第8話


 コンビニで合流し、近くのカフェチェーン店に入った。

 

「私これにする!」


 姫が入り口近くにも立て看板に書いてあったメニューに指を差し告げてくる。


「ふらぺちーの……」


 よく町で見かける物がこの店にもあったのか。

 きっとタピオカに次ぐ流行だと自分に言い聞かせ、アイスコーヒーにするかホットコーヒーにするか悩む。


「お決まりでしょうか?」


 店員が水を持ってくると同時に聞いてきた。

 早いな。

 

「私はこれで!しろは?」


「俺はアイスコーヒーで」


「加糖と無糖どちらにいたしますか?」


「無糖で。ミルクも大丈夫です」


「かしこまりました。少々お待ちくださいね」


 とても笑顔で接客をしてくれた。

 俺に同じことができるだろうか。

 一流のフランス料理店で接客の基本を嫌というほど叩き込まれて、それなりにはできるにはできるだろう。

 だが、こんなチェーン店のカフェ店員にさえ接客技術は負けてると思わされた。

 チェーン店を馬鹿にしているわけでも下に見ているわけでもない。だが、俺にこんな笑顔は作り出せないだろう。

 技術作法などは俺もできるがそれよりももっと大事なことがある。

 お客様を楽しませられるか。楽しんでもらえるよう振る舞えるか。気持ちのいい接客とは言葉で表すのは簡単だろうが、実績しようとするとどうしても難しい。

 俺ってなにもできてなかったんだと思わされた。


「どうしたの?暗い顔して。ミイラの方が生気に満ち溢れてる顔してるよ」


「ひでぇ言い回しだな。ちょっと考え事してただけだ。別に人に聞かせる物でもねえけどよ」


 姫がなにを考えてたのか聞いてきそうだったので、先に聞かれない言い回しをした。


「しろって、そういうとこあるよね」


「なんだ?そういうとこってのは」


「んーん何でもないよ」


 一瞬、少し悲しそうな微笑みを浮かべ、またいつもの笑顔に戻った。


「それよりさ、喫煙所行こ!」


「そうだな」


 何事もなかったかのように話を逸らされ、追求しづらくなってしまった。

 きっと俺がなかなか心の底を見せない事を気にしてくれているのだろう。

 俺はもう心の底を見せられる人はいないだろう。

 多少はやはり見せるがそれだけにとどめるようになっていた。

 心の底を打ち明ける事でその人に依存するのも怖い事だし、何より裏切られるのが怖かった。

 打ち明けて、助けてくれると期待しすぎてしまうのだ。

 これは期待しすぎてしまう俺にも非がある。そして、勝手に押し付けた期待を、勝手に裏切られたと思ってしまったら、きっと姫を嫌いになるか、距離をとってしまう。

 以前まで柏木や、佳苗にしてしまったように。そして今の俺と柏木と、佳苗のように距離を作ってしまう。

 うんざりするところがよく目に入ってくるようになり疲れてしまう。

 姫とだけはそうなりたくなかった。

 席に戻り、お互い談笑しながら注文した物が運ばれてくるのを待つ。


「柏木くんとの飲みはどうだった?久しぶりに会ったんでしょ?」


「んーまあ嘘でも楽しかったとは言えねえかな。なんか嫌なところが目につくようになりすぎた」


「と言うと?」


「向こうはさ、働いてるのに彼女と2人で暮らすために金貯めてるとかで支払いは全部俺だったし。こっちはかなり頑張って働ける日しか働けてないのにさ」


「しろには悪いけど、私柏木が好きになれないな。仲良くしようとも思えない。しろの友達だし悪く言いたくないけどね」


「そいつは別にいいさ。人には相性ってのがあるし、好きになれないものは好きにならなくていいと思うよ。しょうがねえもん」


「ありがと。それで?」


「ああ、まあそんな感じでたいした面白い話もなくこのまま距離が離れていくんだろうなって実感したかな。親友だったのにな」


「そっか」


「うん」


 ひと段落した所で、何とかフラペチーノとアイスコーヒーが運ばれてきた。


「美味しそう!」


「そいつはよかったな」


「塩だねえー」


「塩も砂糖も入ってない真っ黒さ」


「何の話?」


「さあな」


 2人して笑った。こういうどうでもいい話で笑えるという事が嬉しかった。1人じゃないと言う実感を得られた。


「ところでこのケーキ美味しそうじゃない?」


「そいつは俺も思ってた」


「頼んじゃおうか」


「賛成だ」


 と言う事で2人して同じケーキを頼んだ。太りそうだねと口から出そうになったが、紳士たる所以言葉にギリギリのところでしなかった。絶対怒る。


「そう言えばしろにプレゼントがあります」


「誕生日じゃねえぞ?」


「私が渡したいからいいの!」


 そう言うと姫は鞄から、大きめのプレゼント用に包装された袋を渡してきた。


「開けていいのかい?」


「うん!喜ぶかはわからないけど」


 気恥ずかしそうに言われたがきっと俺はなにを渡されても喜ぶだろう。

 袋を丁寧に開け、中から出てきたものはハンカチと本だった。


「この間見てたハンカチか?すごいセンスいいな」


「しろは服装的にもハンカチ使うかなって」


「嬉しいよ。ありがとう。それとこれは本か?」


「そう!いつ渡すか悩んでたんだけど。料理長にしろが戻ってくるの聞いてて、元気ないって言ってたから買っておいたんだけど渡すのは仲良くなってからのがいいかなって」


「読んでいいか?」


「読んで読んで!」


 今はざっと読むことにしよう。長年読書を嗜んでいたため、読むスピードには自信があった。

 ページを開いてみると絵本のようだった。

 絵が書いてあり、その隣のページに、ざっくりとした物語、言葉が添えられている形だ。

 読んで行くうちに涙が出そうになった。

 まだ俺に涙が残っていたのかと思いながら、泣かないように読み進めていった。

 姫は静かに読み終わるのを待ってくれていて、読み終わった後震えた声でありがとうと言うのが精一杯だった。


「喜んでくれたみたいでよかった」


「うん」


「この本さ、私が辛い時に母親がくれてさ、もうすごい泣いたね。だからしろにも読ませてあげたくてさ」


「本当にありがとう。一生大切にしていく」


「うん!ありがとう」


「こっちの台詞だな」


 それを大切にしまい、感謝の言葉をもう一度告げて、鞄にしまった。

 それからは運ばれてきたケーキとおかわりしたアイスコーヒーを楽しんだ。

 姫といると心が休まるだけじゃなく、温かい何かに包まれていく。それを実感しながら帰路に立った。

 家に着いてからもう一度本を取り出し、何回も読み直した。

 本に綴られている言葉一つ一つが心に染み渡り、姫の優しさに改めてとても感謝した。

 少し生きる事を前向きに考えるのもいいなと思えた。

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