第13話・ドップラー毛玉

 エルを混乱の境地に陥れそうになったまさかの告白は、クロウが自分で告げるから勝手に言うなよ、と圧倒的圧力をもって黙らせた。ついでに、混乱のあまり現実から乖離しそうになったエルを、実力で引き戻す。結界から出る前に、色んな意味でぼろぼろになっているエルを、ジークが不審な瞳で見つめていた。


 死せる猟犬デスハウンドの出現もあり、草原を歩く際は簡易的な目くらましを使って進むということになった。魔物に見つかりにくくなるというものだが、街を行き来する商人などには使い勝手がいいため、使い手の多い魔法である。王や重鎮の護衛にはいる騎士の中でも使えるものは多いため、交代で使って魔力を温存しながら隕石を探していく。

 魔法の効果もあってか、そこへたどり着くまでに魔物に見つかることはなかった。草原の中、不自然に大きく陥没している。

 遠目からでもはっきり分かるほど、それは巨大だった。貴族の屋敷がすっぽりはいってしまうぐらいの大きさは、じゅうぶんにある。

 結界の外に出てから距離を測っていたシオンが、自分のまとめたスケッチと見比べて確信を持って頷く。


「間違いない。あれですわ」


 だが、近づけば近づくほど、そのクレーターの異質さが明らかになっていく。衝突の際に地面から噴射した土や岩などでできる、壁が一切確認されない。その穴は、クレーターというよりも陥没したかのようでもあった。しかし、それにしては中央に向かってすり鉢状になっており、また、陥没したのなら中にあるであろう大地の欠片が何も見つからないのだ。

 穴のヘリまで来ても、異質であるという事実がどんどん突き付けられるだけである。そもそも、シオンが見たという黒い隕石自体おかしなものではあったのだが、ここにきてその異様さがようやっと彼女以外にも伝わったのだ。

 エルがおっかなびっくり首を伸ばして、穴の底を見つめる。


「……あれが、隕石?」


 クレーター状に凹んだ大地は、上からが凄まじい勢いで衝突したのだろうことを示している。その中央に、真っ黒な石のようなものが地面に突き刺さるように鎮座していた。クレーターの中腹部分は、地盤が緩いのか崩れた箇所が多い。不思議なことに、クレーターの中にも外にも衝突の際に飛び散ったであろう石や土の類いがまったく見当たらなかった。壁として積み上がってもいないのだ。ここにあったはずの土や石は、いったいどこへ消えたのだろう。

 皆が不思議な顔をして無言で見つめ合う中、空気を読まない声が一つ。


「特に妙な魔力も気配も感じないな。近くで調べても大丈夫だろう」


 言いながら、すでにふわりと風の魔法をまとわせて下まで降りていく。空を飛ぶわけでなくとも、空中で魔法を制御するのはとても難しい。落下に伴う衝撃を和らげたりなど、咄嗟の判断で一瞬だけ放出するだけでも冷静な判断力や応用力、気転の利かせ方など、その難しさを説明する言葉はごまんとある。

 よって、そんな難度の高い魔法を維持することができるものなど自然と限られる。今回の調査隊は、調査に向く知識を持ったものと、彼らを護衛できるだけの実力を持った少数精鋭で構成されており、魔法に関しては人並だ。カーネリアが同行するというのも、多分に含まれているのであろう。


 カーネリアがさっさとクレーターの中心に降り立った頃、追いかけてクレーターを下り始めたその他の面々はまだ中腹辺りであった。滑らないようそれぞれが気をつけ、手を貸し合いながら下りてくる中を、けたたましい叫び声をあげて転がってくる物体がある。短い足でなんとか降りていたものの、どんどんとスピードが付いてしまいとうとう足を絡ませてしまった、ジークだ。


「うきゃあああああッ! おれさま目が回るぅぅうう~!!」


 土ぼこりをあげ、物凄いスピードで斜面をぐるぐると縦回転しながら落ちてくる。さすがに止めようとする猛者はおらず、騎士たちは見事にさっと左右に分かれて比喩ではなく毛玉になっているジークを見送った。例にもれずしっかり避けたエルも、ぎゅうううぅぅぅぅー……んとドップラー効果を残して落ちていった毛玉を見やり、心の中でのみ詫びる。

 ごめんな、ジーク。俺みたいなへっぽこが止めようとしたところで、巻き込まれて一緒に転がり落ちるのが関の山なんだよ……というか、その未来しか見えなかったんだ……。

 遠ざかっていく悲鳴を聞きながら、ふっと哀愁を醸し出す。皆が皆、尊い犠牲を見送ったかのような顔で動けずにいるなか、中心部でどしん、と大きな音がした。ちゃっかり避けていたシオンがそっと、涙を拭う動作を見せる。


「……おれさま世界がまわるぅぅうう~。カーネリアがいっぱいいるぞおおぉぉお~」


 えへ、えへへへへ、と不気味な笑いが止まらない。聖女が展開した防御の魔法陣に寄り掛かるようにして、後ろ足を投げ出して座り込むジークを見おろし、カーネリアはため息をつく。


「お前、いまさらキノコの効果が出てきたんじゃあるまいな」

「えへ、えへえ~、キノコ、キノコもいっぱい~」

「……少し休め」


 絵に描いたような見事さで、目がぐるぐると回っているジークに声をかけると、寄り掛かっていた防御の魔法陣を解いた。ジークはきゅうぅう~とこれまた的確に、目が回っています! と言わんばかりの声をあげて地面に伸びた。

