第二章 微塵、一切迷わず

第15話 ふさわしく在りたい

 あれよあれやと時は流れ、12月に突入した。

 俺はと言うと、最近は鍛えるか食べるか寝るかデートするかしかしていない。

 

 他の趣味なんかはほぼすべてやめてしまった。

 ……チカラがまだ足りなすぎる。

 またいつか趣味に戻ってくる日もあるのだろうが、ゲームのフレンドなども全消しした。

 あと、学校における特別待遇が元々許される立場だったからそれを認めてもらった。それなのに無理やり一般入試で入ってきただけで。

 無理を通していたのだから、成績をあまり落とさないという条件付きではあるが、スポーツコースではなく進学コースであるままに授業の半休免除を受けることを許してもらった。

 

 勉強に関しては問題はない。頭が良いとは言えないが、勉強は元々特別得意だ。

 本当に軽い復習をこなす程度で成績の維持はできると思う。むしろ、あの試合で負けたことで気合が入ったからか、この前受けたばかりのテストの手応えはいつもより良かったと思う。

 結果はまだ帰ってきてないのでどうなるかは分からないが。

 

 ともかく、練習時間を増やした上でこの貴重な時期の睡眠時間を確保できたことで、身体能力がかなり上がってきている感覚がある。

 食事もマリーさんに管理してもらうようになったのも大きいかもしれない。

 その手の資格ももっているらしいから。

 

 ……マリーさんは戦技が専門というわけではないから、もう俺のコーチではなくなった。

 もう治してもらうところがなくなったんだ。

 以前の技術はまったく取り戻せてないけど、体の違和感は全てなくなった。身体能力では以前を上回ってるし、センスも以前と変わらぬものを新たに手に入れた。

 

 長年培ってきた技術や戦い方という面で苦労はしているが……ともかく、教わることはもうないんだ。

 

 でも、マリーさんともうサヨナラというのは嫌だった。

 そんなことないとは思っているが、この年齢差だ。自然消滅なんてこともあり得た。

 なので、栄養管理士として手伝ってもらうことにした。

 

 学校の金に頼れないから、自腹で雇っている。

 さすがにその道のプロだからタダとは言わなかったが、破格の安さの契約を提示してもらった。

 でも、ちゃんと相場以上のお金を出した。ここらへんの誠意くらいは見せないと。

 『誠意は言葉ではなく金額』、なんて言葉もあるように……それはこの戦技という世界においても真理の一端を示してると思うから。

 

 まあ、本当のところを言うと、愛しているからこそ相場よりはるかに安い金でこき使うことが耐えられない、ってだけなんだけどね。

 

 ……マリーさんに毎食作ってもらえるのは正直クッソ嬉しい!

 だって恋人のめちゃくちゃ美味しくて栄養の整った料理をほぼ毎食食べられるんだぞ?天国じゃないか。

 

 それに、夕陽もマリーさんから料理や栄養管理の知識を教わっているらしい。

 二人の仲は正直良いとは言えない。はっきり言えば悪いだろう。当然とも言える。だが、喧嘩はしないようにしてくれている。俺のせいなのだからこっちにヘイトが向かってきても仕方ないと思う。

 だが、俺に美味しい料理を作ってあげたいと強く思ってくれているらしく、その熱意に動かされて教えてあげているらしい。

 

 嬉しくて仕方ない。

 だからこそ、彼女らにふさわしくあれるようにトレーニングに格別の気合を入れるし、睡眠の質も量も追い求める。

 ……特にあの二人には嫌われたくないから。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 目の前には体力を切らしてヘバッている優馬がいた。

 今日の練習は特別キツイからなぁ。

 そうもなるよな。

 

 俺も気を切らせばそうなりかねないくらいには疲れている。

 身体能力だと優馬をかなり上回っているから、疲れもマシではあるのだろうけど……それ以上に、戦技だけでは誰にも負けたくないと思うから、息を切らしたところすら見せたくない。

 

