第16話・一本道の迷路
どうせなら、解明しないほうが良かった謎が解けたあと、なにごともなかったかのようにカーネリアは探索を開始した。というより、もう彼女のことを考えるのはやめにしたのだろう。カーネリアを先頭に、エルとジーク、シオンとしんがりにクロウが続く。
「なあ、なんで壁が光ってるんだ? そういう石ってあるのか?」
ジークがエルに並んで歩きながら、ちょんちょんと壁をつつく。
「なくも、ないな。石かどうかは不明だが、私が知っている他の遺跡もこんな材質でできている」
「他の遺跡? そんなところがあんのか」
「お前も一度行っただろう。大聖堂だよ」
「え? じゃあ、毎日行ってる、あの場所?」
エルの問いにカーネリアは頷いて返すと、話題を変えた。遺跡の内部まで、事細かに話す必要はない。
「そういえばジーク。お前も隕石に触れていたな。なにか感じなかったか?」
「ん~、あんとき、世界が回ってたからな~。ひんやりしてきもちーとは思ったけど」
ふむ、とカーネリアは胸中で首をひねる。ジークもかなりすりすりと隕石にくっついていたはずだ。
「ジーク。ちょっといいか」
返事を待たずに、カーネリアは足を止めてジークの顔を触る。鼻やら耳まで触ったあと、最後にぴんと飛び出たひげを引っ張った。
「いででででで! なにすんだよー!」
「……確かに、なにごともないようだな」
「だからそう言ったじゃん! おれさまのひげ抜けたらどうすんだ!」
黒目がちの大きな瞳に涙を浮かべて、ジークはカーネリアの脇をすり抜け、とことこ走って行ってしまった。「はぐれたら危ないぞ」と言いながら、カーネリアは早足でモルモットを追う。
一人と一匹が先を行き、後ろの三人とは少しの差ができた。エルがぼーっと代り映えのしない通路を歩いていると、あいた隣にクロウが顔を出す。少々チャラく見られがちな茶髪の騎士は、狭い通路でぴしっと姿勢を整えると、こそこそと問うた。
「……エル。聖女さんってなにが好きなんだ?」
「改まって言うようなことか、それ」
「おれにとってはそうなのだ! お前、毎日聖女さんといるんだろ? 食べ物でも花でも趣味でもなんでもいい、なんか知ってるだろ」
ぐっと拳を握りしめ、くそ真面目な顔で迫るクロウ。ジークと並んでいても狭いのに、男二人が並ぶとさらに狭い。エルはクロウから少しだけ距離を取って前に出ると、ほんの僅かだけ考えた。
「……趣味……実験、かなあ。大体なんか実験してるし……」
「実験か。じゃ、材料とか取ってきたら喜ばれるかな」
「いや、取りに行ったら帰ってこれないと思う」
エルもまた、滅多に見せることのないくそ真面目な顔で言う。無駄に造形が整っており、普段が人懐っこい少し間の抜けた表情をしているため、きりっとすると謎の迫力がある。
「エル、お前、取りに行ったことあんのか?」
「あるわけ、ないじゃないですか。うん、あるわけない、あるわけない……」
虚ろな目で同じ言葉をぶつぶつ呟く幼馴染にちょっと引きつつ、別の質問を投げようとすると、後ろからシオンが勝手に補足し始めた。
「ドラゴンの鱗、シルフの涙、世界樹の実、セイレーンの歌声。最初の頃は邪険にされて、そういう伝承の残るところに行かされたりしていましたわよね」
「なんで知ってんですか……」
「もちろん、見ていたからですわ! わたくしは、ターゲットはどこまでも追いかける主義ですの!」
「……良かったな」
「なにがだよ?」
「お前の苦労を見届けてくれてる人がいて」
「そこ、喜ぶとこかな」
「喜んどけよ、女の子だし」
ぽんぽん、と肩を叩かれてもまったくピンとこない。そもそも、シオンのそれは覗き見を通り越していて、付きまといとかストーカーとか言われる類いに足を突っ込んでいる感がある。
クロウはエルよりシオンの方が情報を持っていると思ったのか、さっさと後ろにさがると今度は彼女に同じ質問を繰り返していた。ついでに、シオンの口から出たエルが過去苦汁を飲まされたガセネタまできっちりとメモを取っている。
惚れた、とかなんとか言ってたけど。
結局のところ、お気楽でいいよなあ、などとエルは思うのであり。
まあ、確かに。
カーネリアが、あんな派手な魔法を使うところは彼もほとんど見た記憶がない。彼女は息をするように魔法を使う。日常で溶け込むように、簡単にそのちからを振るう。下手すると、魔法だと分からないような鮮やかさで、物を取り出したり怪我を治したり。
