第19話・動揺

「誰かさん? こんな遺跡の中で、誰が待ってるっていうんだよ」


 クロウのせりふを一笑に付して、ジークがとことこと扉を潜ろうとする。が、大きなモルモットはそのもふもふした身体をなるべく細く小さくして、とすとすと足を忍ばせながら扉の前で戻ってきた。


「いる……。なんか、いる……。おれさまの、おれさまの見えすぎる目が憎いッ!」


 カーネリアの後ろに隠れて、ごろごろとのたうち回っている。


「ジーク……。なにやってんだよ……」

「だって、ホントになんかいるんだぞ!? エルなんか一発でぺちゃんこだぞ!」


 前足で目を押さえながらジークが叫ぶ。甲高い声で叫べば、中にいるなにかにも当然聞こえているのだろうと思うが、声に反応した気配はなかった。しかし、クロウも断言しているのだから、確かになにかはあるのだ。生き物かどうかは、分からないとして。


「なんにせよ。私たちは扉の中にはいるしかないようだぞ?」


 カーネリアの言葉に他の三人もはっとして辺りを見渡すと、無限の通路が消えただけではなく、彼らがいるのは入り口も出口もない、小さな部屋と化している。壁も天井も淡く光る同じ材質でできているものの、さきほどまでと違い少し苔むしていて、この場所ができてから相当時間が経っているのだろうことが伺えた。


「あらま。やられたな」

「なんでそんなに楽しそうなの、クロウは」

「え、楽しくないのお前! 遺跡だぞ! 仕掛けだぞ!? ほんと、なんでワクワクしねーんだよ!」

「あー……。うん、そういう物語に憧れて騎士になったんだっけ、お前。いまだに憧れてるんだな……」

「さっきはこらえたが。やっぱり、平和で楽だからって騎士になった男には言われたくないな」

「そーなんだよなー……。それがなんでこんなことに」


 いや、おだてられてその気になっちゃったのが悪かったんだけど、と心の中で続け。


「……って、ちょっ、カーネリアさん!?」


 ふわりと光球をともなって、すたすたと扉を潜ったカーネリアを見、素っ頓狂な声をあげる。彼女の背中を「やっぱカッコイイ」などと言いながらクロウが追い、エルも仕方なく足を踏み入れた。その腕にシオンが飛びつく。ジークは、扉の外で前足を入れたり引っ込めたりしながら、迷っているようだ。

 カーネリアは広間のようにだだっ広い部屋を進みながら、振り返ってジークに告げる。


「なるべく、一緒にいたほうがいい。次は、どこに飛ばされるか分からんぞ」

「そ、それを早く言え、カーネリア!」


 短い手足をフル回転させて、ジークがカーネリアの後ろに飛んでくる。広間の真ん中辺りまで進み、彼女は足を止めて光球の高度を上げた。上にいく度光は強さを増し、煌々と不愛想な部屋の中を照らし出す。

 床以外は、淡く光る材質でできている。天井は高く、クレーターの底に入り口となった横穴が開いたのだとしても、さらに距離は足りないだろう。正面には、はいってきたのと同じ、大きな扉があった。出口なのは明白だが、その前に、巨大な人形が両足を投げ出して座っている。足の大きさだけで、人間の身長の二倍はあるだろう。

 そして、その部屋は、それが暴れまわってもじゅうぶんなほどの広さがあった。それなのに、柱の類いはいっさい見当たらない。


 ばちん、となにかが割れるような音がして、光球が弾けた。ついで、背後の扉が音を立てて閉まる。一瞬の暗闇ののち、広場を構成する材が一気に眩い光を放った。視界を白く塗りつぶしたあと、通路よりは明るいが、生活するにはほの暗いと感じられる程度の光量で落ち着く。

 視力の戻った面々が見たのは。

 自分たちに迫る、巨大な拳。


「うわわわわわわわッ!」


 見当違いの方向に逃げようとしたジークをエルが抱え、クロウがシオンを連れて拳の軌道から飛びのく。カーネリアは、最低限の動きで攻撃をかわすと、拳が抉り取った床から飛び散る瓦礫から防御魔法シールドを展開して防いだ。


「……でっけえ……」


 ジークがかたかたと震えながら呟いた。一番近くにいるカーネリアは、興味深そうにその巨体を見上げる。


「ループする通路に、身体に巣食う魔物。侵入者を排除する兵器。まるで、おとぎ話のようだな」


 黒光りする体躯は、巨体故に動きはそれほど早くない。ゆっくりと拳を元あった位置に戻す動作を見ながら、彼女はおもしろそうに笑みを浮かべる。


「なんで楽しそうなんですか、カーネリアさんも」

「聖女さんも、ワクワクが好きなんだろ! おれたち気が合うかも!?」

「……騎士って、バカが多いのか?」


 盛り上がるクロウを見、ジークが嘆息する。エルには、言い返す言葉も見つからなかった。


守護兵器ガーディアン、と言ったところか」

石の巨人ゴーレムみたいなもんか?」

「性能は段違いだが、まあ遠くはない」


 どちらにせよ。


「これを倒さねば、出られないのだろう。よくある趣向だ」


 だが――いまの世では貴重な体験だ、とカーネリアはこの状況を自分が楽しんでいることを知る。確かに、ワクワクしているのかもしれない。

 守護兵器ガーディアンが攻撃の構えにはいる前に、カーネリアは魔法陣を展開した。動く兵器の上下左右に、壁のように光り輝く魔法陣が現れる。閉じ込められた兵器は、一つしかない無機質な瞳で魔法陣を見やった。


