第20話・逆襲

「カーネリア! なにぼけっとしてんだよ!」


 ジークが叫んでぴょんぴょんと足もとで跳ねる。ちからのこもらない瞳でモルモットを見、カーネリアはモルモットを抱きとめた。


「お前にも、ひどいことをしてしまったな。キノコはきちんとしまっておくべきだった」

「え? おれさま、なにも気にしてないっつーか最強のモルモットになれて最高なんだけど」


 きょとんと、カーネリアの顔を見上げる。彼女は、一度だって見せたことのない、弱気な顔をしていたように見えた。しかし、すぐにジークの身体に顔を埋めてしまったので、本当にそんな顔をしていたのかどうか、おれさまなモルモットにも自信は持てなかった。

 なんといっても、相手がカーネリアである。カーネリアの中に『弱気』という言葉があるかどうかすら、分からない。傲岸不遜で傍若無人。興味のあることしかしたがらなくて、いつも自信たっぷりで……。大きくなって喋るようになった自分にも、ビビらず普通に接してくれて。

 聖女とか魔女とかそういう話は、ジークには分からない。だけど、彼女が強いだけではなく優しいことも、ここ数日で嫌というほど知っている。

 いま自分を抱きしめている彼女は、きっとそんな彼女じゃない。それは、ジークにも分かった。


「カーネリア……」


 思わず、涙声になる。


「おれさま、いつものカーネリアがいいよ」

「無事でしたか、カーネリアさん」


 耳朶に届いた声に、カーネリアは勢いよく振り向いた。そこにはもちろん、見慣れすぎた、無駄に整った顔があって。


「カーネリアさんが守ってくれたお陰で、大した怪我もなかったみたいです。騎士の制服に編み込まれた防御の魔法も効果発揮したみたいで……カーネリアさん? 聞いてます?」


 首を傾げ、カーネリアの顔を無遠慮に覗き込む。挙句、顔の前で手をひらひらさせてみたり、ほっぺたをつついてみたり、ついには引っ張ろうとむにっと摘まみ――そこでエルの手をはたき落とした。


「……ちゃんと聞いている。私で、遊ぶな」

「あの、カーネリア、さん?」


 カーネリアの声に怒気が含まれてる気がして、やりすぎちゃったかと内心ドキドキしながら、エルはへっぴり腰で名前を呼んだ。


「なんだ?」


 カーネリアは、ジークをおろしているところだった。戦闘には迂闊に近づくなと噛んで含ませるようにいい、モルモットからそっと手を離した。それから口を開く素振りが見えなかったので、エルはもう一度名前を呼ぼうと唇が『カ』の形を作ったときだった。


「悪かった。私を守ろうとしてくれたのに、バカなどと言って」

「え、あ、いやあ、俺が飛び出したのがバカだったんですし……? って、んん?」


 悪かった? いまこのひと、悪かったって、言った?

 思わず普段通り、考えなく飛び出した自分の非を認めようとして、エルは固まる。カーネリアは杖を持った左手に右手を添えると、目を逸らして言葉を紡ぐ。


「私はどうも、一人に慣れていてな。こう、多人数で動くことに慣れていない」

「あー、どっちかと言えば、俺も苦手ですね。実はさっきも、なんで身体が動いちゃったんだか自分でも分からなくて」

「……それは言わなくていいところだろう。まったく」


 毒気が抜かれたのか、カーネリアは苦笑を浮かべてエルを真っ直ぐに見た。エルもつられて、少し情けない笑顔を乗せる。彼女はジークの頭にぽん、と手を乗せると「お前にも心配かけたな」と微笑んだ。


「一人でいたいのはやまやまだが、王命に私のキノコの作用とくれば放り出すわけにもいかん。だから、一つだけ、約束をしてもらいたい」

「……約束?」

「そんな訝し気な声を出すな。簡単なことだよ。一緒に過ごさねばならないのなら私の前で、否、二人と一匹、それぞれが、命を粗末にするな。私のちからをもってしても、死は覆せない。だから、それだけだ」


