第25話 国見財閥総帥

 今日は梨花ちゃんとのデートの日だ。

 とはいってもおうちデートの類。

 初デートは二週間前に既に済ませてあるけど……流石に緊張する。

 ほら、わたしって3股かけているクズ女なわけでして、こして一応同性ってことになる。

 それに、『国見家』は『里見家』と呼ばれる良家の分家であり、今はその影響力が本家を軽く凌ぐ凄まじい家なんだ。

 だから、その……つまり。

 ……最悪、消されるかもしれない。

 

 そこらのボディーガードが何人襲ってこようがどうとでもなるけど、国見家の持つ企業が運営する社会人チームの選手たちを総動員して消しに来られたら流石に『今の私』では勝ち目なんて欠片もない。

 一対一でも社会人の一流選手相手では薄氷どころの騒ぎではないのに、暗殺となれば公式戦なわけでもないので数を動員できるからもうとんでもない。

 

 

 それでも行かないという選択肢はなかった。

 わたしにとって最低限の義理だから。

 

「っと、着きましたよ。……あれ?なんで顔が青いんでしょうか?具合、悪かったり……?それはいけません!」

 

 黒服の方が運転する高級車に乗せられて、ついに豪邸にやってきた。

 なんというか……結構な和風建築で、しかもめちゃくちゃデカイから威圧感が半端ない。

 

「だ、大丈夫だから……。ちょっと緊張してるだけ、だよ」

 

 暴走しかけた梨花ちゃんを制して、中に招かれる。

 

 屋敷の中を案内されて行き……その豪華さに圧倒されつつ、たどり着いた先には……。

 

「ようこそ、我が娘の恋人よ。俺の名は国見重隆。国見財閥の総帥だ」

 

 明らかにカタギではなさそうな眼光を持った、威圧感に溢れた……『極端な美しさを持った老人』がそこにいた。……娘?孫ではなく?

 でも、たしかに梨花ちゃんには顔立ちの系統もかなり似ている。この人の種から生まれたのなら、たしかに梨花ちゃんもこんなスーパー美少女になるだろう。

 今はそんな事考えてる場合じゃないけど。

 

「これは……まさか、国見様に会えるとは恐懼感激の極みです」

 

 なんとか拙いにもほどがある経験と知識から挨拶をひねり出す。

 

「ふむ、精神が脆いと聞いていたのだがね。それにしては俺を目の前にしても大して怯んではおらぬではないか。ああ、それなりに気に入ったぞ」

 

 義父上様はそう言ってニヤリと嬉しそうに笑った。

 

 まあ、わたしが真に恐れるのは恋人たちからの愛や、ファンからの支持を失うことだから……物理的な恐怖やこの手の圧迫には耐性があるよ。

 じゃなきゃ戦技なんてやれてない。

  

 そこでようやく、少しだけ本調子に戻った。この人も、わたしの真実は掴めていない。そういうふうに『錯覚』できた。

 そう、錯覚だ。錯覚するんだ。調子に乗れ。飲み込まれるな。

 この人は己をも恐れない勇者こそを求めている類の人間だろう。

 

 ただ、総帥自身の力や財閥の価値も理解していない愚者には興味を持たないだろう。

 わたしは他者の評価を気にして生きてきた人間だから、初対面の人間でも、パーソナリティをある程度察せる。

 この体になって、慣れてきてから……最近は特に顕著だ。

 その力を持ってしてもコミュニケーションが得意とは言えないが……。

 良く考えて立ち回るべきだ……!!!

