第11話・罪深い所業

 ただちに隕石調査隊が組まれ、次の日から現地へ赴く運びとなった。

 しかし、いまの段階では本当に隕石が落ちてきたのかどうかもはっきりしないため、仰々しく見えないよう少人数での構成である。その中に、当たり前のようにカーネリアとお付きのエルも組み込まれているのに、表立って疑問を口にするものがいないのは言うまでもない。隕石についてカーネリアが興味を持っているのは確かだが、あの壁画との関連を調べる、という極秘任務を彼女がうけているのを知っているものはもちろんいない。


 先導しているのは、隕石を見ていたシオン・アンリエッタだ。お下げと眼鏡はそのままだが、服装は昨日とは違い、動きやすそうなワンピースと膝まであるブーツをはいている。意外と道なき道を歩くのは慣れているようだ。彼女の描いたスケッチを元に、騎士たちは森の中を進む。歩きにくい森を選択したのはカーネリアだが、森を行くほうが、足場が悪くとも都に張っている結界をギリギリまで利用できて安全だという至極もっともな意見である。

 真っ当な意見を口にしたにも関わらず、纏っているのはいつも通りの露出の高い衣装で、森の中ではとてもアンバランスである。が、見慣れぬキノコや蛹を見つけるたび興奮するその様は、一瞬、薬の原料でも探しに森に踏み入った魔女っぽく見えてしまい、ある意味とんでもなく似合う場所、にもなっているのだから不思議である。


「なんで、俺がいま森の中を歩いているんでしょう」


 そんなカーネリアの背中に、思わず心の声をもらす。とはいえ、楽しそうに散策する彼女の耳にはまったく届いておらず、答えたのは別の声だった。


「そりゃー、カーネリア付きの騎士だからじゃねーの?」

「うん。そーなんだよ。ってかジーク、なんでお前までついてきてるの?」

「おれさまだから」


 身体の割に短い足をせこせこと動かして、決め台詞をはくもふもふにエルは深いため息をついた。


「ってゆーかよ、カーネリア付きのお前が頼りなさすぎて、これはおれさまが頑張るしかねーだろ」


 ま、おれさまが真の聖女付き騎士ってところかな、と大きなモルモットはしんがりで得意げに鼻を鳴らす。どう見ても勝手についてきたのであろうが、ずっと一番後ろにいるため誰も気づいていないようだ。カーネリアは分かっているかもしれないが。

 結界内では魔物が出てくることはない。だからか、多少足場は悪くとも、調査隊に選ばれた騎士たちもリラックスした表情で、和気あいあいとしながら進んでいく。

 森の中を進んだおかげで、少し予定の時刻より遅れてはいるが、それ以上のハプニングもなく結界の端までたどり着いた。足を止めたシオンに向かい、カーネリアは歩き慣れた様子で近寄っていく。


「さて、目的地の方向から考えると、ここが結界ギリギリだな。結界を抜けるとすぐに草原だ。歩きやすくはなるが、魔物からも発見されやすい。どうする?」


 先頭のシオンに並び、カーネリアは問いかける。


「どうするもなにも。ここまできて引き返すわけには行きませんわ。わたくしだって自分の身ぐらいは守れます。エルドレッドさまの足を引っ張るようなことにはなりませんことよ。ああ、他の皆様にも」

「エルが一番足を引っ張ると思うが」

「おれさまもそー思う」


 一人と一匹が同時に発した言葉に、うんうんと頷きと沈黙をもってシオン以外が同意する。しかしシオンには、そんな状況は見えていなかった。いまの彼女の瞳に映るのは、少し毛が長めの茶色いもふもふ――ジークだけである。


「ななな、なんですのッ、それはッ!」


 わななきながらぶんぶんと巨大モルモットを指差す。よく通る大声のせいで、森から一斉に鳥がばたばたと飛び去ったが、そんなことは気にも留めない。勝手にしんがりをついてきたジークに気付かなかった騎士も多く、彼女と同じようにぎょっとして喋るもふもふを見つめている。


