第14話・新たな遺跡

 一時間ほど隕石とクレーターについて慎重に調査をしたあと。

 調査要員が一人と、護衛の騎士が二人、報告も兼ねて王都に戻ることとなった。隕石落下は本当であったこと、隕石がいったいなにでできているのか分からないこと、これだけでもじゅうぶんに大規模な調査隊を送ってもらうのには事足りる。

 石がなにでできているか分からない以上、あまり近くにいては知らぬうちに影響が出たりするかもしれない。一度上にのぼり、そこで増援を待つことに決まった。


「分かってたけど、これ、今度はのぼるんだよな……」


 げっそりとした声を出し、クレーターの上を見やる。とはいえ、エルは下で調査などしていたわけではないから、それほどの疲れは残っていない。気合いを入れるために息をつくと、斜面に足をかけた。すると、ふくらはぎをちょんちょんとジークにつつかれる。


「おれさま、滑ってのぼれない。エル、おんぶ」


 もふもふを見せつけるような角度に、邪気のないつぶらな瞳をぱちぱちとまばたきさせてアピールしている。しかし、どれだけふかふか可愛いアピールをしようとも、彼は大きい。だからこそ抱きつき甲斐はあるのだけれど、巨大モルモットを背負って上まで行くのは遠慮したかった。


「カーネリアさんに魔法で連れてってもらったほうが、安全じゃない?」


 とりあえず、やんわりと断ってみる。するとジークは大きな顔をぶるぶると振って、もう断られた、と口にした。


「カーネリア、のぼるときは歩くって。飛ぶのは魔力消費が激しいとかって言ってたぞ」


 それに、彼女は毎日長い階段を上り下りしている。彼らの知らないところで、足腰は鍛えに鍛え上げられているのだ。


「おれさま、置いてかれるのか? おれさま元々売れ残りだったし、やっぱりいらない子なのか?」


 きゅるんきゅるんの瞳で、つらい過去など持ち出されてはさすがに断るのは心が痛む。エルは無言でしゃがむと、後ろ向きに手のひらを向けた。ジークはにまっと小さな口を持ち上げると、ぴょこんとエルの背中に飛び乗る。


「え……ちょっと待って。やっぱ無理。これ、抱っこじゃダメ?」

「おれさま前だと、前にこけるだろ?」

「うっわ、いらない正論……」


 ぼやきながらも、エルは土を踏みしめてのぼりはじめた。場所によって柔らかいところと固いところが混在しているため、慎重に足場を確かめながら上へと進む。気を抜くとバランスを崩して、ジークを背負っている後ろ側に重心がとられそうになり、何度も後ろから悲鳴が聞こえた。


「ジーク、連れてってやるから暴れないで」

「エル、頼りなさすぎ、ふらふらしすぎ、わきゃッ!」

「だから暴れるなって!」


 短い手足を精一杯伸ばしてエルの肩と手を掴むジークが、バランスを崩してばたばたと騒ぐ。そんなジークをなだめながら、エルは一歩一歩踏ん張りながら少しずつでものぼり、中腹に差し掛かった頃。

 次の瞬間。

 踏みしめたのは、土ではなかった。踏んだと思った地面はすぽっと軽い音がして、それに違和を感じたときにはすでに足もとに地面はなく。


「……え?」


 間抜けな声を残して、悲鳴すらあげられぬまま暗闇の中に落ちていく。彼の代わりに、背負ったジークが「わきゃーッ!!」と甲高い悲鳴をあげた。背中から勝手に脱出し、彼の肩や頭を踏み台にすると、エルが踏み抜いた穴のふちに一生懸命ぶら下がる。


「カーネリア! おれさま、落ちる~!」

「いてッ!」


 ジークの叫びと、下から響いたエルの声は同時。思ったよりも高さはなかったらしい。ジークを背負った体勢から落ちたため受け身を取る余裕がなかったエルは、それでも少しはモルモットを守ろうと咄嗟に身体を捻ったため、したたかに右肩を打った。肩を押さえて座り直すと、前足が限界になったモルモットが顔面に振ってきた。ジークはぼよんと弾み、ころころと転がって壁にぶつかる。


「……なにやってるんだ」


 呆れ半分興味半分。そんな色を持ったカーネリアの声が穴の中に響き、エルは顔を押さえていた手をどけて上を見る。どうやら、二階分の高さぐらいのようだ。


「あはは、穴に落ちちゃって……。そんなに深くないから……って、ん?」

「どうした?」


 エルは立ち上がって、辺りを見回した。


「これ、穴じゃないですね。なんか、通路みたいです」

「なんだと?」


 それを聞き、カーネリアは穴のへりから身体を乗り出した。確かに通路になっていることを確認すると、彼女はふわりと飛びおりてくる。


「これは……遺跡、か?」


 とっと静かに着地しながら、呟く。通路を取り囲む壁は、毎日通っている古代文明の遺跡と同じ材質のようだ。石とも金属ともつかぬ、白く発光するもの。薄ぼんやりと発光しているということは、どこかから魔力の供給がなされているのだろうか。

