第17話 時は一気に
「年も明けたかぁ……」
誰もいない部屋の中、俺は一人で嘆息する。
すっかり慣れた、己の口から出てくる高音の美少女ボイス。それに対して久しぶりに思うところが出てきた。
……いつまで心のなかで『俺』とか言ってんの?とか言う問題だった。
心はまだ男のつもりだし、実際そのままだと思う。
だけど、もう女として振る舞うことが嫌と思うことはなくなった。
部屋の中でも、こうして可愛いデザインのパジャマを着ているわけだし……女としてのおしゃれにも、ちょっとは目覚めた。
可愛い服を来て、可愛いと言われて、それに対して嫌だとは思わない。
だから……心のなかでの一人称を変えようかと思った次第でして。
いや、一人称だけじゃない。口調も思い切って変えようかな、と。
表側ほど女の子女の子した口調にする必要はないと思うが、なんかいつまでもこんな口調なのがちょっと恥ずかしくなってきた。
誰が見るわけでもない。知るわけでもない。ならばそれで良いのだろう。
わたし……うん、わたし。わたしでいくことにしようか。
そうだ、うん。それが良い。
そういうことで決まった。
しかし……8日までは全体練習がないし、個人での練習も場所がないからまともにできない。
この機会だからたくさんご飯食べてちょっとしたトレーニングをして、とにかく眠りまくろうかな?と思っている。
夕陽は今日は一緒に神社で参拝したけど、しばらくちょっと遠い親戚の家に行くらしい。
マリーさんも丁度資格関連の更新やらなんやらがあっていろいろ大変らしい。
四月が期限らしいが、今のうちにやっといたほうが色々得だったり楽だったりするらしい。
どうにもそこらへんを忘れていたようで、大変そうだった。
お姉ちゃんは大学の友達と遊びに行くらしい。
友達は結構多いみたいだ。わたしと一緒にいたほうが楽しいのに……とかなんとか言っていたが、あんまり依存されてもお姉ちゃんの今後に響くので無理やり拒否した。
別に友達のことが嫌いなわけでもないだろうから、なんとかなだめすかすことに成功した。
つまり、わたしは一人というわけだ。
優馬あたりなら誘えばすぐに来そうな気もするが、恋人たちが警戒しているみたいだからやめておくことにした。
恋人に対して明らかに気のある男を近くにおいておきたくないってのはよく分かる話だ。
だけど……なんか違和感があるんだよなぁ。
なんか、見られているというか。
そしてその見ている人は私が良く知っている人ではないと思う。
だけど、パーソナリティを互いにある程度知っている人、そんな感じがあった。
……やっぱ記者の人かな?張ってるのかな?
わたしが二股かけてるのはもうバレている。世間的にはかなり有名な話らしいし、醜聞を期待しているんだろうか。
だけどなんか違うような……。視線に情欲のようなねっとりしとした何かが混ざっている感じが……ということは、ストーカー?
まあ良いや。たとえ襲ってこられても警察が来るまでの時間は稼げるだけの武力はあるから。
寝る子は育つ、だ。あ〜寝よ。
そして四月。先輩たちは先月に卒業して行った。
そして今は入学式の最中。
最近は大きく動くようなナニカがなかった。
だけど、実力はどんどん伸びていっている。
それは身体能力だったり、技術だったり……戦法の練度だったり。
エースの座は1月中盤には取り返していた。そして今の実力は、『こうなる前』のわたしより明確に上になったと思う。
すべての面で上回っているわけではないが、まず上位互換と言って過言ではない。
夏の大会までには、本来たどり着けたであろう地点よりだいぶ向こう側に行けると思っている。
順調だ。全ては順調。……なんだけど、ねぇ?
