第18話・キノコの里消滅
「……え?」
すでに傍観気分でいたところを、クロウに引き戻され、自分でもびっくりするほどの間抜けな声が出た。しっかり声を拾っていた幼なじみから、叱咤の激が飛ぶ。
「え、じゃねえだろ! いま頑張らないでいつ頑張るんだよ」
「あー……頑張ることないかと思ってたりして……」
「お前はなんのために騎士になったんだ」
呆れ混じりの、落胆した声が聞こえた。が、エルは正直呆れられるほどのことではないと、心中で返す。この平和な時代、騎士というのはそれほど危ない仕事ではない。それなりの腕があって健康であれば誰でも就ける、そこそこ安全で衣食住が提供され、それなりの地位ももらえる美味しい職業だ。騎士さまなんて言いながら、誰だってそんなこと知ってるだろ、とエルは思うのだ。
もちろん、クロウだって知っている。知っていながら彼は、子供の憧れのまま騎士になった。カーネリアの魔法を見て目を輝かせたのと同じで、彼は物語に登場するカッコよくて強い騎士にいまだに憧れている。そんな動機で騎士になったものなど、今の世ではよほど少数派だ。
そんな少数派であるから、分かっていても言葉になってしまったのだろう。クロウは「いや、悪い」と軽く手をあげ、苦笑いを浮かべた。
「お前だけじゃねえよな。聖女さんについてるだけ上出来か」
「それは」
微妙な空気が漂い始めたところで、カーネリアがそれこそ呆れのニュアンスを多分に含めて肩をすくめる。いつの間にか床におろされたジークも、じとりと二人を見つめていた。
「見せ場とは言ったがな。なにも、二人だけで倒せとは言っていない。魔法が効かぬならば、魔法を使わずに倒せば良いだけの話だ」
まるで、お菓子がなければパンを食べればいいじゃない、とでも言った風な様子で、カーネリアは錆びた剣を振り上げて迫る骸骨の腰骨を、華麗な回し蹴りで弾き飛ばした。達磨落としの要領で背が縮んだ魔物の頭上から、光るキノコごと見事な踵落としを決める。トドメとばかりにヒールで踏まれたキノコは、じゅわっと黒い塵になって消え、菌糸で繋がっていた骨はばらばらと砕け落ちた。ついでに、エルとクロウの間に流れていた微妙な空気もかき消える。
「まあ、こんなところだな。所詮、キノコに操られているだけの骨だ。要となっている腰骨を落とせば、動けまい」
「……聖女さんって、魔法だけじゃなくて腕っぷしも強くないといけねえの?」
「いや、どうだろう……」
ひそっと話しかけてくるクロウに、エルもひそひそと返す。というか、踵落としなんて初めて見たし、とおまけのように付け加えた。
「聖女さん、さすがだぜ……ッ。ますます惚れたッ!」
清々しいまでの宣言をして胸を高ぶらせる友を、エルは「やはりこいつはキノコに憑かれてるんじゃ」などと思いながら、じとりと見やって若干の距離を取る。彼の心中などいざ知らず。クロウは高揚した気持ちそのまま、華麗な太刀筋で骨を砕きながらキノコを斬り落とし、シオンが念には念をとでもいうように、斬られてこと切れた謎キノコを片っ端から焼いていった。ものの数分で、辺りは香ばしいキノコの焼けた匂いに包まれる。
クロウの扱う両手剣は、エルの腰に刺した片手剣より
「エル……。お前ってほんとにへっぽこなのな……」
とことこと寄ってきたジークが憐みの視線を向けても、否定する気にすらならない。
「うん。ほんと、なんで俺騎士になんてなれちゃったんだろう」
「そっからか。もうそっからなのか、エル」
お前はほんとに
「おれさまもちょっと運動してくるぜ。どーやらあのキノコは、おれさまキノコと違って見掛け倒しみてーだしな」
「え、ちょ、ジーク!?」
尻尾のない丸いお尻を向け、短い足を動かして突進していったモルモットの背中に呼びかけて、エルはちらりと自分の腰に刺した剣の柄に目を落とす。
確かに。
動き遅いし。
見かけだけで、弱いっぽいし。
キノコを斬るか、骸骨を動けないように壊すぐらいなら、俺でも。
――などと。
逡巡している間に、動いている骨はほとんどいなくなっていた。あーでもないこーでもないとぐだぐだ考え込んでいる時間で、クロウとカーネリアがほとんど無力化していたのである。
色んな意味でほっとしながら、残る一体の骸骨に視線を向ける。
「……ん?」
しかし、キノコのほうにも意地があったらしい。
残った一つのキノコは、頭蓋骨にへばりついたまま身体をにゅいんっと膨らませ、全方向に菌糸を放った。それに捕らわれぬよう、四人と一匹はそれぞれ避けたり魔法を展開させたりする。だが、キノコが狙ったのは、侵入者たちではなかった。
狙ったのは、形が保てなくなり崩れ去った骨の残骸。
