第6話
「そういえば、お前異動するんだっけか?」
グラスの中のウイスキーが、氷の溶け水と合わさり始めたとき柏木に聞いた。
「あーそうそう。前の店立ち退きくらったぽくて、違う店舗になる」
「なんか前にちらっと言ってたよな。結局どこになったんだ?」
「自由ヶ丘になった。フレンチとイタリアン両方って感じの店」
「そうかい。何か飲むなら勝手に注文しろよ?」
柏木の答えを右から左に流し、グラスが空なのを見て言った。
こいつもフレンチに携わるのか。俺の店はフランス語も覚えてないとついていけなかったから毎日勉強もしていたが、イタリアンと合わせてるなら日本語なんだろうな。
「すいません。この季節限定のカクテルください」
季節限定のカクテルなんてあるのか。と感心しながら残りをちびちび飲み、次なににするかを悩む。
少し値が張るが、ジョニーウォーカーのブルーラベルにしよう。それで締めよう。
お通しのナッツをつまみ、この静けさも楽しむ。
「すいません。俺次ブルーラベルお願いします」
「お前それうまいのか?」
柏木が値段を見て少し驚きながら聞いてくる。
「1口やるから飲めばわかるさ」
「そりゃ楽しみだ」
柏木が答えたタイミングで、バーテンダーがテーブルに置いてきた。
それを一口あげる。ロックだからそんなに入ってないんだ。ありがたく飲めよ。
などとくだらない事を心で言い放ち、再びウイスキーを煽る。
「どうだ?」
「こりゃうまいや」
すごいニヤニヤしながら言ってきた。人間、美味い物を口にすると笑顔になるってのはあながち間違いじゃないのかもなと思わされた。
その後、2人でたわいもない話をして飲み終えると店を出た。
佳苗に会う可能性があるからさっさと帰りたい。
「この後佐倉どうする?」
「えっ帰るが」
「一緒に佳苗達待たない?」
まじか。俺は頼まれ事はあんまり断れない性格なのと、酔っていたこともあり一緒に待つのを良しとしてしまった。
「じゃあ酔い覚ましに散歩でもするか」
2人並んで再び夜の街を歩く。
そういえば、こいつとこうして並んで歩くのがすごい久しぶりだな。
向こうも同じ事を考えていたのか、目が合った。
「久しぶりだよなこの感じ」
「ああ。そうだな」
こうして2人並んで歩いていると、もう学生じゃないと言う事を嫌と思い知らされた気がした。まだお互い就職して、1年も経っていないのに毎日会ってたのは当たり前じゃなかったんだと思えた。
それだけ、俺らの時間は濃かった。
だが人はずっと同じ性格でいるってことはなくて、そして性格は自分の理想のように変わってくれるわけでもない。
柏木は佳苗と付き合って、大切な人と結ばれることになって、きっと大切にしていた物を失いかけてる。
自分を他人の大切な物と捉えるのは少し自意識過剰かもしれないが、それを思えるくらいにお互い信用していたし、大切にしていたと思う。
もう柏木は俺の知ってる柏木じゃない。きっと今日を境に離れていくだろう。それも仕方のないことだ。
俺がここまで我慢してまで会いたいとは思わない。時間と労力とお金の無駄になる事を今日学んだ。学べたことだけは感謝しよう。
「あっ佳苗」
柏木が佳苗達女子集団を見つけ、手を振った。
俺は帽子を深く被り、目を合わせないようタバコに火をつけた。ここら辺は道全てが喫煙所と言ってもいいくらいみんなタバコを吸ってるからいいだろう。
「佐倉くん久しぶり〜」
と佳苗はこちらに向かって走って抱きついてきた。彼氏の前で他の男に抱きつきにこれるのお前くらいじゃねえか?と思いながら久しぶりと返す。
それからもと同じクラスの女子達とも軽く挨拶を交わし、集団から少し外れた。
今なにしてると聞かれるのが怖かった。クラスで優秀だった人がここまで落ちぶれたとうわさされるのが怖かった。いらないプライドはいつまでも心にあり続けた。
外から集団を見ていると佳苗がこちらに向かってきた。
「最近どう?楽しいことあった?」
「いや特に」
「そっかあ。そっかそっかそっか〜」
「なんだあ?酔ってんのか」
「佐倉くん私がお酒弱いの知ってるくせに〜」
随分と上機嫌に話しかけてきた。酔っているのだろうが最初の問いかけの時だけ声のトーンが真面目だったため雰囲気に酔っているのもあるのだろう。
俺がここにいても邪魔なだけだな。それに早く1人になりたい。いつまでもここにいたらおかしくなりそうだ。
「んじゃ俺は帰るから、帰り気ぃつけてな」
「きぃーつけまーす」
ちくしょうイライラする。柏木にも帰る旨を伝えさっさと1人になった。
元々好きだった女にこんなにも塩対応できるとはな。と自分でも呆れながら、感傷に浸りながら電車に揺られ帰路に立った。
早く姫に会いたいなと思いながらその日は夢に落ちた。
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