第30話 前夜

 ホテルの部屋の中で一人瞑想をしていると、インターフォンの音が鳴った。

 ……この三時間、残り二時間半の間は誰も邪魔しないでほしいといったはずなんだけどなぁ。

 まあ、エースだから自分の都合だけにかまけているわけにも行かないか。

 仕方がないので切り上げて出ることにした。


「えっと、なにかありましたか?」


 立っていたのは名木田監督だった。


「ははは、モテモテじゃないか。他校の生徒から、マスコミに至るまで……いろんなやつがお前に会いたがっているぞ」


「大会中はできるだけ取材は最低限にして貰いたいんですけどね……。他の時間であれば取材にも答えられますが、この三時間はちょっと……」


「そうか。まあ、そうだよな。パフォーマンスを高めようとしているのは知っている。だが、マスコミに嫌われたらあることないこと書かれるのだぞ。できる限り愛想を良くしておけ」


「わかっているつもりなんですが……やっぱりマスコミっていうのは嫌いです。わたし以上に自分勝手ですよ。高校生に対する扱いじゃないですもん」


「まあまあ。だがな、お前は既に三股掛けているだろう?お前たちの間では折り合いがついていて、なおかつ結婚もしていない以上、世論はさして叩きはしないだろうがな、奴らがその気になれば事実を無視してあることないこと言い立てることだってできるんだ。それで傷つくのはお前もだし、お前の恋人たちもなんだぞ。なによりファンもそうだ」


「……まあ、わたしの場合大きな火種がありますからね。それでもやっぱり嫌いです。祭り上げてくれることに関しては感謝もしていますが……ええ、そうですね。瞑想は切り上げて取材を受けてきます」


 不満な気持ちを無理やり押し殺して、笑顔の練習をする。

 実時間二秒ほど、体感二分ほど表情を変化させていると、無理やり繕えた。


「ふふ、今日は虫の居所が悪いようだな。だが、今回の取材には注目校七校の選手による対談もある。バラエティなどにも映像は使われるようだ。それなりに楽しいかもしれぬぞ?」


「なるほど、有名他校の選手とはあまり関わりがありませんでしたからね。両方とも一方的に知っている、そんなところですから割りと楽しいかもしれません」



 そんな会話があって、取材を受けることになった。


「――――でしょうか!?」


「ズバリ、――――!?」


 ホテルを出ると、大量のテレビクルーや新聞記者に囲まれていた。

 流石に圧巻だった。

 ここまで群がられたことは、殆どないから。

 その上、今はセブンスセンス初戦を明日に控えているから高揚もある。

 

 ……マスコミを自分勝手なんて言えないな。

 