骸骨の最後の一体に、ばらばらになった骨が生きているかのようにするりと動いて合体していく。同じ部位の骨同士が重なり合い、いままでとは段違いの太さと大きさになっていく。腰骨だけが元々の大きさであり、あまりにもアンバランスだ。頭蓋骨のてっぺんにキノコを生やし、それは立ち上がろうと地に着いた膝を浮かした――の、だが。
「……み"ッ」
キノコの発する音のような声のようななにかが聞こえ、ついで頭蓋骨が天井にめり込む音と共に衝撃が小部屋を揺らす。ぱらぱらと細かい瓦礫が降り注ぐ中、キノコの悲鳴はいつの間にか聞こえなくなっていた。
「……自滅か?」
「どうやら、そのようだな」
「ふっふーん、おれさまに恐れをなしたんだな。キノコのクセに無理するからだぜ」
得意気にそっくり返って、中途半端に膝を浮かした状態の骨をぺしっと叩いた。そんな小さな衝撃にもアンバランスな身体は耐えられず、奇跡的に床と天井で固定されていた骨から軋む音が聞こえる。
――からん。
小さな音が聞こえた途端、エルはジークをさっと脇に抱えると元居た通路に向かって猛ダッシュを開始した。がらがらどかどかと凄い音と衝撃が後ろから迫ってくるが、決して振り返らない。振り返ってしまっては、タイムロスになるからだ。そしていまは、振り返らずとも背後でなにが起こっているか簡単に想像ができる。安全な場所についてから確かめても構わない。
「あ、ジーク!?」
脇に抱えたモルモットが、すぽんと後ろに飛び出した。ジークは短い前足を伸ばし、叫ぶ。
「ねーちゃん! おれさまの手につかまれ!」
「ジーク……ッ!」
「……え? あ!?」
ジークの言葉に引っ張られ、思わず後ろを向いたエルの目が捉えたものは、懸命に手を伸ばすシオンと飛び出したまま空中を飛ぶジークの姿だった。彼は走る勢いを回転に変え、空を駆けるモルモットへと長い手足を伸ばす。
後ろ向きに抱えられたジークのつぶらな瞳には、骨や瓦礫に飲み込まれそうになっているシオンが映っていたのだ。モルモットとして見ればありえないほど大きいとはいえ、人と比べるとまだまだ小さい。さらに、手足は比べものにならぬほど短い。
それでも、飛び出したジークの前足をシオンの伸ばした手が掴む。ジークが着地する前に、エルの両手がなんとかもふもふの身体を捕まえ、一気に後ろに引いた。そのまま後ろに倒れ込むエルの顔面にジークが着地し、ついでシオンも彼の腹の上に落ちてくる。
「だいじょーぶか、シオンねーちゃん」
「大丈夫ですわ。ありがとう、ジーク。ありがとうございます……エルドレッドさま」
「……あ……なんでもいいから、二人とも、どいて……」
「おー、エル。最後にいい仕事したじゃねーの」
ひょいっとジークを両手で退けて、真上から見下ろしたクロウはにやりと笑った。
「まったく。いったいなんだったんですの?」
おっかなびっくり立ち上がったシオンが、ぱたぱたとスカートのすそをはたきながら文句を言う。そんな彼女を抑えながら、クロウは「そうだなー」と指を立てた。
「こーいうイベントでは、宝箱ぐらい用意しておいてほしいもんだぜ」
「用意してあっても、最後がこれじゃあどうしようもないがね」
「まあなあ。罠もいいとこだ」
自分で言っておきながら、さして気にもしていないようだ。まだ寝転がったままのエルの側にしゃがみ込むと、壁をピンっと弾いて睨みつけた。
「これ……。もうキノコは出てこねえんだろーな?」
「出てこないだろう。どうやらここはもう、さっきの場所ではないようだ」
カーネリアがこんこんと壁を叩く。その音は、先ほどまでとは違い少しざらざらと耳に残った。よく見てみると、淡く光る同じ材質でできているものの、さきほどまでと違い苔むしていて、この場所ができてから相当時間が経っているのだろうことが伺えた。
全員がそれを確認し、しばしの沈黙が辺りを包む。
「……シオンが寄り掛かってる壁、おかしくね?」
「え……? きゃ!」
モルモットの言葉を聞き、シオンはゆるゆると顔を動かして壁を見た。瞬間、壁が開いて内側に倒れ込む。
「扉? こんなもん、さっきまでなかったぜ?」
シオンに手を差し出して助け起こしながら、クロウがそれを確認する。観音開きの、まるで謁見の間にでも続いているかのような大きな扉だ。扉を見上げ、いつの間にやら天井の高さまで変わっていることにエルは気付いた。
「ひとつ突破すれば間髪入れずに仕掛けてくるか。次の歓迎は、この扉の中か?」
「嫌なこと言うのやめてくださいよ、カーネリアさん」
「いや――どうやら、聖女さんの言うとおりらしい」
シオンを背後に庇い、開いたままの扉を覗き込んだクロウが口の
「中で誰かさんが、お待ちかねみたいだぜ」
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