馬鹿になりたいから東大に行く

僕は生まれながらの天才だった。だから――――馬鹿になろうと思った。


僕は生まれて数秒で言葉を話すことができ、歩くこともできた。運動神経も抜群、一歳になる頃には高校の範囲の学習及びプログラミングもマスターしていた。

二歳になる頃には投資を始めたし、個人でゲームなどを作って大ヒットさせた。

三歳になれば結婚相手を探し始め、すでに多くの女性が僕に押しかけてきた。

それから十歳くらいまではノーベル賞を三つほど取り、芥川賞も取り、イーロンマスクと共同事業を始めていた。火星にチョコバット製造所をつくろうと。


ちょうど十一歳の時、僕は忙しない毎日のなかで一つ閃いた。

どんな難解な数学の命題を解いた時よりも刺激的で、今までにない文学表現が浮かんできたときの穏やかさよりも緩やかな一つの答え。


それは――――――――人生は馬鹿な方が楽しいということ。


僕は生まれながらの天才だった。そのせいで何でもでき、頼られ、追われる毎日だった。

確かに裕福になり、様々な人を救ってきた。そこに満足感が無いわけではない。

ただ、、もう疲れた。


「あら、どうしたのマー君?」

「僕……馬鹿になる」

「え!?」

「だから……東大に行く」

「ええ!?」


馬鹿とブスこそ東大に行け?

NONO! 僕はさらなる知識を求め、賢くなるために東大に行くことにした。


そう――――賢くなって馬鹿を極めるために!!



そう意気込んで大学に進んでみたものの、なんということだろうか、真面目でつまらない授業、すでに知っているものばかりだった。挙句の果てには授業をやってくれと懇願された。


確かにそうだった。馬鹿は学ぶことができない。学んで馬鹿になれれば、馬鹿な人間など存在しないのだ。

ここで気付いた一つの真理、それは――――天才と同じくらい馬鹿も希少だったのだ。


そして新たなる疑問、馬鹿って一体何なんだ?


馬鹿ならば期待はされない。仕事はできない。

ただそれは何もできないわけではない。そういうものではない。


いや待てよ、直感が過った。


「どうしたのマー君?」

「僕、コンビニで働く」

「え!?」


出会いを求めることにした。

コンビニ、それは時間帯問わずに多くの人が利用する場所。つまりいろんな人に会えるのです。


僕はいろんな人を観察した。

毎日現れるローションまみれの薄着のギャル、汚らしい短パンをいつも脱ぎ散らかす禿デブ、身なりの整った歯磨き粉を買い占めるサラリーマン。

どれもそこまで意外性はない。なぜなら捕まえればおおよそ悲しむからだ。見逃してくれと懇願する。罪悪感がある。


違う、馬鹿とは罪悪感が無い。そんな状況でも楽しめなければ馬鹿ではない。


すると一つの答えが見えた。


「マー君?」

「今から銀行強盗してくる」

「え!? ちょっと!」


犯罪だ。そうだ、警察に捕まろうとも平然と楽しんでられる。それこそが馬鹿なのだ。

ましてや僕の場合、捕まることにデメリットしかない。このきつ過ぎる状況で笑えるのが真の馬鹿だ。


しかし銀行強盗してから2年。未だに警察は僕を捕まえに来ない。

裏金なんて回してないし、未解決事件のままで捜査もしているようだった。

なんで僕は捕まらないのだ?


「そうか、完全犯罪をしてしまったのか!!」

「マー君、お金どうするの?」

「全額寄付しておこう」


返してもいいが、何故か強盗された銀行の利用者は完全犯罪されたことをセールスポイントに設けていた。その手口は巧妙過ぎて常人には理解できないだろう。今更戻したところで意味もないという独断だ。


「どうしたら僕は馬鹿になれるんだ?」


何に悩んでも答えを導き、解決してきた。しかしこの疑問だけがどうしても解けない。

いや待てよ、これには答えが無いのでは? そうだ、きっとそうだ!


