこの戦場の手柄首だ。
「よろしくお願いします!」
互いに挨拶と礼を交わし、フォーメーションの通りに散っていく。
秋大会とは違い、わたしがエースを張っている。
「……」
見ると、敵は皆怯えていた。
この大舞台まで来て、この戦力差なのだからそうもなるか。
……こんな姿を晒していたのか?さっきまで、わたしが?
みっともないところを見せていたみたいだ。
眼の前の敵にではなく、順当に行けば決勝で当たる相手の幻影を見てビビっていちゃ世話ない。
全力で叩き潰す……そうすることにしよう。
ちょっと他を舐めすぎているね。気合を入れなければ。
そして、試合開始の号令が鳴った。
「……っっ!?」
試合開始とともに、わたしは駆けた。……どこへ?敵の本陣にまでだ。
あまりの行動に意表を突かれた様子だったが、相手も流石は全国レベル。
なんとか行く手を阻む。
わたしを警戒し過ぎだったね。ほかががら空きになっていた。こうしてわたしが突っ込んできた以上、間に合ったのはその戦術のおかげだから間違ってはいなかったわけだけど……。
三人がかりで戦法も使って、わたしを叩きのめそうとしてくる。
……予定変更。これくらいなら、行けそうだ。
「『雪姫変生』……ふふ、凍てついていって」
身体能力にバフを掛け、同時に体温を奪うことで敵の動きを鈍らせる。
炎熱系の戦法持ちがいたから、全体的に多少効果は弱められたし、使用者本人はピンピンしているけど……このくらいなら、勝てる。
「流石に俺たちを舐め過ぎだ!この馬鹿めが!」
三人が連携プレーでこちらを取り囲んで攻撃してくる。
だがそのうち炎熱系の戦法は出力も練度も違いすぎるから『雪姫変生』で完全に相殺できたし、ガンは当たってもそもそもあんまり痛くない。
威力が高いガンではないし、そもそも最大出力クラスのロマン砲であっても射撃系の戦法なしにはわたし相手には決定打になり得ない。
だが、一人だけ危険なやつがいた。……思わずニヤついてしまった。それくらいなら知っているとも。データにある。
「おおおおおおおお!!!『ヘヴィストライク』!」
敵は上に思いっきり飛び、大太刀をわたしに振り下ろす!
当たったら痛いだろう。かなりのダメージを負うはずだ。
もしかしたら、その後の展開によっては『離脱』してしまうかもしれない。そうなったら恥ずかしいな。でも、関係ない。
「『祓流・竜尾返し』」
獲物である刀を下から二度振り上げる。
これはカウンターの技。
相手の繰り出した攻撃の威力が高いほど、与える出力が高くなる技。
やはり戦法ではなく、わたしが生み出した技でしかないが、威力はこの場合桁違いになるだろう。
相手は氷によって動きが鈍っていたし、ヘヴィストライクという戦法はあまり繰り出しやすそうなチカラでもない。そしてそもそも技量が違いすぎるから……たやすく決まる。
厄介そうな敵は離脱した。二の太刀三の太刀で動揺した敵を切り潰し……形成は決まった。
そして、とどめとばかりに本陣へと駆けている間に、みんなは陣を落としている。
完全有利な盤面で、残った敵三人を倒していくと、勝者は決まった。
「勝負あり!勝者、天味学園!」
コールがされると同時に、静まり返っていたドームが一気に湧いた。
あまりに一方的。しかし、全国では滅多に見れない『無双劇』。
みんなと軽くタッチを交わした後に、礼を交わして控室へと去った。
「うぅん、さすがにアレはよくないんじゃないですか?」
控室に行ってスポーツドリンクを飲んでいると、マリーさんに咎められた。
「すみません。危険なスタンドプレーですよね。ですが、行けそうだったのでつい。それに、わたしが離脱しても負けることはなかったでしょうし」
「わかっているならいいんですけどね。戦技専門ではないのであまり強くは言えませんが、アレは流石にやりすぎだと思いますよ?」
「う、すみません……」
「……ふふ、舞い上がってたんですよね。二年の夏には出られなかった夢舞台ですから」
「……」
言われてみれば、そうかもしれない。
今回のアレは、露骨に敵がわたしを警戒してたから、翻弄して引き付けたのちに敵陣を他の選手たちで落としてから無双するという作戦だった。
だけど、そんなずっと確実な方法を取らなかったのは……舞い上がっていたのかな。
うん、そうかもしれない。
「わかってしまうと恥ずかしいですね……」
思わず赤面してしまった。
「その表情はとっても可愛らしいですので許してあげたくなっちゃいますが……次からはちゃんと気をつけてくださいね?それが続くと優勝できなくなるかもしれませんから」
「そうですね……不覚でした。みんなもごめんね?監督にも申し訳ありませんでした」
なにやらみんなに微笑ましい表情で見られていたのは忘れたかった。
梨花ちゃんはスマホでパシャパシャとわたしの姿を撮っていた。恥ずかしいので消させたいけど、申し訳ないことをしたのは事実なのでできなかった。
猛省。
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