第3話 新たなる日々の始まり

「うぅ……女子制服を着るのは流石にキツいなぁ……」

 

 退院するまでは女の子の服を切る練習はしていたが、それを他人に見せることはなかった。

 看護師さんやなんかよくわからない専門家のお姉さんには見られたし指導もされたが、それは練習として受け入れた。

 そして今日までは基本ずっと部屋に引きこもってたから、女装というか女の子の格好をしていてもなんとか許せたし、ジャージだったから良かったけど、これからは他人に見られるんだよなこれ……。

 

「でも似合ってるわよ?かわいい、かーわいいっ!」

 

 夕陽はそう言って俺に抱きついてきた。

 驚異的な反射神経は健在なので、なんとか受け止める。

 

 ……今の俺って、夕陽より若干小さいんだよな。

 胸の方は大差で勝ってるけど。いや、夕陽が極端に小さいわけではない。

 たしかに小さめだけど、普通の範囲内だ。めちゃくちゃ好みの胸をしている……!!!

 本音を言うとド貧乳が一番好きだが、夕陽のバランスはマジで俺的に神すぎる。……いや、単に夕陽という個人が好きだからそう思ってるだけなのかな?

 しかし、俺の胸はデカすぎて正直邪魔だし……。

 ……なんか惨めだなぁ、俺。男の尊厳奪われちゃったんだもんな。

 

 選手としても身長が普通の女の子より小さいというのは大分やばめのディスアドバンテージだと思う。

 小兵なりの戦い方もあるし、基本的に敵は170より上、プロならば180より上の敵を相手に戦ってるから、選手としては極端に小さいというのは差別化点としては一概に悪いとは言わないが……。

 身体能力自体は高校生の領域では全国最強クラスだろうけど、体の動かし方もままならないしなぁ。

 落ち込んできた。

 

 しかし、夕陽に抱きつかれた幸せパワーのほうが勝っており、表情は若干デレデレしてると思う。

 我ながら現金だ。

 

「はいはい、早速いちゃつかないの。今日は久しぶりの学校でしょ?心の準備とかしときなさいよ?質問攻めにも会うだろうし」

 

 夕陽のお母さんの言葉で現実に引き戻された。ああ、来てくれてたんだ。

 引き戻されたくなかったなぁ……。

 そう、今日は学校に行く日だ。

 一ヶ月ほど休校しており、そこから帰ってきたらいきなり女の子になっているわけだからびっくりされるだろうな。

 気持ち悪いとか思われないかなぁ……。

 まあ、見ず知らずのやつに気持ち悪いと思われるのは耐えられるけど、戦技部の仲間に気持ち悪いと思われたら流石にショックだ。


「ごめんなさーい。でも、葵のことは絶対に私が守るから、安心してよ母さん!」

 

 夕陽に守られるってのはちょっと恥ずかしいな。照れくさい。

 でも、昔はよく守られていたっけな。

 

 ほんの最初は俺が守ってたはずなのに……。なんだか笑えてきた。

 

「ありがとう。んじゃ、行こうか?」

 

「うん、行こう行こう!」

 

 家を出て、夏の終わり頃の暑さを体験する。

 この頃はだいぶ涼しくなってきたな。


 それから他愛もない話をしながら電車に乗り、学校へと向かう。

 ここらに来ると流石に生徒が多くなっていた。

 

「ねぇ、気づいてる?アンタ、相当見られているわよ?」

 

「うん、気づいてるよ……。まあ、注目されるのは嫌いじゃないから。それがいい意味でなら、なおさらだしね」

 

 そもそも、俺は誰かに愛されたいと思ったから、そして身体能力には恵まれていたから縋るように戦技を始めたんだ。

 それは今でも変わらない。

 今では競技自体に愛着や誇りなんかも持ってしまったけどな。

 

「気にしてないなら良いわ。……でも、アンタが男どもにいやらしい目で見られるのは気分が悪いわね」

 

「まあ、抑えて抑えて」

 

 周りを威嚇する素振りを見せた夕陽をなだめながら行く。

 怒ったように見えたのは半分冗談のようで安心した。

 

