第9話・黒い隕石(1)

「ふむ。カーネリアも気づかなかったか」

「残念ながら」

「だからな、クリストフ。これは由々しき事態だと言っておるだろう?」

「はあ……」


 気乗りのしない返事をした騎士団長クリストフは、応接間に集まっている面々をゆっくりと見回した。国王、カーネリア、そしてエル。たった四人だけだ。国王も交えて応接間にいるのは、これが秘密裏に行われている会合であり、謁見の間など使うのは理に介さないからである。それもこれも、表に出たがらないカーネリアの、聖女を引き受ける条件、とやらにはいっているからで、ほいほいとそんな条件をのむ国王もなにを考えているのか分からない。のらりくらりとしていながら、時々すべてを見通したように民を導く自国の王の手腕に疑いはないが、このうさんくさい女――カーネリアについては、信頼を寄せているわけではない。


「しかし、隕石だと? そんなものが落ちて、この私すら気付かないなどそんなバカげたことがあるとはにわかには信じがたいが」


 腕を組んで窓から晴れた空を見やる。彼女の瞳に映る街を覆う結界は、なんら変わりなく存在している。結界は魔物だけではなく、野火やそれこそ隕石の落下などといった天災まで、いきものの命に関わる災厄から守る役目を果たしている。近くに隕石が落ちたのならば、当たらなかったとしてもなんらかの痕跡ぐらいは残っていてもおかしくはない。少なくとも、現在結界の魔力を補っているカーネリアには、違和感程度あってもおかしくはないはずなのだ。


「まあいい。実際にこの目で見れば分かることだ。それで、隕石はどこに落ちた?」

「君の住む塔の裏手に森があるだろう? あの森から五キロぐらいのところらしい」

「はあ!? 本当に目と鼻の先じゃないか!」


 珍しくカーネリアが声を荒げて抗議をする。王は慣れたもので「そうだな」と一言返しただけだった。


「そんな場所に落ちたと言ったやつは誰だ? いや、そもそもこの私が気付かない隕石など見たものがいるのか? いるのならさっさと名乗りでるがいい」

「……って言うと思ったから、呼んでる」


 はいってきていいよ、と友人にでも言うように、国王は軽いノリで扉の外に声をかけた。いつの間にか扉の脇に移動していたクリストフが、そっと扉を引く。


「……?」


 場違い感をこれでもかと醸し出していたエルの鼻をふわりとくすぐっていったのは、甘いバラの香り。どうやら自分以上に、この場にそぐわない人間がやってきたのでは、とエルは少しだけ期待を持った。


「お久しぶりね、カーネリア。あなたが本当に聖女やってるなんて、驚きですわ」


 カツカツと足音を響かせて颯爽とはいってきたのは、オレンジ色の立派なお下げと、大きな丸眼鏡が特徴的な女だった。華美すぎないドレスの裾を上品に持ち上げ、クリストフと国王に会釈をする。

 名前と、大っぴらには公表していない聖女であることを言い当てられたカーネリアはしかし、訝し気に眉を跳ね上げて首をかしげる。そんな彼女の様子を見、隕石騒動の発端である女は「あら」と血色の良い唇に指を当て、眼鏡の下の丸い瞳を細くして笑う。


「覚えてないかしら? 覚えてないですわよね。孤児院であなたはいつも一人だったもの」

「そうだな。特に覚えていなければならないほど重要なこともなかったしな。残念ながら、人間の記憶には限りがある。無駄なことを覚えている余裕はない」

「なッ。その可愛げのない性格、少しは直した方がよろしいのではなくて? まあ、無理でしょうけど」

「無理だな。そもそも、直す理由が見当たらない」


 怖い。

 二人の女の言葉の応酬を、エルは逃げ出したい気分で聞いていた。しかも、二人とも淡々と、カーネリアは普段の挑戦的な笑みを、もう一人は世間話でもしているかのようなにこにこ顔で話しているのである。

 先ほどまでとは別の場違い感を嫌というほど感じながら、エルはせめてもの抵抗として、空気となることを試みる。目立たずぼおっとその場にいるだけ。聞こえる言葉は右から左へ受け流す。なにも考えず、心を無にして……。

 ――いる場合ではなかった。

 なぜかそのお下げ眼鏡さんが、近づいてきたと思ったらエルの腕にしがみ付いたからである。


「え、ええ? な、なんでしょう……?」

「カーネリア。わたくしの次期聖女の椅子を奪い、その上エルドレッドさままでかっさらっていくなんて、なんて強欲な女でしょう。わたくしからしたら、あなたは魔女以外のなにものでもない」


 空気になるどころか、話の中心部分に巻き込まれている。エルは女に見覚えはなかったが、ちらりと彼女を見ると、レンズの下から甘い桃色の瞳が見上げていた。


「それは王に文句を言ってくれ。聖女の座もエルについても、決めたのは王だからな」


 言いながら、呆れた瞳を国王に向ける。いい加減、口を挟めと紫の瞳は言葉以上に声を上げていた。

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