第16話 聖夜

 12月24日。非常に悩む出来事があった。

 そのことをどうするかはもう決めたのだが、今でもこれで良かったのかと悩んでいる。

 

 クリスマスイブを、どちらの恋人と過ごすか。そんな話であった。

 

 優先順位はつけている。我ながら本当に最低なヤツだと思うけど、どちらがより大切か……というのは今でも変わらない。

 だからってどちらかをないがしろにして良いわけではない。

 

 なので……もっと最低なことをすることにした。

 二人と同時に過ごすことにしたのだ。

 

「……料理の味はどうかな?」

 

 今は俺の家に三人でいる。お姉ちゃんは気を利かせて部屋に引きこもってくれている。

 

『二人も恋人がいるのなら、私もいいはず……』と言って迫ってきたこともあるけど、なんとか断った。

 夕陽とは一線を越えたわけでもないし、告白をしたわけでもない。

 いつの間にか恋人のような関係になっていた。

 

 そのあたりから、お姉ちゃんのスキンシップがやたら激しくなってきたのだ。

 正直なところを言うと、そういう目では見れない……などとは口が裂けても言えない。

 だけど、いくら心がオーケーだと言っていても脳がどうしてもストップを掛けるのでそういう関係になる気はない。

 

 お姉ちゃんの側も無理やり襲ってでも付き合いたいとは思っていない……というより、『この世で唯一の肉親』という意識も強く持っているようで俺の意思を尊重してくれる。

 だから、こうなった。

 

 それはともかく、ちょっとした飾りつけをしたリビングで料理を振る舞っている。

 ずっと昔からお姉ちゃんに教わっていて、ちゃんと美味しいと呼べるレベルのものを作れるようにはなっているから……味については問題はないと思う。

 

「とっても美味しいわ!……まさか葵がこうして料理を振る舞ってくれるなんてねぇ。嬉しいな」

 

「はい、美味しいですよっ。大好きな恋人の料理をこうして食べられるなんて……なんだか夢みたいです。このトシになるまで恋すらしたことがないので……ふふふ」

 

 好評なようで良かった。

 ……でも、二人の作るような料理には及ばないのがなぁ。

 プロの料理人以上とまで言えるマリーさんには足元にも及ばないし、そのマリーさんから教わっていて一応の合格点を貰ったという夕陽にもぜんぜん及ばないと思う。

 

 それでも……。

 

「……えへへ」

 

 どうしても照れてしまうし、笑顔も漏れてしまう。

 好きな人たちにこうして喜んでもらえるのは、やっぱり幸せな気持ちになる。

 

「あっ、照れましたね。ん〜〜〜っっ、かわいいです!」

 

「その言葉にはすごーく同意するけど、私は葵の照れ笑いをもっとずっと多く見ているんだからね?つまり私の勝ちねっ」

 

「ふん、私のほうが先に葵さんと付き合ったんですからね?それに葵さんが高く飛び立つにあたって、より役に立てているのも私です。幼なじみでありながら先を越された人にマウントは取られたくないです」

 

「……むぅ。それはそうだけど……。でも、葵からより愛されてるのは私なんだからね?」

 

「……まったく、気に入らない女ですよ本当に」

 

「それはこっちのセリフよ……ふん」

 

 僅かに漏れ出た殺意と、巨大な敵意が混ざった視線が交わされていた。

 

 普段はあまり喧嘩しないようにしてくれているが、今日は特別な日だからなにか思うところがあったのかも知れない。

 胃が痛い。

 それでも、致命的な喧嘩には至らないようにしてくれているのがわかる。俺に迷惑がかからないように……と。

 

 本当に、申し訳が立たない。

 

「まあ良いです。葵さんにあんまり気まずい思いはさせたくないですし。ここは矛を収めましょう、ね?」

 

 マリーさんはそう言うと、夕陽にアイコンタクトを交わした。

 

「……!そうね、乗ってあげるわ。……こうなったのは葵のせいなんだからね?機嫌とりたかったら、なにすればいいか……わかるかしら?」

 

 夕陽はそう言うと、俺の方を見つめながら……少しだけいやらしく唇に指を当てた。

 

「……その、今でいいの?」

 

 なにをすればいいかくらいはわかる。二人が協力して俺を追い詰めようとしているのもわかる。

 だけど、本当に今で良いのかという疑問が湧く。

 