明らかにわたしのほうを凝視している目があった。
それは一つじゃない。複数だ。
当然の話だ。わたしは以前の時点で大きく注目を集める人間であり、こうなった今ではもっとずっと注目を集めている。
それは憧れの目線だったり、容姿に見惚れる目線だったり、有名人を値踏みする目だったり、二股かけるビッチに対する軽蔑の目だったり、性欲から来る下卑た目線だったり。
有名人である以上注目を集めるというのは仕方ないことだ。避けては通れない。
だけど、その中でも明らかに異質な……というより、死ぬほど重い感情が込められた目があった。
……国見梨花。和風なお嬢様といった風貌のその美しい少女は、新入生席からわたしのほうをガン見していた。
正直怖い。
でも、こんな美少女にここまで思われて嫌な気はしない。それに元々国見ちゃんのことは好ましく思っていたし。
……でも、なぜここまで思われているのかがわからない。
だから、怖さが先行する。
そのうち入学式は終わり、部活動勧誘の時間になった。
「……ふ、ふへ、ふへへへへ」
とはいってもだ。うちは強豪校だ。
新しい部員も基本は地元からスカウトしてきた強豪選手たちで構成されている。
だから、そんな時間を過ごすこともなく挨拶と相成った。
でも、ねぇ?
「あの、どうしたのかな?」
入学式で熱烈な視線を送っていた生徒……国見ちゃんは、挨拶の順番が回ってきたというのにわたしのほうを見て気持ち悪い笑い声を上げていた。
……これは流石にドン引きしそうだ。
この子のことは割と好きなんだけど、やっぱり気味が悪いと言わざるを得ない。
「……あ。う……コホン。私は国見梨花でございます。獲物は刀で、戦法は雷撃を落とす『術式系』のものを得意としております。平沢先輩と仲良くなりたくてここに……いえ、なんでもありません……。これからよろしくお願いします!」
国見ちゃんは照れて恥ずかしがってうつむきながらそう挨拶した。
妙な空気が広がりながらも、拍手が送られる。
……案外、奥手なの?
いや、憧れの存在を目の前にしたらいつもの調子じゃいれないか、流石に。
いつもの調子がおかしいだけとも言うけど……。
しかし、戦法ねぇ。わたしが以前得意としていた戦法は、術式系ではないが術式系の役割も持てる電撃でビリビリー!な感じのものだった。
今では以前と変わらない練度で使える。素の実力が高まったことも考えれば、以前以上の威力が出るだろう。
発現する戦法まで寄せてくるとかどんだけガチ勢なの?この子……。
普通は自分から寄せることってまず無理なんだけど?
よっぽど強いあこがれがなければ無理だ。
あるいは似た戦法だから、その上で活躍していたわたしに興味を惹かれたのか……。
だけど、やっぱり悪い気はしない。人から求められるのは嫌いじゃない。いや、大好きだ。
人から求められていないとわたしという人間は自分を保てないから。
だから……元々高かったこの子への評価は、更に高まってしまった。
もう既に勝手におかしくなっている国見ちゃんを、さらに壊したい。壊れるほどに愛したい。そう強く願ってしまう。
思えば、自分から誰かをここまで愛したいと思ったことはなかったかな。
夕陽の場合は、いつの間にか依存しあい、愛し合っていた。
自分でも気づかない間に宇宙よりも重い、この世の何よりも大切な存在になっていた。
マリーさんの場合は、『これその気になれば落とせるんじゃないか?』という思いから始まり、わりかし軽い気持ちで落とした。
この重婚じみた関係を許してくれそうだと思ったから、あとはコーチとして役に立ちそうだと思ったら落とした。
我ながら下衆だとは思うが……落とそうとしている最中にか、それとも落としてずっと経ってからか、いつの間にか互いに深くまで堕ちていったからもういい。
今では特別で大切な人だ。
しかし、国見ちゃんの場合は明確に、関係が始まる以前から強く意識している。
掲示板で擁護されて嬉しいなぁ、などという謎の意識の仕方が始まりだったけど……そんな始まりもいいよね?
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