第22話・ジーク頑張る

 がらがらと、瓦礫の落ちる音だけがこだまする。

 落ちた先は、ループしていた通路と似通っている。違うのは、上が二人並んでギリギリだったのが、下は三人並んで余裕がある広さぐらいのものだ。

 落下自体はちょうど一階分でそれほど高さはなかったが、問題は一緒に落ちた瓦礫である。


「あああああ。目が回るううぅぅぅううう」


 ふらふらと千鳥足になりながらも、ジークは立ち上がった。一番体重が軽かったため、落下するのが遅く、瓦礫の下敷きにならずに済んだのだ。柔らかな身体もダメージを軽減したのだろう。


「……ん?」


 刹那、夜目の利く瞳に、カーネリアを映した気がした。追いかけようとしたが、脳が追いつかない。ぐらぐらと身体が揺れて、こてんと倒れる。


「……カーネリア。おれさま、置いていかないで」


 追いすがろうとした声は、虚空に消える前に別の人物に届いた。


「ジーク、か?」

「ちょっ、クロウ! お前、大丈夫か!?」


 ぴょこん、と飛びあがったジークの甲高い声が薄明りの中響く。もうもうと立ち込める土ぼこりで、視界はすこぶる悪い。それでも、クロウが大きな瓦礫の下敷きになっているのが彼のつぶらな瞳には見えた。モルモットは障害物を避けて茶髪の騎士に駆け寄る。


「悪い。ミスった。おれはいいから、エルを引っ張り出せないか?」

「エル?」


 起き上がれぬまま、クロウが自分の右側を指さす。そちらへまわってみると、エルも瓦礫と共に倒れていたが、こちらは引っ張り出すまでもない。瓦礫は身体に乗り上げている程度で、それも小さなものだった。


「こらエル、いつまでも寝てんな!」


 ぼふぅんっとエルに飛び乗り、容赦なく前足でぺちぺちと頬を叩く。「……ほあ? 嫌だなあ、んあ、痛い、痛いですよお……」などとぶつぶつ寝言を呟き、中々現実に戻ってこないエルに対し、ジークが「人間は寝起きが悪すぎる!」と吠えて両前足を左右にばっと広げた。


「ジャイアントモルモットハンドッ!」


 ばちんッ! とエルの顔を、子供の手ぐらいの大きさのモルモットハンドが勢いよく挟み込む。


「……起きたから、手離して」


 へにゃりと潰された顔で、エルが口をもぞもぞ動かした。


「エル! カーネリアが行っちゃったぞ!? もちろん、追いかけるよな!?」


 瓦礫を払い落としながら起き上がり、一旦床に座り込む。自身のまわりを忙しく走りまわるジークがそわそわと先を促すが、エルから出たのは否定の言葉だった。


「……え? いや、カーネリアさんなら、一人でも大丈夫だろ……」

「……エル?」


 ジークが足を止めた。エルは、ジークではなく、動けないクロウをじっと見ている。


「クロウ。お前」

「ほら、聖女さん付きなんだろ? 早く追いかけてやれよ」

「俺が行って、なんになる」


 まったく、役に立たなかった。

 彼女を、守ることもできなかった。

 シオンにだって、迷惑をかけた。

 クロウは、自分をかばって怪我をした。

 ――最初から、俺には。

 


「エル。お前それ、本気で言ってんのかよ!?」

「俺なんかが追いかけたって、なにができる? どーせ邪魔なだけだよ」

「約束は? 三人でした約束はどーするんだ? おれさまは守るぞ!」

「カーネリアさんは、場しのぎで言っただけだよ。彼女は一人が好きで、一人でなんでもできるひとだ。俺たちなんて、邪魔なだけなんだよ」


 ただ、王の命令だから、一緒にいただけだ。他に、意味はない。


「見損なったぞエル! お前は、なにがあってもカーネリアを見捨てねーって思ってたのに! おれさま、もふもふ騎士団の一員にしてやってもいいって思ってたんだぞ!」

「俺には、そんな資格ないよ。国王さまだってさ、ほんとにこんなことになったらどうするつもりだったんだろうな? 俺なんか、なんの役にも立たないのに」

「資格? 資格って、なんだよ? カーネリア助けるのに、なんか資格がいるのか?」


 大きなモルモットは、前歯をむき出しにして怒っていた。手触りの良い長めの毛並みも、興奮で逆立っている。ジークは、つぶらな瞳を精一杯吊り上げて、声を張り上げる。


「おれさまは、一匹だっていくからな! おれさまがカッコよくカーネリアを助けてくればいーんだもんな! へっぽこエルなんかいなくたって、おれさま大丈夫なんだからなッ!」


 必死に怒鳴りつけて、モルモットは走り去った。エルは、膝を立てて顔を埋める。

 薄ぼんやりとした明かりの中、体育座りの青年と、瓦礫に埋もれた青年が会話もなく二人。クロウはしばらく幼馴染の姿を見つめていたが、動く気配がないのを悟ると無理をして身体を捻り、近くに落ちていた瓦礫を投げた。こん、と音がして、エルがもそっと顔を上げる。


「……痛いんですが」

「おれなんかな、もっといてーよ。あーあ、おれが動けたら聖女さんのとこに駆け付けんのにな。なーんで凹むだけのバカを助けちゃったかなあ」

「……やっぱりお前」


 床が揺れ始めたとき。

 クロウが、ジークを彼に預けたのだ。自分の方が場慣れしているから、エルは壁際でジークを守っててやってくれ、と。

 そして彼は、壁を蹴って飛びだした。


「でも、間違ってないでしょ? エルが聖女さん付き騎士なんだから。あの緩い王様のこったから、なに考えてんのかは分からんけど、他の国だったら首飛んでたっておかしくねーことしたんだぜ、お前」


 ――一人に慣れていてな。

 カーネリアの、少しだけ見せた弱気。声をかけたとき、弾かれたように振り向いた顔には、一瞬だけど寂しそうな表情が張りついていて。

 俺がいかないと、また心配をかける。

 エルは床を見つめて、ぐっと両手を握った。クロウを一瞥すると、ゆっくりと立ち上がる。

 なにができるかは、分からない。ただ、なにかしなくちゃいけない。

 いまは、そういうときだ。


「……ごめん、やっぱり行ってくる。俺なんか、なにもできないと思うけど」

「いまさら言わなくても知ってるから、とにかく早く行けっての」


 幼馴染の言葉に蹴り飛ばされるように、エルはジークの走り去ったあとを追う。


「これ、すっげー痛いし重たいから、なるべく早く帰ってきてー」


 クロウの、まず本音には聞こえないのほほんとした注文が、後ろから追いかけてきた。

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