第三章・遺跡の謎

第15話・危険な女

 条件を聞いたシオンは、ぽかんと口を開けた。やがて、小さな笑い声がもれる。


「あ、は、条件って、そんなこと? わたくしは、あなたが次の聖女だと国王に宣言されたとき、あの場所にいましたのよ? 知っていて当然ですわ」

「孤児院の連中も、全員覚えているわけではないが……だが、お前はいなかったと断言できる。記憶違いではない」


 はっきりと断言するカーネリアに、シオンも眼鏡をきらりと輝かせてはっきりと断言する。


「ええ、そうでしょうとも。記憶違いなんかじゃございませんわ。わたくしは、あの中にはいなかったんですもの」

「……すまんな。話が見えないんだが」


 さっそくかみ合わない会話に、カーネリアは額を押さえた。隕石の情報や、位置を割り出したりした手腕は本物だ。この女は、頭が悪いわけでは決してないはずなのだが、時々意味の分からないことを言う。なにを考えているのか分からない行動をとる。


「わたくしは、孤児院の外におりましたの。外から見ておりましたのよ」

「つまり、覗いてたってことか」

「まあ、人聞きの悪い。わたくしだってその頃はまだ子供。好奇心から、ちょっと見てしまっただけですわ。そうしたら、あなたが次の聖女だなんて王様がおっしゃるものだから、気になってしまって」

「立派な覗きだろう。つまり――」


 頭を抱え、目を瞑ってカーネリアは憶測を語りだす。


「お前は、それからずっと私を見ていた。この私が気付かぬぐらいだから、覗きに関して天賦の才があるのだろう。だからお前は私のことを知っているが、私はお前を知らない。お前が一方的に知り合いのような口調で話すから、混乱するんだ。まったく、なんて思い込みの強い女だ」

「思い込みですって? そんなことありませんわよ。わたくしは、あなたと何度も目が合いましたもの」

「目が合った? それだけか? 言葉を交わしたことは?」

「ありませんけど。だっていつも、声をかけられるような場所にいなかったじゃない、あなた」

「……はあ? お前がなにを言っているのか、本当に分からん」


 ハスキーな声がだんだんと険をおびてきた。閉じていた瞳は半眼でシオンを睨み、足はとんとんと地面を叩いている。一方、シオンのほうはどこ吹く風で、まるで哀れむような声音で言った。一言一言、噛んで含めるように、ゆっくりはっきりと。


「わたくしは、天体観測が趣味だと、言いましたわよね? わたくしだってヒマじゃありませんの。家から出られないときは、星を見るためのレンズを使ってあなたを見ていましたのよ? 会話なんてできるわけがありませんわ」

「それでどうして、知り合い面ができるんだ……」


 一瞬、声を荒げかかったが、すぐにトーンを落として天を仰いだ。怒鳴るのすらめんどくさい。はあっ、と大きく深いためいきをついて、カーネリアはシオンから目を逸らす。


「まあ、お前のことはこれで分かった。覚えていないのが正常だということもな」

「カーネリア、あなたはいつもそう。話もせずに一人で好き勝手に思い込んで、挙句、聖女の座もかすめ取った。癒しの奇跡を使えるのはあなただけじゃない。わたくしだって使えるのです。というか、あなたが癒しの奇跡を使うところをわたくしは見たことがありませんわ。それが見たくてわたくしは、ずっとあなたを見ていましたのよ?」

「この平和な時代に、あんなものいつ使うというんだ。それと、聖女については王と話をしろと前も言ったはずだ。王がお前でいいと認めたら、私はすぐにでも聖女の名なんかくれてやる」


 いい加減にこの話題を終わらせたかったのか、カーネリアは珍しく叩きつけるような強い口調で言い放った。聞きだしたのは自分だが、どうでもいい真実に呆れ返ったのだ。


「言いましたわね? わたくし、本当に癒しの奇跡を使えるんですのよ? あと、話したのだから、連れて行ってもらいますわよ。覚えていないのは、そちらの落ち度ではなくて?」

