第21話・異変

 しかし、カーネリアの詠唱が広間に響くことはなかった。

 なぜなら、その前にシオンが詠唱を開始したからである。その場にいる誰も知らない言葉で、まるで歌うように。


「……シオン?」


 皆が驚いて彼女に注目する中、熱に浮かされたように、聞いたことのない言葉の羅列をすらすらと口にする。その言葉を聞いた守護兵器ガーディアンは自ら膝を折り、動きを止めた。

 それを見て、シオンはふわりと浮かび上がると動きを止めた兵器の胸をつ、と触る。人間で言えば心臓に当たる部分。そこは滑らかにスライドし、白い光を携えたコアがむき出しになった。


 ――刹那。


 キン、と甲高い音がした。

 コアから、凝縮された濃密な光が遺跡内を貫いた。一瞬で部屋をすべて塗りつぶした光は、シオンが手を離すとともにすっとおさまる。コアの中で明滅していた白い光は、完全に消えていた。

 それとともに、広間の明かりも落ちる。通路と同程度の、淡い光だ。

 守護兵器ガーディアンも、完全に動きを止めている。


「まったく。これを持ち出しても、ダメとはねえ。これ一応、魔法は効かないようにできてるんだけど。どれだけ規格外なのよ」


 ため息をついたシオンの口調が、変わっている。カーネリアは目を細めて彼女に問うた。


「シオン、お前――やはり」

「さすがだわ、聖女さまカーネリア。気づいていたのね」

「お前は、誰だ? なんのために私たちを閉じ込めた」


 ここを発見するきっかけになった、クレーターにあいた穴。そこにシオンがはいってきたとき。

 彼女は、穴のヘリに引っかかったふりをして、遺跡から出られないよう通路がループするように魔力を壁に吸わせたのに違いない。

 シオンはにこにこと不気味な笑みを浮かべて黙っている。質問に答える気はなさそうだと、カーネリアは確認のために別の言葉を口にした。


「ループに気付いたとき――光が弾けるのと同時に、遺跡を元に戻したな。あんなにタイミングよくキノコやら守護兵器ガーディアンの部屋が現れるなど、そうとしか考えられないだろう」


 ぱちぱちぱち、と乾いた音が返事の代わりに降ってくる。無論、嬉しくもなんともないが。


「そこまで分かっているのなら、次はどうなるかも知っていそうね?」

「さあ……。そこまではどうかな。買いかぶりすぎだろう」


 二人のやり取りを、誰も口を挟めずに見守っている。

 ――否。

 口を挟む、モルモットはいた。


「で? 次はどーなんのよ。おれさま、そろそろ遺跡飽きてきたぞ」


 顔の割に小さな口で欠伸をしたもふもふを、シオンは汚らわしいものでも見るかのように半眼で見くだす。


「あら、出ていってもらっても一向に構わないわよ? あなたのような、みすぼらしい毛玉に用はないのだから」


 嫌悪感丸出しの口調に、エルとクロウは顔を見合わせる。


「可愛さは罪とか、言ってたような……」

「おれもなんとなく、聞いたような気がする」

「せっかく、ただの覗き魔だってことで落ち着いた気がしてたのに」


 どうやら、いまここにいるシオンは、昨日城で顔を合わせたシオンではないらしい。ただでさえ思い込みと妄想の激しいややこしいタイプなのに、とエルはげっそりして肩を落とす。


「ありゃあ、中の人は別モンだな」


 やれやれ、と首を振ったクロウを横目で捉え、シオンの姿をしたなにかは「そこ、失礼な話してるわね」と耳聡く突っ込んだ。


「はああ、本当は、聖女さま以外これガーディアンに片づけてもらう予定だったのよね。必要なのは、彼女だけだから」

「それならば、初めからそう言えば良かったのだ。よりにもよって、面倒な女を選んで乗っ取るからこうなる」

「カーネリアが触ってくれれば、一番平和的に目的を果たせたのよ。男の身体にははいりたくないし、獣は論外。迂闊に触ってくれたのがこの子で、ある意味妥当ではあったわ」


 それに。


「思ったよりも、魔力も強いし。だから結構抵抗してたんだけど、癒しの奇跡なんて大きなちからを使ってくれて助かったわ。お陰で隙ができた。所有権を握ってしまえば、使い勝手は悪くないわね」

「あ……!」


 ちょっと面倒なタイプではあるが、自分のために危険を顧みず飛び出してちからを使ってくれた姿を思い浮かべ、エルはぎゅっと手を握る。自分が似合わない行動をしたせいで、シオンが完全に乗っ取られたのだと聞いても平気でいられるほど、彼は冷たい人間ではない。


「いらないことはよくしゃべる。そろそろ有意義なことも話せ。ついでに、その女の身体も返してもらおう」


 カーネリアが、杖を突き付ける。ぱち、と紅玉の先から火花が散った。シオンは「熱くなっちゃって」とくすりと笑う。


「いいわ。教えてあげる」


 言うと、膝を折って止まったままの守護兵器ガーディアンに向け、ふっと、手のひらを上に向けて息を吹きかける。



 吹いたのは、ひとかけらの魔力だったのか。

 完全に動きを停止したと思っていた守護兵器ガーディアンが、再び動き出す。ぼろぼろの身体で、兵器は大きな左手にシオンを乗せると、残った右手でがんがんと床を殴りつけた。脆くなった拳が割れ、床と共に辺りに飛び散る。


「シオン! なにをする気だ!?」


 防御魔法シールドを張り、全員を守りながらカーネリアは叫んだ。


「これを倒したご褒美。最後の部屋へ、ご招待するわ」


 ぴしっと、嫌な音が耳に届く。


「カーネリア。あなたは、知りたいのでしょう? 遺跡の謎を。隕石の正体を。そしてわたしの正体も」


 ぐらりと、心が揺らぐのを感じた。心をくすぐるのは好奇心。それはなにより、彼女が好きな言葉だ。

 防御魔法シールドに当たる瓦礫の数が多くなる。床に無数のひび割れが走り、ジークは一生懸命壁際まで走る。


「カーネリア! 巻き込まれるぞ! カーネリア!」

「聖女さん! なにやってんだよ!」


 クロウが壁を蹴って飛びだす。壊れゆく兵器はシオンを肩に乗せ、大きく両腕を振りかぶった。


「教えてあげても、いいわ。だってあなたは、だもの」


 ――こちら側へ、いらっしゃい?


 クロウが必死に手を伸ばす。

 直後に響いた、轟音。

 床が、派手に波打つ。天地がひっくり返る。暗闇に、飲まれてゆく。

 約束を守れなかったのは、私か。

 ゆっくりと、視界が閉じていく。

 床の崩壊に巻き込まれ。

 三人と一匹は、成すすべもなく闇の中へと落ちていった。

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