「マー君、なにやってるの?」

「高校に行きます」

「え? なにをしに?」

「恋をするために」


僕は高校に通い恋愛をしまくった。

答えの無い、それは恋と同じだろうという直感だった。つまり何が起こるか予想しがたい、それが恋愛であり、結果として僕は馬鹿になれるかもしれない。


恋をすれば馬鹿になれるかもしれない。


隣の席の純粋な子、ちょっと気の強い先輩、甘えてくるヤンデレな後輩、英語教師。その他もろもろ。

ただどれも頼ってくるばかりで疲れたし、そもそも話が合わなくてつまらなかった。


恋に答えが無い。そんなのはただの迷信だと実感したのだった。

答えはある、セオリーもある。僕はそれを実行するだけだった。

恋をすれば馬鹿になれる、、ただそれも僕には効かないようだった。




公園のブランコに一人、僕はじっと座っていた。

錆びの擦れる音が無くとも心は裂かれそうだった。


本末転倒。才能というのは克服できない。なんという因果だろうか。

だいたい答えはわかっていた。なにもかも、本当は自分が馬鹿になれないのもわかっていた。

ただそれでも僕は人生を楽しみたかった。


イージーモードのゲームにだんだんとやりがいを感じなくなるように、僕の人生は薄い。

僕にとって人生とは何もない氷の上を滑っていくだけの経過だった。


「君、大丈夫? オレンジジュースあげるよ」

「そんな子供が飲むものは・・・」

「私から見れば子供だけど?」


女子大生だろうか。おそらく三回生だろう。


「なんか悩みでもあるの?」

「あなたにはわからないでしょう」

「なにその話し方。おもしろい子だね」


おちょくってくるこの女、僕が誰だかわかっているのか。

僕は毎年ノーベル賞を受賞している天才だぞ。なぜしらない、馬鹿なのか?


「まぁ、辛いのは今だけだよ。きっと」

「彼氏にフラれた?」

「あれ? なんでわかったの? もしかしてエスパー?」

「馬鹿になれなかった天才だよ」

「なにそれ?」


夕暮れになって僕と女子大生は語り合った。

だいたい女子大生が何を言ってくるかはわかっていたし、その解決策を僕は云ってあげた。なのにこの女は答えを聞こうともせず、もちろん僕の悩みに共感するわけもなく、ただ僕だけが取り残された。


すっきりとした顔の女子大生はむっとしているであろう僕に微笑んで


「わかったよ。明日もここにきなよ、話聞いてあげるから」

「どうせわからない」

「そしたら明後日も、わかるまで聞いてあげる」


手を振って去っていく見知らぬ女はとても魅力的感じた。そんなことを言われたのは初めてだった。

ただきっと明後日は来ないだろう。そう理解すると一時的な高鳴りはすぐに止んだ。


そう、一時的なのは――――。


「どう? この服似合う?」

「なんで話すだけなのにおめかしをする?」

「そんなこと言ってたらモテないよ?」

「好かれようとしていない証拠だ。それに君は僕のことが好きじゃないはずだ」

「やっぱりエスパー? まぁその答えは気まぐれってやつだね」

「最悪な答えだ」

「天才なら予想できたでしょ?」

「君のことは予想できない」

「ってことは私も天才なのかな?」

「だったら君は僕の話が分かるはずだ」

「ああ言えばこう言うね?」


女は一か月経っても公園に訪れた。まさかここまで諦めが悪いとは。

僕の言っていることは何もわかってないくせに何度も僕の話を聞こうとする。もうそろそろ僕のほうが話すのに意味がないと飽き飽きしているのだが――――、


夕陽を二人で眺め、意味のない会話をする。何の影響もないであろう時間がどこか心地よく感じた。

そして彼女が微笑むたびに僕は少し嬉しくなっている。恋だろうか。いや、違う。情欲などは感じない。


ただ一時的な高揚はこうやって彼女が笑うたびに続いて、ずっとずっと続いていく――――――――この高揚はずっとあるようになった。


「あ、あの……」

「どうした?」

「付き合わないか?」

「……え? 冗談?」

「理解できないのなら明日も伝えるつもりだ」


そう、これは恋ではない。だからなんなのか。もう僕は馬鹿になれない。だったらせめてこの時間、彼女と過ごす時間が続くことを願った。


ただなんでだろう。ほぼ毎日振られた。

僕は天才だったはずではないのか。あらゆる心理学を用いて、あるいは帝国時代の洗脳をも用いて心を操ることだってできた。

なのに彼女にはまったく効かなかった。どうしてだ?