 カーネリアはふう、と呆れた瞳で一瞥すると、目的である黒い隕石へと視線を移す。伸びたモルモットの後ろに存在するそれには、傷ひとつついていない。


「まったく。これにぶつかったらどうするつもりだ」


 どうやら、彼女が心配していたのはジークではなく、隕石のほうだったらしい。毛玉を助けるために魔法陣を展開したのではなく、まだ観察すらよくしていない隕石にぶつからぬよう、落ちてきたもふもふを止めただけのようだ。

 黒い隕石は、思っていたよりは小型だった。多少地面にめり込んでいるが、それでも上下左右三メートルはないだろう。確かに光を弾くような材質ではなく、光を吸収でもしているかのようなマットな黒さだった。黒すぎて、隕石の表面に影も落ちないため、全体的に丸いフォルムなのは分かるが表面がでこぼこしているのかとか、そういう細かなところは見るだけでは分からない。地面にめり込んでいるのに、土や小石の類いはまったくくっついていなかった。また、間近で見てもやはり、特になんの魔力も感じられない。


 一通り目で確認し、ふむ、とカーネリアは顎に手をやると、もう片方の手を隕石の表面に伸ばす。かざした手のひらの先に小さな魔法陣が展開し、やんわりと光を放射したが、やはりその光も表面で消えてしまう。


「……これは、おもしろい」


 赤い唇が、自然に弧をえがく。紫の瞳が、いきいきと輝きを増す。


「……カーネリアさん! 置いていかないでくださいよ~」


 この二年間、毎日聞いている声が近くで文句を言った。隕石を観察し出してから、他のものが目にはいっていなかったカーネリアは、その声でやっと調査隊全員がクレーターの底にたどり着いていることを知る。


「別に置いていったつもりはない。私が早すぎただけだろう」

「カーネリアさんは飛べるんですから。ズルですよ、ズル」


 返しながら、エルは「ほへー」と感嘆の声をあげて黒い石を見上げた。


「ほんとに真っ黒ですね、この石」

「あ、バカ!」


 まるで当たり前のように、隕石を触ろうとしたエルの手をぴしゃりと叩き落とす。


「これがなにでできているかも分からないのに、素手で触るやつがあるか」

「ちょっとカーネリア! これを発見したのはわたくしよ! 抜け駆けしないでくださる!?」


 ぺしぺしと隕石を叩きながら、シオンがやってくる。エルは「あ」と声をあげ、カーネリアはお手上げだというふうに頭を抱えた。


「あーもう、好きにしてくれ。調査隊から文句を言われても、私は関係ないからな」


 調査隊メンバーはさすがに、得体の知れない石をすぐに素手で触るなどという暴挙には出ず、まずは大きさを測ったり魔力の有無を調べたり、触らずにできる調査を開始していた。彼らを眺め、カーネリアは憮然と腕を組む。


「なんですの? 触ったところで、ただの石ころですわよ?」


 ちょっとひんやりしてますけど、とシオンは簡単に言う。少し首を伸ばすと、まだぼけーっとしたままのジークが「ひんやり気持ちいい~」などとのたまいながら、大きな顔をくっつけているのが見えた。途端に、カーネリアも気が抜けてどうでもいい気分になる。


「まあ……壊れることはないか」


 空から降ってきても、燃えることもなく、地面に落ちた衝突で傷ついた形跡すらない石だ。多少触った程度でどうにかなることもあるまい、と彼女は自身に言い聞かせる。

 だが。

 カーネリアは、どうしてもそれに触れてみる気が起きなかった。光すら通さぬ漆黒が、好きになれない。構造に興味はあれど、触りたいという気持ちは湧き上がってこない。


「……きゃッ」


 シオンが小さな悲鳴をあげて、石から離れた。先ほどから遠慮なく石を叩いていた手のひらを見つめ、首を傾げている。


「どうした?」

「な、なんでもありませんわ」

「どうかした?」

「エルドレッドさま! わたくしを心配してくださるんですの?」

「え、あの、いやあ……」


 あまりの変わり身の早さについていけないエルと、呆れた顔で見つめるカーネリア。二人の視線を感じながら、碧眼のほうだけを真っ直ぐに受け止めて、シオンは潤んだ瞳で彼を見上げる。


「いま、その石が……手のひらに吸い付いたような、変な感覚があったような気がして……」


 そのまま、ふらりとエルに寄り掛かる。「えーと」などと意味のない言葉をとりあえず口にしたエルは、じとっと彼を見やるカーネリアの紫の瞳とかち合ってびくんと肩を跳ねさせた。


「吸い付いたような感覚、か。なんにせよ、もう簡単に触るのはやめたほうが無難だろうな。エル、彼女は疲れているようだから、介抱してやるといい」


 言うと、まだ顔を擦り付けているジークを引きはがしに行ってしまう。エルはすぐにあとを追いたかったが、シオンがそれを許すはずもなく。仕方なく、その場に座り込んだ。

 ……しかしこのひと、なんなんだろう。

 カーネリアがシオンに覚えがないのと同じく。

 エルもまた、シオンにのであった。

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