だから、エルも彼女が一撃で魔物の群れを屠った強烈な魔法には度肝を抜かれた。平和な世において、魔物ぐらいにしか使うことのないだろう強力な攻撃魔法。平和だからこそ、誰も使わず、覚えようともしない。誰でも魔法を扱う回路を身体の中に持っているのに、結局は生活に便利なものを選んで覚える。コストの高い、使い勝手の悪い魔法など、覚えても無駄だからだ。成人するまでは、回路がきちんと組み上がるまでは、派手な魔法であれやこれやしてやろうと憧れていたのに、いつの間にか忘れてしまう。
彼女が披露したのは。
そんな、子供の頃憧れたような、正に魔法と呼べるようなちからだったのだ。
ある意味、あれを見て素直にカッコいい、惚れた、と言えるクロウが羨ましい。エルは、カーネリアと毎日を過ごすうちに、そんな感情もなくしてしまった。魔法とは、派手で見た目の良いものよりも、地味で気づかないぐらいのもののほうが、恐ろしいものが多いということに気付かされてしまったから。
後ろで楽しそうに、ストーカー談義をかましている二人の声を遮断するように、エルは足を速めた。
カーネリアとジークに追いつき、まだむくれているジークの頭を撫でる。ジークはこれ幸いと、エルの後ろにくっついた。
すでに、カーネリアの意識はジークから離れていた。彼女は追い付いてきたエルにちらりと視線を走らせると、口を開く。
「それにしても、妙だな」
「なにがです?」
「あまりにもなにもない。そう思わないか?」
「言われてみれば……ただだらだら歩いてますね」
エルが言った通り。クレーターの中腹にあいた穴からおりて通路を歩いてきたが、ただただ真っ直ぐな通路が続いているだけで、他にはなにも見当たらない。脇道はもちろん、曲がり角すらない。階段にも出会っていない。部屋など、もってのほかである。
カーネリアがいつも魔力を捧げに行く大聖堂の遺跡は、ほぼ階段だ。残っている部分があの長い階段と、地下の壁画だけなのかもしれないが、こんな長い通路など存在しない。壁の材質や光から見て、同じ系統の遺跡だと推測はできるが、目的は違うものなのかもしれないとカーネリアは思う。
大聖堂の遺跡は、魔力を注ぐ球体がある。あれに魔力を注ぐことで、遺跡の光源や街の結界を作動させているのだから、あの遺跡は古代文明の中でも重要な位置にあるのだろう。だからこそ、あんな深い位置に隠してあるに違いない、というのがカーネリアの見立てだ。
ならば、この遺跡はどうだろう。
ただ、長い通路が続くだけのもの。見事に真っすぐで、ちょっとした勾配すらない。一度足を止めたら、どちらからきたのか分からなくなってしまうほど長く、一切代り映えのしない通路。
「これは、なんだろうな」
ぽつりと、言葉に出してしまっていた。耳聡く聞きつけたエルが、首を傾げる。
「なにって、遺跡なんですよね」
「一体、なんのための遺跡なのかってことさ。なんの目的もなく、建物など建てないだろう。古代の人間とて、無意味にこんな通路を作るはずがない」
カーネリアは無造作にぱちん、と指を鳴らした。手のひらに収まる程度の大きさの、光の球がふわりと浮かぶ。その光は、淡く発光する壁より強く、薄暗さに慣れていたエルにとって眩しく感じられるほどだった。
「カーネリアさん?」
なにも言わず、カーネリアはすっと前を指さした。それに従い、光球は前に進み、あっという間に先の闇に飲み込まれて見えなくなる。
「……うわー。先も長そうですねえ」
額に手を当てて、エルがげっそりとぼやいた。するとジークが突然びくん、と跳ねあがり、くるりと後ろを向いた。
「あれ、いまの光の球じゃね?」
元々モルモットは夜行性である。人と暮らしているジークは人間の時間に合わせて生活しているが、それでもジークの大きな瞳は人間よりも夜目が利くらしい。加えて、人と違って顔の横についている構造から、後ろから迫る光が遠くからでも眩しく差し込んだのだ。
「なんですの?」
シオンとクロウも振り返り、迫りくる光球を認めた。純粋な光の塊で熱を持っているわけではないが、なんとなく二人とも球を避ける。慌てたのか、シオンがバランスを崩して壁にもたれかかった。
「なるほど。
呟いて、もう一度パチン、と指を鳴らした。戻ってきた光球は、音に合わせて弾けるように光って消えた。
光球が消えた通路は、いままでより薄暗く見えた。皆立ち止まり、呆然と辺りを見回している。最初に異変に気付いたのは、ジークだった。
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