 なので、ぶっ倒れそうなくらいの疲労を抑え込んで、平然を装いながら立つ。


 実際には目の色がマジになってるだろうから仲間には疲れてるのもバレてるんだろうけど、態度には出してやらん。

  

「もうへばッたのか、この根性なしどもめ。だが打ち込み稽古始めるぞ、貴様らァッ!こんなところでへばっているようでは、王剣には二度と勝てないだろうよ!」

 

 名木田監督のその言葉に仲間たちはもう一度立ち上がり、一番キツイ内容の稽古を始めだす。

 当然、俺もだ。

 


 

「……お前、その体力どうなってるんだ?」

 

 俺は、かつてこのチームのエースであり、再びその座を俺から取り戻そうとしている『ライバル』にそう問いかける。

 滝のような汗はかいているが、疲れの色は見えない。

 いや、実際には疲れているんだろう。

 流石に、それくらいは俺にもわかる。そしてこいつは俺達よりずっと上の段階のトレーニングを積み重ねている。量をこなすだけではなく、頭も使って鍛えているんだろう。その分疲れも倍増するはずだ。

 ……だけど、こいつはなぜそこまで頑張れるんだ?

 

 こいつが今の体に……女になってから数ヶ月は、少し弛んでいた感じはあったけど、それでも俺からしたら尋常じゃない鍛錬を積んでいたし、今は以前すらも比較にならない日々を過ごしている。

 

 なにかを恐れているようにも見えるその必死さが、怖くもあり……惹かれてしまう。

 こいつが以前の姿だった時点でこうありたいという憧れはあったが、今となっては選手としてだけではなく、どうしても『そういう目』で強く意識してしまう。

 ……見た目と仕草だけはとんでもない美少女だからな、こいつ。

 

「疲れていると自覚しないように意識を無理やり逸らせば、案外いけるもんだよ。今の時代、疲労骨折くらいなら救急箱もなしに治る時代だしね。なので多少の無茶は効くから……まあ、やってることはただ意地張ってるだけだね」

 

「はははっ、なんだよその理屈……」

 

 やっぱり、このチームのエースはこいつにしか務まらない。

 いくら『終わった』だの『もう駄目だな』などと世間では言われていたとしても、俺は……いや、俺らチームメイトは知っている。

 こいつはさらなる高みに登れる切符を手に入れたんだ。それが今の体であり、この鍛錬を泣き言も言わずにこなせる思考回路でもある。

 それはプロスカウトも確実に見ている。

 

 俺はこいつに強く惚れてしまったが……まあ、敵わないんだろう。

 それは知っているし、もう諦めている。

 

 こいつはとんでもない女たらしらしく、二人の女性を恋人にしているとんでもないヤツだ。

 だが、それだけ性に貪欲であっても男を意識していないのはよく分かる。

 女になってからは精神性もかなり変わったように思うし、仕草とかは完全に女なんだが、そこらへんはまったく変わっていない。

 いや、もしかしたら変わっていないんじゃなくて……まあ、どちらにせよ男である俺では無理だな。

 

 ……俺にはプロになる気はない。大学には行くが、来年の夏で戦技も辞めるつもりだ。

 俺の才能はその程度なんだ。

 

 プロスカウト評も見たが、『現時点の実力は高いが、プロで活躍できる伸びしろはあまりない』。そんな風に判断されてしまった。

 届けを出せば指名はされるだろう。だが、活躍できるとは自分でも思わない。

 

 王剣のやつらよりずっと強い選手たちがうじゃうじゃいる世界だから。俺では無理だ。

 

 だからせめて、こいつのライバルであれた時期があったことを誇りに思いながら、プロで活躍するこいつを応援するとしようか。

 

 ……ははっ、流石に気が早いか。

 まだ来年がある。春大会は俺たちは出られないが、夏がある。

 最後の夏だ。そこで華々しく活躍して、セブンスセンスのヒーローになってやる。

 ……その座はお前にも渡さないぞ。

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