第22話 那由多の果てまで

「〜〜えらいっ!」

 

「わっ、ちょ、ちょっと……アオちゃん?いきなりそんな思いっきり抱きしめてくれるなんて……幸せ……」

 

 飛行機に乗って高校戦技の聖地である愛知から帰ってきた梨花ちゃんを思いっきり抱きしめる。

 梨花ちゃんは最初こそ困惑していたが、一瞬でとろけたような声を出していた。

 

「……あ」

 

 そういえば……この場って地元を中心としたテレビカメラが複数囲んでるんだった。

 また夜のダブルスティール(二つの陣を五分間の間に一人で落とすこと、転じて不倫行為を行った戦技選手に使われたりする)とか言われてしまうな……。

 いや、ダブルどころかトリプルなんだけどさ。

 わたしは結婚をするつもりはない。

 同性婚も認められているけど、重婚は認められてないから。

 いちばん大切なのは間違いなく夕陽だけど、マリーさんも梨花ちゃんも大好きだし……そこらの待遇の差から不満に思われたら嫌なんだ。

 そもそも、結婚していなければ独身のお遊びで済まされる範囲だからね。

 全員遊びじゃなくて本気だけどね?

 ……流石に高校生でここまでやりたい放題しているやつはそうそういないだろうけど。

 

 ああ、ここらへんの素行不良から獲得を見送るか判断するチームも当然出てくるだろう。

 まあそれは仕方ないよね。

 

 そんな思考を振り切って、全身で砕け散るほどに抱きしめる。

 

「あ……ぅ………幸せでございます……」

 

 夕陽やマリーさんにこれをやったら確実に死んでしまうから当然出来ない。

 だけど梨花ちゃんは素晴らしい身体能力を持っているから、『かなり苦しい』くらいで済むし……春大会に挑む前に『優勝したら砕け散るほどに抱きしめて欲しい』と言われたからむしろ天国とでも思っているだろう。

 

 実際、体温が上がって鼓動がうるさいくらいに早くなってるから。

 ……かわいいなぁ。キスしたくなる。

 だけど、今はまだ恋人ではないから我慢だ。

 したところで許されるだろうけど、まだ信仰から来る遠慮が強いから……今後は拒否られるようになるかもしれないし。

 

「……ふう。お疲れ、良く頑張ったね。さすがは梨花ちゃん。さすがだよ!……当然、君たちも素晴らしい活躍だったよ。特に、馬中くんはいずれプロでも活躍できると思えるくらい凄かった。あのガンの扱いは今の停滞した射法技術に革命を……というのは流石に少し言いすぎかな」

 

 とはいえ、梨花ちゃんばかりを褒める訳にはいかない。

 公私混同しまくりすぎても不満に思う後輩たちも出てくるだろう。

 だから、他のメンバーのうちの一人をやや過剰に褒める。

 過剰と言っても嘘ではない。

 なんならこの評価すら越えられる可能性がある。

 それくらいには才能を見いだせたから、褒めることに異存はない。

 

「……!!!俺が……そこまで……!!!いつか、期待に応えてみせます!」

 

 馬中くんは涙すら見せて喜んでいた。

 ……そんなに慕われてるの?わたし。

 良い先輩ではないと思うんだけどなぁ。

 

「その意気だよっ!んじゃあ、凱旋と行こうか。今日の主役は君たちだからね」

 

 その時に、梨花ちゃんから妙な気配を感じたけど……気の所為だと勘違いしてしまった。

 

 それから街をあげたパレードが催される。

 春大会とはいえ、それなりの規模だったから……いつか自分もこうなりたいと、強く願った。

 

 

 

「梨花ちゃん?どうしたの?」

 

 一通りの事が終わって、落ち着いた時期の練習終わり。

 梨花ちゃんは最近、たまにムスッとしていた。

 

「……なんでも、ないですよ」

 

 明らかに普通ではない。なんか強い情念が感じられるような……。

 なんとなく、わかった。

 

「もしかして、嫉妬してる?」

 

「そ、そ、そ、そんな恐れ多いこと……できませんよ!」

 

 そう言いつつも、目が泳いでいた。

 それからしばらく無言を続けると……観念したのか、話し始めた。

 

「うぅ……申し訳ありません……。実は、嫉妬しておりました。アオちゃんが他の選手を褒めるたびに、嫌で嫌で仕方なくて……。それに、アオちゃんが恋人の方々とイチャイチャしているところを見ると、胸が張り裂けそうになってしまうんです。私なんかがそんな気持ちを抱いて良いはずないのに……」

 

 梨花ちゃんが泣きそうになりながらそう話してくれた。

 前者はともかく後者に関しては屑の所業なので謝るほかないけど……今更尻軽な性分は変えられないんだよなぁ。

 

「そこまで思ってくれたなんて。嬉しいな」

 

 だからそう言って、頭を撫でる。

 梨花ちゃんは身長165cmで、わたしより全然大きい。

 だから少し手を伸ばす。

 

「あ……」

 

 少しだけ反応が遅れたが、機嫌が少し戻ってくれたようだ。

 

「梨花ちゃんならわかっていると思うけど、わたしはとんでもないビッチだから。色んな女の子に靡いちゃうし、大好き〜ってなっちゃう。特にあの恋人の二人はとてつもなく大切な人で、一生を共にしたいと思ってる」

 

「そう、ですか……。わかっていましたが、やっぱり苦しいですね」

 

「ごめんね」

 

「いえ、謝られるようなことではないです。それに……いえ、なんでもありません」

 

「でも、初日に告白したように、梨花ちゃんのことも同じように特別に思ってるんだ。どうしょうもなく気になってしまう。大好きで、離れたくない……ううん、離したくない。抱きしめたい。そう思ってるの」

 

「……私なんて、ろくな女じゃないですから、やめといたほうがいいと思いますよ……?今までもアオちゃんの家を隠し撮りしたり、ストーキングしたりしていましたし……」

 

「……え?」

 

 なにそれ、初耳なんだけど。

 たしかに視線感じるな〜と思ってたけど……そういうことだったのかぁ。

 流石にビビった……けど、まあわたしのほうがよっぽど酷いことしているから……。おあいこってことでいいかな?

 ああ、うん。駄目だね。

 

「やっぱりこんな女……嫌、ですよね?」

 

 不安そうに梨花ちゃんの瞳が揺れていた。

 

「まあびっくりはしたけど……別にそれくらい良いと思うよ。なんなら、ちょっとえっちな写真とか送ってあげてもいいんだよ?」

 

 そう言ってニヤリと笑った。

 

「そ、それは……!!!」

 

「冗談。まあ、望むなら本当にそうしてあげてもいいけど……。もっと進んだ関係になりたくない?」

 

「なりたい、です。ですけど……アオちゃんは本当にそれでいいんですか?私なんかを恋人に選んで……」

 

「うん。梨花ちゃんでいいや、じゃないの。梨花ちゃんがいいの。……大好き。那由多の果てまで愛してる。だから、付き合ってほしいの」

 

 いつの間にか両者ともに赤面していた。

 しかし、この感情が心地よい。

 

「えへへっ。嬉しい、です……。イエスです、アオちゃん。今度の日曜日、一緒に遊びに行く予定だった日……デートってことで、目一杯楽しみましょうね」

 

 そして、わたしたちは結ばれた。

 

 もう他の選手は残っていない時間帯だったが……コーチ陣は数人残っていたため、からかわれたのは忘れたい。

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