 そんなこんなで学校についた。

 そこでもやはり注目されるが、気にしないようにして職員室へと歩いていく。

 どうにも、転校生の紹介みたいな儀式をするようだ。

 まあ、いきなり平沢葵として今の俺が現れたら意味不明だしな。

 

 ネットでは大分写真も拡散されてるから知ってる人は知ってるだろうが。


「く、くはははは、随分美人さんになったじゃないのか?オイ」

 

 職員室では、早々に担任にして戦技部の顧問である名木田(なぎた)監督に声をかけられた。

 

「まあ、あはは……」

 

「……お前が辞める気なら、無理に引き止める気はない。上からは客寄せパンダのように扱えとか言われているがなぁ。生徒のメンタルのほうが大事ゆえな。だが、まだプレーを続けたいのであれば、共に頑張ろうではないか。俺はお前たち教え子の輝くさまを見たいのだ!」

 

 名木田監督は普段は鬼のようなコーチだ。

 だが、選手への気遣いは決して忘れないし、食トレと称して半分以上自腹で美味い飯をたくさん食わせてくれる。

 プロ経験がないのにもかかわらず、メンタルコーチとして悪魔討伐隊の一チームに呼ばれたりもしたことがあるくらいの名伯楽だ。

 数々の名選手、いぶし銀枠をプロに輩出した功績もある。

 コーチとしての資格を一通り持っているとはいえ、基本的に悪魔討伐隊のコーチなどというものはプロ以外に入れる世界ではないから優秀な人間なんだろう。

 そして、普段は鬼のトレーニングに対して恨み言を仲間同士で喋ったりもしているが、俺たちは本気で憎んでいるわけではなくちゃんと慕っている。

 

 しかし……客寄せパンダか。

 女の選手というのは非常に珍しい存在だし、その中でも美形と呼べる存在はほぼいない。

 それなりの実力を伴った美形の女選手なんてのは、全国で三人くらいだろう。

 プロも含めればあと二人くらいはいるだろうと思うが、本当に珍しいのだ。

 俺は純粋な女選手ではないが、生物学的には間違いなく女だし、この上ない美形だ。

 ……まあ、人気は出るだろうな。

 

 だから、それを学校の……というよりうちの戦技部のPRに使いたいんだろう。

 うちは強豪ではあるが、飛び抜けて強いわけではない。

 一年時にセブンスセンスに出れたのも、俺の活躍が大きかった。あとは同年代の同地区選手の質が微妙だったことかな。

 だから、俺を広告塔に使って良い選手を集めたいということだろう。

 

 そんなのはどうでもいい。夢を諦めきれないから。

 悪魔討伐隊の一員になりたいから。

 持ち前のセンスはなくなっても、元から高かった身体能力は更に向上した。

 更に上を目指せる可能性が増えたんだ。……チャンスが増えた。

 容姿抜きに考えても、元の俺には難しい道であったスタープレイヤーになれる可能性が出てきた。

 それを考えれば……。

 

「この程度では諦めませんよ、わたしは。将来はスタープレイヤーになるつもりですから。頑張ります、ビッグになります。青山に土地も買います。そのために努力は惜しみません」

 

 実力も人気も最高で、高卒でプロに入れたのにもかかわらず、大学に進学して、酷い起用法をされて怪我で終わってしまった……昔のセブンスセンスのスタープレイヤーのビッグマウスなセリフをあえて使って宣言する。

 思えば、YouTubeで過去に行われたあの試合を見たからこそセブンスセンスを目指し、プロも目指したんだから。

 

「よし、ならば今日の放課後からバッチリしごいてやろう。今までとは違う体の動かし方についての悩み関してはよく知らんゆえに、特別コーチも雇った。戦技が専門のコーチではないがな。それでもフォームが狂ったりした他競技のプロ選手と二人三脚で頑張り、新たなフォームを作り上げた実績がある。お前はまだまだ輝ける!頑張ろうではないか」

 

 ありがたくて涙が出そうになったが、堪えて……そこからセブンスセンスにおけるチームメイトの活躍を聞いていた。

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