 

「で、なのだがな。……御身、三股をかけていると聞いたぞ。それがどういう意味を持つかはわかっているのだろうな?我が娘に対してその仕打ち……恐れ知らずにすぎるな」

 

 そう言って、更に威圧を強める。口元はニヤついているが、だからこその怖さがある。

 戦闘力は大したことなくても、大舞台で立ち待ってきた人間の威圧はたしかに効く。

 だけど、呑まれてはならない。

 

「消すのならば消せばよいではないですか。……そうすれば梨花ちゃんがどうなるか、よくわかっているのではないですか?それに、もしわたしを消したことが世間に知られてみれば……どうなるのでしょうねぇ?殺人自体は揉み消せても、悪評はどうにもならないでしょう。潰れることはないでしょうが、大きな損害を被るのは確実でしょうね……ふふ。わたしにもそれなりの伝手はありますので、この場に来るまでに色々と知らせてはいるんですよ」

 

 そう言って、逆に薄く笑ってみた。

 

「こちらに逆に脅しをかけてくるとは……たしかに高校生で世間知らずという域ではある。しかし、たしかに荒れ狂う『威風』を感じたぞ。……クク。気に入った。本音を言うのならば、俺の愛妾にしてやりたいくらいだ。その人知を超えた美しさも、その並外れた胆力も。実にふさわしいではないか」

 

「お父様!……そんなことをしたら、命を奪って差し上げますよ?そしてその後、持てる全ての力使ってあなたの築き上げたこの財閥と風評を叩き潰します」

 

 わたしの前ではヘタレでデレッデレなひたすら可愛い子だから忘れかけていたが、この子、愛情がめちゃくちゃ重い子だったな……。

 修羅の形相で義父様を睨みつけていた。

 

 総帥はその言葉に対して実に楽しそうに笑っていた。

 

「俺に対してそこまで言うとは、なかなかに成長したではないか。ああ、愉快だ。だが、先も言ったように本音を言うならば、の話だ。娘の恋人を奪うような真似はせぬよ。絶対に、な。俺とて人の親だ。娘の幸せのほうが大事なんだよ」

 

「もう……」

 

 梨花ちゃんは呆れた様子で総帥を見ていた。

 ……いろいろとヤバい人ではあるけど、わたしの両親に比べたらよっぽどマシだな。

 ちゃんと愛情を注いでくれただけでも、あの人たちよりはずっと上だ。

 関係性も、普段は決して険悪というわけではないみたいだし。

 

「しかし、三股か……。これから何人も増えるのだろうな。戦技の選手というのはそんなものだからな。いくら女になったとはいえ、人気も金も十分な選手には女はいくらでも寄ってくるぞ。貴殿ほどの容姿ならば、実力と相まって本当に『目覚め』てしまうような輩も出てくるかも知れぬ。俺も愛妾は数多く持っているが、その分一人一人に注げる愛は少なくなっている。貴殿にはそれを覆せるだけの重量の愛を注げる自身はあるのかな?」

 

「わたしはたしかに、とんでもない尻軽ではありますが、恋人を際限なく増やすような真似はしません。それに、愛想を尽かされない程度には……いえ、違いますね。不満を抱かれることはあるでしょうが、それでも満足できるくらいに、私を選んでよかったと断言できるくらいに……砕け散るほどに愛する自信はあります」

 

「そうか。ならば良い。あとは勝手にするが良い。覚悟があるのもわかった。素晴らしい胆力があることもな。ふふ、気に入ったぞ。我が娘一人に絞るというのならば、財閥と家の後継ぎの座を譲ってやっても良いと思うくらいだ。……どうかね?」

 

 その言葉に、周りに控えていた人たちが仰天していたが……。

 

「わたしの夢はあくまでも歴代最強のプレイヤーですので。経営者になるとしても、引退後にプレイヤーとして稼いだ金で起業したいです。そもそも、わたしが継いだら多くの人が路頭に迷う気しかしませんしね。そしてなにより、です。恋人たちを捨てるのはどうあっても無理ですので」

 

 そう返した。

 

「そうか。まあ、今のは俺が血迷っていたとして忘れてくれ。しかし……いつか孫の顔が見たいな。結婚はせぬのかもしれないが、それくらいは出来るだろう?どうかね?」

 