重力圧縮ダークマター


 カーネリアが、かざした手を握る。

 四つの魔法陣が共鳴し、中にぶおんと黒い球体がうまれた。それこそ、光をも飲み込む漆黒は少しずつ体積を増して、黒い兵器を圧し潰しながらゆっくりと飲み込んでいく。声はおろか、音も出すことができない守護兵器ガーディアンは、それでもどこまでも無機質な瞳でカーネリアを射抜いた。


「――ッ!」


 寒気が、背中を這いあがった瞬間。

 ぱんッ、と空気が震えるほどの破裂音が鳴り、球体と魔法陣は消滅した。兵器は何事もなかったかのように、どこも欠けることなく立ち尽くしている。


「簡略化した魔法は効かない、か……」


 ちっと舌打ちすると、右手に魔法陣を展開した。魔法陣の中に手を突っ込み、中から杖を取り出す。


「カーネリアさん!」


 叫びと共に、エルの細身の背中が彼女の瞳に飛び込んでくる。


「バカッ、避けろ!」


 咄嗟に、自分のために展開した防御魔法シールドをエルにかけた。直後、風を切る轟音がカーネリアをかすめ、目の前の騎士の姿が視界から一瞬で消える。遅れてやってきた風が、カーネリアの黒髪と黒いスカートをもてあそんでゆく。


 いまのは――なんだ?

 まばたきをする程度の。

 短くて、長い時間。


 横からやってきた衝撃をまともに食らい、エルは石ころのように吹っ飛んだ。衝突の瞬間、なにかがあいだにはいった感覚があり、衝撃を吸収したようだった。が、それはパリンとガラスが割れるように易々と砕け散り、身体は拳の上に乗りあげ簡単に押し出された。一番ちからが伝わる、衝突時の衝撃はなかったものの、吹き飛ばされた身体は床に叩きつけられ転々と転がる。


 叩きつけられた、身体中が痛い。

 いまは平和だから。

 こんな、命をかけるほどの戦闘などしたことがない。

 身体中が痛くて、息をするのも苦しいのになんで、剣を離してないんだろう。

 いまは平和な時代だから。

 ただ、護衛として突っ立ってるだけでいい楽な仕事のはずだったのに。

 なんでこんな、声を出すのも痛いなんて、こと――。


「バカヤロー! へっぽこのクセに無理すんな!」


 泣き声とともに、ジークが飛び出す。ちょこまかと動き回る不思議な生き物に、命を持たない兵器はちらりと一つしかない視線を落とした。

 それを見て、クロウは後ろ側から斬りつけて注意を自分に向ける。


「下がれジーク! 聖女さん、コイツ頼む!」


 ひょいっと器用にジークを捕まえると、ばたばた暴れる毛玉をカーネリアへ向かって投げた。カーネリアは受け止められず、毛玉は彼女の少し後ろでぼすんと転がる。


「クロウもカーネリアも扱いひでー!」


 すぐに復活したジークが、文句を言いながらカーネリアの横へ来た。彼女の顔を怒りに任せて見上げ、ジークは何度かまばたきをして怪訝な表情になる。


「どした、カーネリア」


 いつも不敵な笑みを浮かべている顔は蒼白で、冷たい汗を浮かべている。すべてを見通しているような紫の瞳にはなにも映っていない。付き合いの短いジークでも分かるほど、彼女は動揺していた。


「エルドレッドさま! いま回復致しますわ!」


 転がったお陰で、エルの身体は戦闘から離れている。兵器は、クロウを仕留めようと必死だ。一か八か、部屋の隅に隠れていたシオンが飛び出した。倒れたエルをなんとか端まで引っ張り、シオンは地面に手をついた。ぶわっと強い光が走り、エルを中心にぐるりと魔法陣が展開していく。

 それは確かに、癒しの光だった。力強く、柔らかな光が見慣れた青年を包んでいくのを見て、カーネリアは安堵の息をもらす。

 なぜ、安堵しているのかも分からずに。


「聖女さん。なにか手はあるんだろ? おれが時間を稼ぐ。やってくれ!」


 クロウの声も、カーネリアには届かない。否、そこにいるのは聖女カーネリアではなく――ただの、なんのちからも持たないカーネリアだった。

 そもそも。

 聖女なんて。

 やりたくてやっているわけではなくて。

 エルだって、好きで聖女付きになったわけではなくて。

 私は――。

 ぐるぐると、思考が定まらない。耳の中で鳴っているのかと思うほど、心臓の音がうるさく鳴り響く。


「……私は、一人で良かったのに」

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