 勝手に嫌って、勝手に舞い上がる。同じことをしているよ。


「ええ、――――です。それは――――ですからね、だ――――しかないでしょう」


 なるべく丁寧に、取材に答えていく。

 答えて答えて答え続けて、気がついたときには日が暮れかけていた。


 ちなみに、七校の選手による対談を知らなかったことに関してはテレビ側と監督との伝達ミスらしい。

 監督にも責任はあるが、話を聞く限りは九割テレビが悪いようだった。


 ともかく、そんな取材の嵐に答え続けた後、車で移動して……ちょっとしたメイクや着替えを済ませた後、落ち着いた部屋の中に招かれた。


 そこにいたのは、聞いていた通り他校のエース格。

 要注目選手である佐々木アンダーソンも、天王寺ももちろんいた。

 彼らはごく普通のスーツに身を包んでおり、わたしはレディーススーツだった。


「オーケー!これで全員集まった!全員時間より前だ。素晴らしいぞ!」


 なんかちょっとテンションがおかしいテレビマンの人が、わたし達を褒めた。

 ……どっかで見たような。まあどうでもいいや。バラエティかなんかで目立っていたスタッフの人だと思う。

 興味はない。


 そこからは比較的当たり側のないことを言っていたと思う。

 わたしの感覚はちょっとあてにならないので、動画サイトで切り抜かれて偏向報道されるような発言くらいは、もしかしたら言ったかもしれない。


 まあそれは避けようがないので仕方がない。


 ただ、佐々木だけではなく、天王寺も結構わたしに執着があるようだった。

 だから、対談が終わったあとも、こうして話そうと誘われた。


「……俺はお前が憎たらしいんだ」


 開口一番、そんなことを口にされた。

 対談中も、言い方はもっとずっとマイルドだったが似たようなことは言われた。

 だけど、今は尋常ではない怨念がこもっている。

 正直、怖い。だけど……わたしの精神性がこじれている以上、こんな強い選手にここまで嫉妬されて、気持ちいいと思わないわけがない。


 なぜ憎いと思われているかなんてよくわかっているから。


「こんな事言われてもお前の気分が悪くなるだけとはわかっている。俺が人として終わっているのもわかっている。……だけど、憎くてしょうがない」


 怨念が張り付いたような、それでいて苦しそうな表情をしていた。

 申し訳ないという気持ちが一番に来るのだろうか。


「そう。そりゃあ憎いよね。わたしだって逆の立場だったら……ううん、キミの立場だったら、わたしはそこまでこじれないか」


 向こうは訳が分からないだろう。だけど、こちらは天王寺が言いたいことは大体わかっている。

 ようするに……。


「自分より注目を浴びているのが許せない、そういうことだよね」


「……ああ、そうだ」


 あっさりと認めてくれた。


「中学の頃から苛ついていた。俺より弱いくせに、やたらと注目を浴びるやつがいる。それが気に食わなかった」


 そうだ。そういうことだ。スター性の違い……それだけのことだった。

 わたしは男だった頃からやたらと顔が良くて、メディア映えするような振る舞いを自然にできた。

 だから、当然注目された。


 だけど天王寺は……『スター性が薄い』。特徴のない普通の顔をしていて、喋りが下手くそだ。それはさっき見ていてもよくわかった。

 場慣れしていないとかではない。そもそも、目立つことに向いていない精神性なのだろう。

 だけど、圧倒的な才能と、とんでもない巨体のせいかおかげか、小さい頃から取材を受ける回数が多かった。


 そして注目を浴びることに快感を覚えてしまった。

 言葉にしているわけではないが、そんなことは手に取るようにわかる。


 普通、ピカイチの才能があってとんでもない身長があるとなればそれだけでスターになれる器だ。

 だけど、なりたいとは思ってもなるべき器じゃないんだ。


 目立つことに向いた精神をしていない。……わたし以上に繊細なんだと思う。


 それでも目立ちたい。目立ちたいのに目立てない。


 挙句の果てには、かつては自分より明らかに弱かったくせに目立っていたわたしがいて、学校単位では王剣が最注目だ。

 そしてわたしは今では実力で天王寺を超えた。

 人気もかつてよりずっと高まった。


 実力でも人気でも負ける……わたしもその状況に置かれたら耐えられない。


「仕方ないと割り切るべきなのだろうが、それもできない。いや、すまない。何を言っているんだろうか……これだから陰険だと言われるんだ。申し訳ないことをした」


 そう言って天王寺は申し訳無さそうに笑った。そして、頭を下げて謝ってきた。


「……わたしがなにを言っても嫌味にしかならないから何も言えないな」


 いや、本当に何を言われているんだろう。

 普通に考えて地獄でしょこれ。

 わたしと少し似ているからなんとか救ってあげたいけど、それを与えることもできないし、座を譲る気なんてはなからない。


「……すまない」


 一つだけなんとかなるかもしれない方策はある。だけど、正しく望んだ形にならないかもしれないし、そもそもそれが正しい考察なのかもわからない。

 そもそも出力不足という結果になるかもしれない。

 その前に、一番肝心な精神性があまり変わらない可能性だってある。その可能性が一番高い。

 変わったとして、それは本当に天王寺という人間であるかという問題もある。


 ようするに、戦法を発動させることによって理想の自分になればいいという方法だ。

 わたしが女体化したのはおそらくTS病ではなくて、無意識に戦法が発動したからこうなったんだと思う。

 その要領で、女体化を抜きにして望んだ自分になれるのかもしれない。


 だけど、天王寺の場合は精神性が一番の問題だ。

 顔に特徴がないと言っても200cm超えの高校生トッププレイヤーなんて当然のように注目を浴びるはずなのだから、中身が変わらないと意味がない。

 プレイヤーとしての実力も、外見上も、既に注目を浴びる条件を満たしているのだ。


 わたしだって、『こうなりたい』と望む気持ちよりも純粋に『誰よりも強くなりたい』、『嫌われたくない』という気持ちのほうがずっと強かったはずだ。

 特に大事に思っている夕陽に『嫌われたくない』なら、女体化なんて下の下だろうから。

 

 ……この方法は駄目だな。そもそも、三年夏のセブンスセンスを前に理想の自分に変わってしまっては、なれても後悔しか残らないだろう。

 やっぱり駄目だな。別の方法を探すしかない。活躍を重ね続けてプレイヤーとして真っ当に注目されるか、あるいは歳を重ねて折り合いをつけるか。


 どちらも、そう難しい話ではないはずだ。


「いや、本当にすまなかった。なんとお詫びすれば良いか……」


「それなら、良い試合にしよう。……順調に行けば三回戦あたりで当たるはずだけど、そこまで負ける気はしないでしょ?それはわたしたちもだから」


「……ありがとう。いい試合にしよう」


 その後、ホテルまで戻ってみんなとちょっとした会話を交わし、ついに初戦の朝がやってきた……。

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