第19話 攻略

「凄いよ!もうそこまで戦法の練度を上げるなんて!」

 

 二週間、たった二週間。それだけの時間で、国見ちゃんは戦法の練度を以前の三倍にまで跳ね上げた。

 素の実力も間違いなくグングン上がっている。

  

 プロの世界では負ける気はないけど、高校卒業時の互いの実力を比較したら絶対負けてるんだろうなという悲しい確信があった。

 

 わたしのほうも国見ちゃんと手合わせしまくることによって実力はさらに上がっている。

 今の時点でハズレ一位くらいなら狙えるのではないか?という感覚がある。

 いや、普通に一位指名されるかもしれない。

 

 ……あ。この国の悪魔討伐隊のドラフトでは完全ウェーバー制が採用されていたんだけど、どうも今年から……わたしが目玉として出てくるドラフトでは試験的にそうじゃない制度を試してみるらしい。

 どうにもタンギングが問題になっているようだ。

 戦技においては大番狂わせというものはサッカーよりやや起こりづらいくらいなのだ。

 そんな中で最下位になって目玉の選手を取るためには、わざとやる気のない試合をするしかなかったりして、興行として問題ではないかと言われ始めた。

 それに、成績とスタッツ、順位あたりから年俸を決められるものだから、それらすべてを自らの実力に関係なく下げる行為は選手としても嫌なんだ。

 だから選手会主導でこの制度が生まれた。

 

 ともかく、今の時点でそれほどの実力なんだ。

 ここから更にどんどん伸びるのは分かりきっている。

 ……このまま頑張れば16戦隊競合、行けるかな?

 

 でもなぁ、すぐに国見ちゃんに塗り替えられそうだよなぁ。

 

 ……それにわたしは肉体的には女だけど、元は男で精神性も男だ。

 だから、女性選手が多く所属する戦隊からすると、選手側からすると一緒に扱われるのが嫌で入れづらいかもしれない。

 そういうのを考慮しなくても、わたしが完全に女であると扱うにしても……見た目があまりにも良すぎるからなぁ。

 それが基本的に男社会で動いているところに入れられたら、ねぇ?

 なので、結局わたしも国見ちゃんも16戦隊……『総軍競合』は無理なのかもしれない。

 商品価値が、逆に足を引っ張ってしまう。

 まあそれはいいか。

 

「そんなに凄い……ですか?」

 

 品の良い和風お嬢様な顔立ちを、嬉しそうにニヤけさせながら国見ちゃんはそう聞いてきた。

 

「うん、とっても凄い。『高校戦技』においてはわたしよりずっと才能あるよ。えらいえらい」

 

 そう言って頭を優しく撫でる。汗を大量にかいたばかりのはずなのにとても良い香りがした。

 クラっとしてしまいそうになった。

 

 国見ちゃんは恥ずかしそうに、しかし安心を得て目を細める。

 

「……んっ。平沢先輩……とても心地良いです」

 

「それなら良かった」

 

 しばらく撫でたあと、手をゆっくりと離す。

 

「……その、アオイ先輩って呼んで良いでしょうか。……あ、あぁ。流石に出過ぎですよね、すみません!どうお詫びをすれば良いか……!」

 

「ふふっ、こっちから告白じみたことまでしたんだから今更遠慮しなくていいのに。別にその呼び方でもいいよ。アオイって呼び捨てでもいいし、アオイちゃんでもいいしアオイくんでもいい。好きに呼んでいいんだよ」

 

「……!!!では、アオちゃんと、呼んでもよろしいでしょうか?」

 

 さっきまであんな事を言っていたとは思えないほど距離を詰めてきたなこの子。

 しかし、アオちゃんか……。

 全く問題はないな。

 

「うん、じゃあそれで。よろしくね、国見ちゃん。……こっちからの呼び方も変えたほうが良いかな?」

 

「やったぁ……!嬉しいです……!そして、ア、アオ……アオちゃんからの呼び名ですか……。大変悩みますが……では、梨花ちゃんとお呼びください。……本当は旦那様とか呼んでほしいのですけどね」

 

 小声でなにか言っているが、流石に旦那様は嫌だ。

 というかこっちが女役なの?わたしは元の性別が男だから、こっちが旦那様と呼ばれる側だと思うんだけど……。

 いやでも、一回だけ言ってみようか。この子をからかうのは結構楽しそうだ。

 

「それでは、よろしくお願いしますね。旦那様」

 

 たおやかに振る舞ってそう言った。

 

「あれ?これって夢でしたっけ?夢ならこうなりますよね……。大好きです……えへへ」

 

 国見ちゃん……もとい梨花ちゃんはそう言いながらぶっ倒れかけた。

 そこを優しく抱きとめる。

 

「あー……まだ夢が続くんですか?やったぁ……。この体温、甘くて可愛い良い香り、ずっと嗅ぎたかったんです……」

 

 国見ちゃんはそう言うと、わたしの体の匂いをひとまず嗅いだあと首筋の辺りを嗅ぎだした。

 

「すっごくいい匂いすぎて……頭がクラクラします……。練習後の汗の匂いも混じってあまりにも……!!!あぁ……あ……!!!それにこの体温。まるで本当にアオちゃんに抱きしめられているみたいで楽園にいるみたい……アレ?」

 

 明らかにヤバい状態になりながらしばらくわたしを嗅いだあと、目にだんだん正気の色が灯り始めた。

 

「これって、夢……でございますよね?」

 

「そんなことはございません。……正気に戻った?」

 

 わたしのこの言葉で急激に正気を取り戻したようだ。

 

「あ、あわわ……。私なんかが出過ぎた真似をしてしまいました……。本当に、どうお詫びすれば良いのか……あれ?離れられない?」

 

 梨花ちゃんはそう言って土下座の耐性に入ろうとしたが、ガッチリ抱きしめて体を離せなくした。

 

「わたしの匂いと体温、味わいたいんでしょ?なら、いくらでも味わっていいよ?」

 

「そんな、申し訳ないです……。ですけど、あまりにも心地よすぎて抗えません……!どうすれば良いのでしょうか!?ああ、脳が溶けるようです……!!」

 

 居残り練習している一軍二軍の連中から、なにやってんだコイツラという目で見られたり、明らかにこのやり取りにドキドキしているような目を向けられたりもしたが……とりあえず、練習後の『じゃれ合い』を楽しんだ。

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