第7話 早くも
「おおっ!もうここまで成長しましたか!」
学校に再び通い始めてから二週間が経った。
マリーさんのお陰でだいぶ調子は取り戻せた……というよりは、新たな体の使い方を作り出せた。
今はちょうど個人戦で三軍トップの同級生を倒したところだ。
ギリギリっちゃギリギリだけど、もうちょい行けたかな。本気の本気までは出すことはなかった。
「やっぱすげぇよ無敵のエースさんは……。ちょっと前まで信じられないほど弱っちくなってたのに……俺じゃその域には届かねぇわ」
三軍トップは悲しそうな顔をしながら笑っていた。
どう考えても無理をしている。
もしかしたら辞めるのかもしれない。
しかし、そんなことはどうでもいいことだ。
この人とは関わりが薄いし、去るものを追う趣味は生まれない。
「そうかぁ……」
だが、やっぱり悲しいっちゃ悲しい。
中学時代はバリバリ鳴らしてた剛槍だから、その活躍は知っている。
今でも一軍のベンチメンバーらへんよりは強いと思う。そしてそれ以上の域にも行けると思う。
それでも三軍にとどまるほどにパフォーマンスを発揮できていないのは……諦めがあるからだろうか。
「一旦己を見つめ直してみれば、見えてくるものもあるかもしれないよ。己の原点とか。あとは……じっくり寝るとか、かな」
「原点……?」
「なんでこの競技をやりたいと思ったのか、とか……かなぁ?あんまり深いことは言えないけどね」
「……そうか、今日はもう休む。じっくり寝てくるわ。サンキューな、葵」
そう言って三軍監督に連絡して帰っていった。……勝手に帰っていいんだろうか?
力になれたかは微妙だが、去るなら去るでいいだろう。
別に戦技だけが人生じゃないし、楽しいことはいくらでもある。
俺には戦技(これ)しかないし、これしか知らないけど。
「良いデータが取れました!これを元にメニューを組んでみます!っと、その前に……はい、簡易ベッドを用意したので寝っ転がってください。あと、ここじゃ邪魔になりますので端っこで」
現代の科学で作られた、腕時計ほどの大きさから膨らんで立派なベッドが完成する機能がある。それが簡易ベッドだ。
そそくさと移動し、そこに寝かされる。
もちろん、幕を用意されている。
他の奴らに裸を見せてもだめだからな。
「いつもの、お願いしますね」
「はいはい、おまかせあれ〜」
そう言うと、マリーさんは俺の体をほぐし始めた。
「んっ、そこ気持ちいいです……」
別にいやらしいことをしているわけではない。
体をほぐしているのだ。
今の体にはまだ慣れていないから、最新の注意を払っているらしい。
「ここらへんの動きに偏りがあるので、あとでフォームを入念にチェックしましょうねぇ」
「んっ、あっ、そこぉ……もっと……」
あんまりにも気持ちよくてヤバイ声を出した気がするが、気にしないことにした。
「ふふっ、気持ちよさそうで嬉しいですよっ。ふぅ……はぁ……」
「な、なぁ……エースサマとあのコーチ、なにやってんだ?というかエロくね?めっちゃエロくね?」
「いや、流石に健全な男子高校生にこれは毒すぎるだろ。畜生、エース様は俺たちの性癖まで歪ませにかかっているのか……?」
何やら性癖が壊れる音がしたが、気にしないことにした。
マッサージが終わって、それからマリーさんが用意した鬼のメニューをこなして、再びマッサージをされてシャワーで汗を流して……その頃には俺達以外誰もいなくなっていた。
俺はリハビリ組の中でも特別扱いらしく、深夜まで学校に残ることを許されている。
今は11時50分か……。
流石に遅いな。お姉ちゃんには心配されるかな?あと、夕陽の鬼RINEに返信しないと。
アイツとはたくさんお話ししたいし。
でも今日は……。
「こんな時間まで付き合ってくれて、ありがとうございます」
「……ほんとに良かったんですか?こんな時間までトレーニングするなんて、プロの環境でもなかなかやらないようですよ?」
「一旦全てが狂ったんですから、また構築し直さないといけない以上、こうする他ないんです。早く一軍にも戻りたいですし、その前に……マリーさんと一緒に以前以上の実力を身につけたいですしね」
「えへへ、嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。素直でカワイイです」
「マリーさんも可愛いですよ」
「えっ?や、やだなぁ、大人をからかわないでくださいよ」
「そうですね……今日は焼き肉一緒に行きませんか?お金は雑誌やらテレビやらのインタビューで十分すぎるくらい入ったので」
俺の経済効果はかなりのものなようで、ひっきりなしにインタビューやらが来る。
最低限だけ答えているが、それでもかなりのお金が溜まった。
「流石に教え子に奢ってもらうのは大人の女性として恥ずかしいです。それに、今の時間に赤の他人な大人である私と女子高生であるあなたが食事に行ったら噂建てられちゃうかもしれませんよ?パパラッチとか見張っているみたいですし」
「……本当、マスコミってろくなことしませんね。ですがこれも有名税です。その、マリーさんが変態とか思われるのが嫌じゃないなら……もっとムードのある店でも良いんですよ?もちろんお金は……」
「お金に関しては大丈夫です。私が払います。ですが、そういうお店はお酒が飲めるようになってからにしましょう、ね?楽しみもきっと半減してしまいますから。いえ、誘う相手もいなかったので想像なんですけどね。……それに、幼馴染みの女の子と随分仲が良いみたいじゃないですか。あの子と一緒にいてあげたほうが良いんじゃ……傍から見ていても、あの子とのほうがお似合いに見えましたし。お互いに大好きで仕方ないって感じで……」
これはかなり妬いてるな。そこまで堕としちゃってたか。
……かわいい。もっと愛でたい。
「そうですね、あの子は大切です。きっとわたしは他の誰よりも、世界よりも優先するでしょう」
「そ、そうですよね。なら夢見させるようなこと言わないでくださいよー!あやうく変態レズストーカーになるところだったんですよ?」
へ、変態ストーカー?こわっ……。
それはともかく……酷いことを言ってしまったけど、これは俺のサガが尻軽である以上避けられない道だった。
「ですが、わたしはあなたのことも大好きなんですよ」
「……えっ?」
「わたしは……どうしようもない尻軽ですから、あっちへフラフラこっちへフラフラしてしまうんです。世界より大切な子がいてもそうなんですから、きっと治りません。ですが、一度好きになった人は嫌いにはなれないと思うんです。……ですから、こういう関係を受け入れてくれる女の子たちを数人探して愛の鎖で繋ぎ止められたいんですよ。社会的にはバッシングを受けるかもしれませんが、まあ仕方ないですよね」
「うぅ、最低な告白をされてしまいました。ですが、あの子がいいって言っているなら……あなたのハーレム……逆ハーレム?の一員になってあげてもいいです。私はかなり特殊ですから受け入れてあげられますけど、嫉妬くらいするんですからね?そこはちゃんと受け入れてくださいよ?」
逆ハーレム……たしかにそうかも。
相手は女の子限定だけど。
不名誉だけど、俺のサガが醜く淀んでいるから仕方ない。
許してくれる人がいるならばその人たちと共にこの求道を進んでいこう。
「ふふっ、ありがとうございます。では……行きましょうか?」
「……今日だけは奢ってくださいね?」
楽しく充実した夜になりそうだ。
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