「そりゃあ、大好きな恋人が目の前で他の人ともキスするってのは嫌だけど……あなた、意外と奥手じゃない。ずっと待ってたんだからね?避けられない状況にしないと、これからしばらくずっとしてくれなかったりするんじゃないの?」

 

 奥手なつもりはなかったんだけどなぁ……。

 たしかに、言われてみるとキスすらまだしていない。

 ……そうだな。ここまで来たら、ちゃんとしようか。

 

 だけど、順番をどうしよう。

 いや、心はもう決まっている。でも……。

 

「私は二番目でいいです。悔しいですけど、積み重ねた時間も、愛も、まだ及ばないようですから」

 

 マリーさんにそうフォローされてしまった。

 ……酷いことを言わせてしまった。今度、ちゃんと埋め合わせをしないと。

 

「うん、わかりました。ありがとう。……でも、ガッツリとご飯食べた後の口だと流石にロマンもなにもないからね。お風呂入って、歯磨きしたあとにしよ?ね?」

 

「ふふっ、そうね。そういうこと気にするタイプになったのね。か〜わいいっ」

 

 そういうことに決まった。

 

 

 

「……なんでこうなってるのかなぁ?普通、逆じゃないかな?」

 

 夜の22時頃、簡易なパーティを終えて、とうとうその時間になった。

 だけど、なぜか……ベッドに押し倒された状態になっていた。

 

「別にいいじゃない。葵は迫られる方が似合ってるわ」

 

「……むう」

 

 正直、元男としては逆のほうが良かったんだけど、実際やられてみると頭おかしくなりそうなくらい興奮している。

 元々攻められる側のほうが好きだったとか?それとも……女の体になったせい?

 

「その表情、とってもかわいい。大好き」

 

 夕陽はそう言うと、唇を近づけてきて……。

 

「……」

 

「とっくに恋人にはなっていたけど……ようやくちゃんと結ばれた気分。大好きよ、私のお嫁さん」

 

 そう言って、もう一度キスをしてから頭を優しく撫でられた。

 

「……うん、わたしも大好き」

 

「……っ。思わず理性がグラッと来ちゃったわ。でも流石に今すぐスるわけにも行かないから……むむむ、残念ね」

 

 夕陽は名残惜しそうに体を離した。

 

 多分、俺の頬は真っ赤に染まっていたんだろう。

 まるで女の子みたいな反応をしてしまったが……うん、まあ今の俺は間違いなく生物学的には女なんだから問題はない、よね?

 

 そんな事を考えていると、マリーさんが手を差し伸べてきた。その手を取ってベッドから立ち上がる。

 

「流石にこれは嫉妬心が暴走してしまいそうです。葵さんを滅茶苦茶にしたくなっちゃいますよ、むむむ。……こんなこと提案するんじゃなかったかなぁ」

 

 マリーさんは苦笑いしながらそんな事を言っていた。

 

「ごめんなさい。……ですが、マリーさんになら滅茶苦茶にされてみたいかもしれません」

 

「言いましたね?後悔しないでくださいよ?」

 

 ピッタリとくっついて立つ形になった。

 

 マリーさんの顔が目の前にある。身長差はたしかにあるけど、深刻な差があるわけでもない。

 こちらがちょっと調整するだけでこうなった。

 

 マリーさんは俺の肩に抱きつき……そして、唇を近づける。

 

「んっ……っ〜〜!?」

 

 マリーさんはなんと舌を入れてきた。

 流石に驚いた。

 

 だけど、なんとか応戦しようとする。

 

 ……俺はさっきファーストキスを済ませたばかり、マリーさんはこれが初らしいから当然下手くそで、歯が当たったりアクシデントが相当起こった。

  

 でも、徐々に慣れてきた。

 マリーさんの口内を蹂躙していく。

 

 ……戦技が得意な人は基本的にこういうのも上手いとは聞くが、俺もその例には漏れないらしい。

 

 そう時間が立たないうちに適応できた。

 

 ……そのうち、長いキスが終わった。

 

「……はぁ、はぁ。もう。こっちは大人ですから、私がリードしようと思っていたのに……完全にこちらがリードされちゃいました」

 

 マリーさんはなんどかビクンと大きく体を震わせていたり明らかに感じていたので、流石にこれは今の年齢ではやりすぎじゃないかとも思ったのだが……どうしても止められなかった。