「おれさまか? おれさまは、もふもふ騎士団のカーネリア付き騎士さまだぜ。ジークって呼んでな」

「カッ、カーネリアッ! あなた、なんッて罪深いことをッ!!」


 震えながら叫び声をあげて、シオンはジークにダイブした。抱き着くなんて勢いを軽く超えている。揺れるお下げと、ひるがえるワンピース。ジークが「わッ!」と短い悲鳴をあげて、シオンと共に倒れ込んだ。


「このもふもふな手触り、抱きしめるのに程よい大きさ、ちょっと上からなところがまた可愛い……。罪だわ、この可愛さは、罪だわッ!」

「おお。ねーちゃん、おれさまの良さがちゃんと分かってるな。でもちょっと苦しい」


 器用に前足でシオンの背中を叩くも、彼女はすっかりもふもふにやられてしまっていて、放す気配はない。さすさすと気持ちの良い毛並みを撫でているのを見て、呆気に取られていた騎士たちも少しだけ羨ましそうな顔つきになっていた。


「……あれ、案外狂暴ですよ」


 隣で見つめる騎士に、ぼそりと呟く。なんとなく、哀れんでいるような視線を向けられた気がしたが、気のせいということにする。


「ここ、これ、モルモット? モルモットですわよね? カーネリア、あなたとうとう生物改造なんて酷いことに手を出すなんて! 聖女の風上にもおけませんわ……!」


 シオンが口にした言葉は、もし本当なら許されるようなことではない。しかしそれはまったくの事実無根であるし、とろけた笑顔を浮かべた人物が指摘したところで、迫力の欠片もない。

 カーネリアは腰に手をあてると、やれやれと天を仰いだ。


「なにを勘違いしているのは知らんが、そいつについては私はなにもしていない。研究用の売れ残りを引き取って、飼っていただけだ。勝手に繝、繝舌>繧ュ繝弱さを食べてしまってな。そうしたらそうなったんだ。私だって驚いたよ」

「繝、繝舌>繧ュ繝弱さッ!? あなた、そんなキノコまで採取していたんですのッ!?」

「……しれっと発音してるし」


 聖女候補だったとか言ってたような気がしたけど、聖女ってみんなこんななの? とどことなくその響きに夢を見ていたかったエルは、現実を突きつけられてふらりと遠く――森の外を見やる。


「……ん?」

「キノコ、こりこりして美味かったぞ。美味かったうえに、でっかくなったし人間の言葉分かるようになったし、おれさま最強になっちゃったけどな」


 キノコに反応して思わず身体を起こしたシオンから逃げ出して、カーネリアの横に陣取るとえっへんと得意げに胸を張る。でかくなって喋るだけではなく、行動まで人間臭さが増してるよな、などと胸中で突っ込みをいれながら、エルは目を凝らした。さきほど現実から目を逸らしたとき、それこそリアルで目を逸らしたくなるようなものが目にはいった気がしたのだ。


 多分。

 間違いない。

 ……多分。


「……あのー……」


 盛り上がっているところ、話の腰を折りたくはない。もしも見間違いだったらと思うと、そのあとの空気が耐えられないだろうと簡単に想像がついてしまうため、意を決した割に出た声は蚊が鳴いたほどの声量だった。ジークの登場に、騎士たちまで和んだ空気を出しているものだから、本当に自分などが雰囲気をぶち壊したくない。

 ぶち壊したくはないが。

 視線に、あちらが勝手にはいってきてしまったので。

 自分に言い訳をしながら、「あの」ともう一度声を出してそろりと手をあげる。


「どした、エル」


 なぜか、反応したのはジークだった。それでも、気付いてもらえたのだ。彼は曖昧な笑みを浮かべながら、進行方向の草原を指差す。


「あっちになんか、いるみたいに見えるんですけど」


 それもなんか、たくさん。

 情けなく笑いながら、エルはそう付け加えた。

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