 言うだけ言って、彼女はなんとか足止めをしているクロウのほうへ行ってしまう。柄にもないことを言ったという自覚もあるのだろう。

 ここにきて、エルはやっとカーネリアが自分の心配をしていたのだと気が付いた。ジークと視線を交わし、カーネリアの背中を見やる。黒く長い髪の揺れる、白い傷ひとつない背中。

 カーネリアはその視線を感じながら、艶やかな唇をきっと引き結んで歩いていた。

 誰だか知らんが。


「この私を本気で怒らせたこと、あの世に行っても震えるほど後悔させてやる」


 誰の耳にも届かなくて良かったと思うほどの。

 まるで――呪詛にも似た、呟きだった。










 いくら動きが鈍いとはいえ、クロウ一人で巨大な兵器の攻撃を捌ききるのは限界に近づいていた。なにせ、まともにやりあおうものなら一方的に弾かれてしまう。さらに相手は機械である。疲れというものを知らない。痛みもない。


「クロウ! こいつの足を止められるか!?」


 カーネリアの艶やかな声に、兵器の拳を振り切られる前に潜って避けると、彼は声を張り上げた。


「足を止めるだけなら! ただし、どれぐらい止められるかは分からん!」

「止めるだけでじゅうぶんだ! エル、行けるか?」


 ついてきていた青年を呼ぶ。彼はいささか青い顔をしていたが、それでもはっきり頷いた。


「よし。足を止めたら、すぐ離脱しろ。クロウにも伝えてくれ」

「分かりました。あれを倒す手段があるんですね?」

「ああ。三人でちからを合わせねばなるまい。だから、頼む」


 彼女の言葉に、ぎょっとして目を見開いたエルだったが、少々情けない笑顔を浮かべるとクロウのもとへと向かう。

 エルとクロウはちらりとお互いを見やって、二人とも同じ場所に剣を振るった。守護兵器ガーディアンの足、膝に当たる部分である。遺跡と同じ鉱物でできている相手は、もちろん硬い。硬いものを人間のように二足歩行で歩かせているのだ。そうすると、必然的に動く箇所は決まってくる。人間で言う、関節にあたる部分。そこは一つの石の塊ではなく、滑らかに動かせるよう丸い石が埋め込まれ、隙間もあいていた。その隙間に、剣をねじ込んだのである。

 ぎしっと軋む音がして、守護兵器ガーディアンの動きが鈍くなる。クロウは、ベルトに刺した短剣を取り出し、隙間に根元まで差し込むと自身の剣を抜いた。エルも共に剣を抜いたが、機械の人は動きが阻害されたままだ。


「よし、次!」


 片足が動きにくくなったことで、兵器の攻撃は一気に避けやすくなった。とはいえ古代の兵器、なにを隠し持っているかも分からないので、油断はしないよう最大限の注意を払って対応する。

 二人は同じようにもう片方の足に取りつくと、隙間に剣をねじ込んで仮固定をすると、今度はエルがベルトに刺した短剣を抜いて隙間に差し込んだ。

 こうなるともう、巨大な兵器は足を引きずって歩くしかなくなった。関節に挟まった異物を取り除こうにも、大きな手には小さすぎてつかめない。そんな巨大兵器の動きを見、二人の騎士はそっと兵器から離れる。


 騎士二人の動きを見ながら、カーネリアも行動を開始した。

 カーネリアは、右手に持った杖を守護兵器ガーディアンに向けて牽制するように構える。節くれだった木でできた柄に、ぐるりと大きく丸まった台座には、真ん中に大きな紅玉がはめ込まれている。

 この遺跡も、守護兵器ガーディアンも、いったいなにでできているかはっきりとは知らない。天然なのか人工なのかさえ分からない。というより、遺跡以外で見たことのない材質なので、調べようがないのが事実だ。

 しかし、鉱物であることは変わりないだろう。それならば、劣化させてしまえばいい。劣化させる方法など、いくらでもある。


 カーネリアは素手で魔法を放つのが基本のスタイルだが、魔力を向上させるために補助として杖を使うこともある。杖に魔力を流すと、台座にはめ込まれた宝石が増幅器の役割を果たし、素手で放つよりもずっと強い効果を得られるのだ。