 カーネリアはおもむろに、指先に小さな魔法の火をともした。ろうそくのように揺らめいて、火は燃える。


「……消えない」

「なにやってるんですか、カーネリアさん」


 後ろから声をかけてきた、騎士の青年を見上げる。ついでにのそりと起き上がったジークも見やって、彼女は指先の火を消した。


「ちょっとした確認だよ」


 行き慣れている遺跡では、魔法を使うと魔力があの球体に吸われ、魔法を維持することができない。それが、彼女が階段を使っている理由である。しかしここではどうやら魔法は使えるようだ。ならば、死んだ遺跡なのか、とも自問したが、壁は淡い白に発光している。この発光は、魔力を供給すると光が強くなる。壁を伝い、上空へ拡散された魔力の行きつく先は――。


「結界は、なかったな」


 王都の場合は、都を包む結界だ。都を――実際は遺跡を守るために造られた仕組みなのだろうが――守るために作用している。


「…………」


 振り返り、後ろで首を傾げている一人と一匹を見やる。生きている遺跡ならば、エルとジークはここに落ちることもなかったろう。もしかしたら、自分もはいれなかったかもしれない。聖女と呼ばれる、ちからを持つものだけがはいれる遺跡なのかと問われると、すべての遺跡がそうだとは言い切れないからだ。

 四角く切り出された白く光る壁にそっと触れ、独り言ちる。


「……死んではいない。ならば、眠って、いるのか?」


 壁画にあったような隕石を調べに来たら、壁画のある遺跡と同じような遺跡が見つかった。

 これは――偶然か?

 触れられない隕石より、俄然こちらのほうに興味が沸いてくる。元々、壁画と隕石について関連がないかどうか調べるという極秘任務もうけているのだ。遺跡をちょっと見てまわるぐらい、しても構わないだろう。


「カーネリアが、なんか悪い顔してるぞ」

「いいか、ジーク。彼女があーゆー顔してるときは大体、よくないこと考えてるし、基本巻き込まれる」

「エル。最後のは、お前が抵抗すればいいだけなんじゃね?」

「できると思ってる?」

「全然」


 ジークにすら抵抗できないのだ。カーネリアに物申すことなど、できるわけがない。そう断言できてしまう自分に、悲しいなあ、などと思いながら心の中でのみ涙を流してみたり。


「どうかしたか?」


 数人減ったことに、気が付いたのだろう。クロウが穴の側までやってくる。


「エルとジークが遺跡らしいものを見つけた。私たちは、このままこちらの調査も行うということも、王に報告してくれ」

「……やっぱり巻かれてる……」

「しかし……それこそ報告したうえで、増援を待ったほうが良いのではないか? 正直、聖女さんになにかあると困るんだが」

「私は、この手の遺跡には慣れているものでね。なに、多少確認するだけだ」 


 ひらひらと手を振って、さっさと先へ進もうとするカーネリアに、クロウは声をかけた。


「……分かった。おれも行こう」


 お前たちはこのまま増援を待て、と残りの調査隊に言い残し、カーネリアに文句を言わせる時間も置かずにさっと飛びおりる。きれいに着地を決めたはずが、上からぱらぱらと小石が落ちてくるのを見て顔を上げ、慌てて両腕を前に出した。オレンジのお下げが、穴のへりに引っかかってもがいている。が、それも一瞬。不安定な体勢に結構な勢いで落ちてきた体重が乗っかり、クロウはバランスを崩して尻もちをつく。一拍遅れて、シオンの全体重がクロウの胃の上にかかり、彼はばたりと後ろ向きに倒れた。


 騎士として、いや、男としては、自分を犠牲にしても女性を抱きとめようとするほうが正しい行動なのかもしれない。

 でもジークですら結構重かったし、俺は条件反射で避けちゃうな、などと騎士の風上にもおけないことを考えながら、エルは安らかな顔で意識を飛ばしているクロウを仏のような純粋な瞳で見つめる。


「あの隕石を見つけなかったら、ここだって見つかりませんでしたのよ! わたくしも、ついていく権利はあります」


 自分がクッションにしたクロウには目もくれず、立ち上がってすぐにカーネリアに食ってかかるシオン。カーネリアは「やれやれ」と面倒そうにぼやき、心底だるそうな視線を向ける。


「ついてきても構わんが、一つ条件がある」

「条件?」

「お前は? いくら考えても、一向に思い出せない」

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