 今の時代では同性間でも子は作れる。ちゃんと血が繋がった子を、だ。

 この技術が生まれた当時は色々と問題もあったが……今ではそれもほとんど解消した。

 

 子供か。家庭環境が複雑すぎて歪みそうだなぁ。

 ……あ、実質的な一夫多妻を敷いている国見家をディスってるわけではないです、はい。

 それに、わたしの脆い精神性を受け継いだら……その上で、才能に恵まれなかったら……。

 欲しい、たしかに欲しい。

 だけどやっぱり問題は多いよなあ。

 それに、子供を梨花ちゃんが産むにしてもわたしが産むにしても……選手としての夢がある以上、遠い未来だよねぇ。

 閉経なんかの問題や、高齢出産のリスクはもう今の時代だと軽々回避できるけどね。

  

「……色々問題がありそうなので、これはいつか話し合って考えることにします」

 

 わたしは子供に業を背負わせたくないから、どちらかというと要らない派だ。

 だけど、恋人たちが望むのなら……作ってもいいと思う。そうなったら、愛情をちゃんと注ぐ『つもり』だ。

 でもそれは特に梨花ちゃんにとっては茨の道になるかも知れないから、よく話し合わないと。

 

「アオちゃんとの赤ちゃん……。えへへ」

 

 梨花ちゃんはかなり欲しい側に寄っていそうだ。

 だけど、恋人たちの中でも特に梨花ちゃんと夕陽は子供より私を優先してしまいそうだから……そんな、不幸な未来も見えてしまう。

 マリーさんは分別つけて子供をちゃんと愛せるという感じはする。ポンコツなところはあるけど、ちゃんとできた大人だから。

 でもわたしだって、恋人たちより子供を優先できる気がしない。

 もし、二人がちゃんと子供を愛せたとしても……心が脆いわたしの場合、自分の子供に嫉妬してしまいそうだ。

 ……やっぱり作らないほうが良いのかな。

 

 いや、これはいつか決める話だ。

 せめて高校卒業してから考えよう。その頃には心の方も成長しているかも知れない。

 

「……梨花よ。お前、葵殿より子供を優先し愛せると思うか?」

 

 しかし、ここで総帥が完全に呆れた顔をしてそう問うた。

 

「?……あ、絶対無理ですね。……やっぱり作らないほうが良いですね。アオちゃんと居られる時間も減りますし。やっぱり辞めましょう、ね?」

 

 梨花ちゃんは一瞬で完全に割り切って苦笑いしていた。

 ……まあ、そっちを選んでくれるならそれが一番良い。

 今後心境の変化が生まれる可能性もあるだろうが……そこらが変わる未来は見えないから。

 

「くく、随分愛されているようだな。我が娘は昔から貴殿のことしか話さない……妙な娘だったゆえ、引き取ってくれて実は安心しているのだ。貴殿が女になったと聞いたときは絶望しかけたくらいだぞ」

 

「それは……すみません?」

 

「いや、女になっても結局娘を引き取ってくれたのだから、それで良い。圧迫して済まなかったな。……ふふ。ああ言ってはいたが、実際は遊びの関係だったとしても権力を駆使して無理やり貴殿に押し付ける気でいたのだよ。……いや、済まぬ」

 

 ……なんという真実。

 やっぱり何十枚も上手だったか。

 ここで敵わないのは資質以前に教育も経験値も場数もあまりにも違いすぎるから仕方ないな。

 まあ、絶対に離す気はないからこれで良い。

 

「遊びではありませんから、安心してください。全員本気ですので」

 

「ああ、わかっているぞ。で、なのだが……スポンサー契約を結ぶ気はないかね?」

 

 そこからいきなりビジネスの話になってしまったけど……ちょうどよいところまで話したあと、梨花ちゃんの部屋の中でイチャイチャしまくった。

 部屋の中にわたしの写真が大量に貼られていたり、公式だったり自作だったりのグッズが大量に置かれていてビビったのは内緒の話。

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