 二人が完全に敵から離れたのを確認し、カーネリアは構えを解いた。

 代わりに、こん、と杖の足で床を叩く。それだけの動作で、ぶわりと炎がうねりを上げて杖にまとわりついた。


火炎の棺フレイムコフィン


 こん、ともう一度。

 たったそれだけの動作で、ほぼ歩けない守護兵器ガーディアンの上下に炎を纏った魔法陣が現れ炎の雨の中へと誘う。さらに、杖の先端からも、二重、三重と重なった魔法陣が展開し、動けない相手へと炎の波が襲いかかった。


「おれさまの~、キューティクルな毛皮が焦げるぅぅぅぅうう」


 必死に火の粉を払いながら、ジークが逃げ回る。それを見て、カーネリアは不敵に笑う。


「ならば、冷やしてやろう」


 こん、と杖で床を叩く音。

 杖のまとった炎が消え、今度はキラキラと光るダイヤモンドダストが現れた。


強制的絶対零度アブソリュートゼロ


 こん、と響く四度目の音。

 上下に展開していた炎の魔法陣は、冷たい青に輝く氷の魔法陣に上書きされる。一瞬止んだ炎の中から、守護兵器ガーディアンは一つの目でカーネリアを見た。足を踏み出そうと、もがく。関節に埋め込まれた短剣が、炎の高熱に耐え切れず溶けるようにして折れた。単眼が、それを確認する。


 その僅かな隙に、妖艶な笑みを浮かべて、カーネリアは杖を兵器に向ける。幾重にも重なった魔法陣が展開する。杖の帯びる冷気が強くなる。

 ガキンッと無慈悲な音がした。

 上下の魔法陣から、氷でできたドラゴンの頭が飛び出している。上下から凶悪な牙を持つあぎとに食いつかれ、表情のないはずの瞳に驚きが浮かんでいるようだった。噛みつかれた個所から、カーネリアの杖から放たれた冷気に触れた箇所から、どんどんと兵器は凍り付き、動けなくなっていく。


「すっげえー」


 氷に取りつかれていく巨大な兵器を見上げ、ジークは思わずぶるりと身震いをした。


「エル、クロウ、剣を出せ」


 機械の巨人が凍り付いている間に、カーネリアは二人を呼ぶ。刀身に軽くさわると、ちからある言葉を口にした。


付加重力エンチャントグラビティ


 エルとクロウの持つ剣に、魔法陣が吸い込まれていく。魔法陣が消えると同時に、刀身は黒く変色した。


「剣に重力魔法を付加した。刃が当たると同時に衝撃がうまれる。いまのやつには堪えるだろう」

「えげつな」


 半ばげっそりと、エルは呟いた。クロウはいきいきとして、よっしゃぶったたーく!などと嬉々としていた。そんな幼馴染を見て、俺もあんなふうに盛り上がれる性格だったら良かったのにと詮無いことを考えた。


「おおお! ほんとに掠っただけでも効いてるぞ!」


 クロウの感動した声を聞いて、エルも脳内を切り替えた。どんなに自分が戦闘に向かない性格であろうと、いまはあれを倒して進むしかないのだ。カーネリアが作ってくれたチャンスを、無駄にする必要はどこにもない。


「ぶん殴られた借りを返してこい」

「分かりました」


 クロウが面白いように氷ごと破壊している兵器を、エルも駆け抜けながら足を斬りつけた。どんっと重たい衝撃が剣を握る腕まで走り抜け、剣を取り落としそうになる。が、何度か斬りつけるうちに衝撃を逃がしながら攻撃するコツをつかみ、二人の騎士はもろくなった金属の相手を破壊する。

 しかし、問題はその大きさだった。いくらもろくなったとはいえ、氷が解けると攻撃もしてくる。避けながらたった二人で壊していくには、守護兵器ガーディアンの大きさは致命的だった。

 カーネリアは、広間の中心に移動し、標的を静かに見据えた。


「これまでは、簡易魔法ばかりで失礼したな。最後は完全詠唱で消し飛ばしてやろう。さらに、この私が杖まで使用するのだ。光栄に思え」

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