「ほら、今日は告白しないの?」

「告白じゃない。取引だ」

「そういうところが響かないんだよね」


どうしたら彼女は落ちる。おかしい、答えが尽きた。

というか反例だった。彼女を調べればきっとノーベル賞をまた受賞できるだろう。

ただそんな仕組みよりも僕は彼女をとにかく――――――――、


「僕は君の笑う姿をずっと見ていたかった」

「!?」

「どうした?」

「ちょっとだけ響いたかも」

「なに!? 僕は君とずっと一緒にいたい! いろいろなことがしたい! 好きだ!」

「あー、気持ちが籠ってない」


わからない。

僕はわからなかった。なんで今のは効いた? 気持ちが籠っていない?

これでも僕は天才子役でもあったし、映画の主演だって何度もしていた。実際に女優を完全に落としたこともあった。今のだってそれくらいの感情だったはず。


「どうして……」

「また苦しそうだね。天才も大変なんだね」

「なんでだ、なんで君は落ちない?」


僕は敗北を認めた。諦めた。

彼女ですらわからないことを意味もなく質問した。


「私の前だとなんか普通の人って感じだよ」

「それは君が無知だからで」

「そうかもしれないね。だけどもう何回も話して、ずっと一緒にいるけど普通だよ」


普通。初めていわれた。

彼女といると僕が決して言われるはずのないことを言われる。そのたびにちょっと楽しくも感じるし、彼女のことがなにもわかっていないのだと悔しくもある。



僕は天才ではなかったのか。

その答えを探して何度も僕は彼女に告白する。

そんな日々がずっと続いて今もそうだった。



ある日の集まり、世界有数の天才たちが集う会。


「ねぇ、あんな女よりも私にしない? あの女はあなたの魅力がわかっていないし、私のほうが若いわ」

「確かにそうだ」

「そうでしょ? それに私たちの子供ならきっと世界に大きく貢献するわ」

「間違いないない。君は正しい」

「だったらほら……」

「でもダメだ」


この女性の言うことは全てにおいて合理的でどこにも矛盾はない。

なのに僕は即答で断ることができる。反射的にしてしまっている。別にこの女性が嫌いなわけではない。


「断る理由なんてないでしょ、それともあっち系?」

「違うとわかっているはずだ」

「だったらなんで? 馬鹿になったの?」

「……そうかもしれない」


こんな集いよりも公園のほうが楽しい。

有意義だとか正しいだとかよりも彼女と過ごす時間に僕は夢中になっている。

もはやここに疎外感すら感じる。


そうか、僕はきっともう馬鹿になっていたのか。


彼女に心を奪われ、理性も奪われ、ずっと夢中になっている。

未来も過去も忘れるほどに彼女と過ごす今を求め、それ以外はどうでもよくなるほどに。



次の日、公園にて僕は思いを告げた。


「僕は君に夢中だ。君のおかげで馬鹿になってしまった」

「……」

「だからこれからも僕を馬鹿に、いやもっと僕を馬鹿にしてくれ」

「……ちょっと意味が分かんない」


これはまだまだかかりそうだ。

きっとまた明日も僕は彼女に説明するのだろう。そして明後日も。



―――あとがき――――

なにこれ?

純愛?を書いてしまってたよ。それも普通に小説で。

まぁいいか。


元々のテーマは「天才が不倫した方が絶対に良い状況で愛のために断ることで自身が馬鹿だと実感する」というものでした。

若干ズレてる感もあるけれど、そんな感じ。

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