「私に二言はない。勝手にしろ」

「カーネリア、なんか、怖いぞ……」


 おろおろと見守っていたジークが呟く。転がった先で座っていたジークを見やり、カーネリアは通路の先を見渡した。反対側は隕石が衝突した影響か、通路が陥没した挙句、瓦礫で埋まっている。したがって、進む方向は考えずとも決まった。

 なにも言わず、カーネリアが歩き出そうとする。嫌な予感がひしひしとしているエルは、必死で「はい!」と手をあげた。自然、全員の注目が集まる。


「ちょ、ちょっと待って? じゃあ、もしかして、俺のことも?」


 呆れて言葉を失ったカーネリアに代わり、エルが口を挟む。シオンは彼の顔を桃色の瞳で見つめ、まさかエルドレッドさままで? と小刻みに震える。


「あー、うん。覚えてないっていうか、知らないっていうか……」

「そんな! わたくしは、わたくしはッ! エルドレッドさまがカーネリアの騎士になった日から、ずっとお慕い申し上げていましたのにッ! ずっとずっと、エルドレッドさまの一日を陰ながら記録してまいりましたのにッ!!」

「……うん、ごめん。それは知らないと思う」

「わたくしが聖女になっていたら、エルドレッドさまを邪険にするようなことは絶対にありませんでしたわ! カーネリアのような扱いなど、絶対にするわけがありませんの!」

「そもそも、お前が聖女になっていたら、エルがお付きの騎士になることもなかったと思うぞ」

「まあ、間違えることはないだろうねえ」


 ぼそぼそとカーネリアといつの間にやら復活していたクロウが突っ込みを入れる中、エルは恐る恐る次の質問をする。


「君が俺のことを知ってるのは、分かったけど。でも、なんで俺?」

「顔が良い専属騎士さまなんて女子の憧れですわ」

「そこかよッ!」

「……というか、そこしかあるまい」

「残念だが、おれもそう思うね」

「おれさまも」


 全員が全員、そこだけきれいにハモった。エルが完全に撃沈し、シオンが首を傾げる。


「わたくし、なにか間違ったこと言いましたかしら……」

「いや、最後のはど正論だと思うぜ。エルは無駄に顔がいい。分かる」

「あれでへっぽこだからなー。バランス悪いよなー。でも、おれさまみたいに強くてキュートなやつなんてそういねーよな」

「え、強いの、お前」

「なんだとう!? やるか~、クロウやる気か~」


 楽しそうにやり取りしてる中、なんとか復活したエルが遠い目で二人と一匹を見やる。


「……顔だけ、か……」


 そういや、昔からそう言われ続けてるな、と乾いた笑いをこぼしたエルに、カーネリアが「そうか?」と問いかける。


「……え? でもさっき、カーネリアさんも同意してましたよね」


 ちょっと期待しかけて思い出し、エルはじとりとカーネリアを見た。


「そうだな。顔だけというのも否定する気はないが。だがまあ、お前といると、退屈することはない。それこそ、無駄に、だ」


 出会いからしてアレだったからな、とカーネリアは意地悪く笑う。またも肩を落としかけたエルに「だがな」とカーネリアは続けた。


「お前は私を怖がらないな。魔女と間違えた割に、そこはとても不思議だ」

「怖がるもなにも、すぐにカーネリアさん付きにされちゃったでしょう。断ったら騎士クビでしょうし、怖がるヒマもありませんでしたね」

「そういうところだな」

「なにが?」

「……いや、分からないのなら、やめておくよ」


 喉元まで出かかった言葉を飲み込み、カーネリアは踵を返す。わざわざこんな場所で言う話でもない。帰って、コーヒーでも飲みながらしても良い話だ。

 むしろ。

 そうでもしないと、さらっと話せないことかもしれない。

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