 つまりは心に従った結果だ。反応がどうしても可愛くて……こっちも正直情欲でどろどろになりかけている。

 今からでも一人になって、さっきの二人とのキスを思い出しながらその欲望を処理したいところだけど……流石にあんまりにもあんまりすぎるね。

 

「えへへ、とっても可愛かったですよ」

 

「もう……仕方ないですね。ですが、普段はちゃんと私を頼ってくださいね?昼まで年下の女の子にリードされっぱなしじゃいられません」

 

「普段からお世話になっていますからね。そこに関してはこれからもずっとリードされっぱなしだと思います。……大好きですよ」

 

 もう一度だけ、触れるようなキスをしてから体を離した。

 

「……高校卒業したら、もっと凄いことしましょうね。葵さんの初めては……譲らざるを得ないんでしょうが、それはもう仕方ないですし」

 

「今コーチさんが葵とそういうことをすると最悪捕まっちゃうもんね。同級生ってのは役得よね〜」

 

 マリーさんと深いキスをしている間、こちらをものすごい目で睨みそうになって、それをなんとか抑えようとして抑えられないでいた夕陽が勝ち誇るように、悪い笑顔を浮かべていた。

 

「どうせ私は年増ですぅ〜!……でも、私には見た目の上では年を取らないっていうアドバンテージがありますから……もっとずっと、葵さんが現役引退を意識するほどに年をとった時に、より葵さんに愛されているのはどちらなんでしょうね?」

 

 マリーさんも応戦する。

 言葉に含まれている戦意や悪意は事実なのだろうが、冗談として言っているのはわかっていた。

 だから、安心して見ていられる。

 

「むむむ……。でも葵が私を捨てることは絶対ないから、それでいいわ。あ、でも……葵。男子に目移りしたりしたら許さないからね?」

 

「そう言えば……黒木くんや芦田くんと仲良いみたいですけど……大丈夫ですよね?」

 

 俺を見る目が険しくなっている。

 

 あれ、なんだか雲行きが怪しくなってきてない……?

 黒木というのは今のエースであるあいつのことで、芦田というのはかつて打ち破った三軍のトップだ。

 

 黒木のほうは高校に入ってからずっと高め合うライバルだし、芦田のほうは最近実力をメキメキ伸ばしてきた。曰く、俺のアドバイスによって自信を取り戻したらしい。

 そんな事情もあって一軍レギュラーに上り詰めてきて、結構な頻度で俺にアドバイスを求めてくる。

 

 だからまあ……。

 

「そうだね、仲は良いよ。でもそういう意識はまったくないから、安心して、ね?」

 

「……そう。芦田とか言う人は良くわからないけど、黒木のほうは……明らかに葵を……」

 

 殺気が漏れ出ている。いや、漂わせまくっている。

 

「い、いや……流石に男の子相手は無理だよ。向こうがどれだけ意識していてもわたしが靡くことはないから。だから安心して欲しいな」

 

「そうでしょうね。そっちに興味がないというのはわかっています。ですが、葵さんはとっても愛されたがりの尻軽さんですから……。夕陽さん、学校生活のほうは任せましたよ」

 

「ええ、ちゃんと見張っておくわ。部活の方はそっちに任せる」

 

「やっていることがやっていることだから当然ではあるけど、わたしって信頼ないなぁ。……あはは」

 

 最期にちょっと微妙な気分になったけど、クリスマスは幸せに終わった。

 

 普段のベッドではなく、座敷部屋で三つ布団を用意して同じ空間で寝た。

 流石にドキドキはしたけど、すんなり眠れた。

 

 ちなみにプレゼントはちゃんと用意していた。

 夕陽にはずっと欲しがっていたPCと周辺機器を、マリーさんには彼女に似合いそうな時計をそれぞれ送った。

 

 どちらも高校生のプレゼントにしてはあんまりにも高いものだったから、こってり怒られてしまった。

 でも、金銭感覚がバグるくらいに金が入ってくるから仕方ないんだよ……うん。

 怒られはしたが、ちゃんとたくさん喜んでくれたから……とても嬉しかった。

 

 向こうからも送られた。

 夕陽からはフリフリの可愛い私服、そして手作りクッキー。

 マリーさんからは世界中のプロから注文が来る有名なファクトリーに、俺専用にカスタムされた武器や小物を作ってもらえるという権利と、それを作るために必要なお金。

 

 大昔とは違い、今はもう己が不幸だとは思わないが……それでも、特別に満たされた聖夜だった。

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