第8話・聖女の条件

「さて」


 カーネリアは着替えてパンとコーヒーという簡単な朝食をとりながら、エルと向かい合って座っていた。子供たちとジークは外でわいわいと戯れている。その兄弟についての経緯を、カーネリアはいま話し終わったところだった。


「あー、オズとドロシーについては、理解しました。はあ、一週間前にそんなことが。俺はまた、とうとう実験材料に使う子供でもさらってきたのかと」

「……普段から思っていたのだが。お前も案外とひどいことをさらっと言うな。私は、人体実験には欠片も興味が無いし、これからも持たないと思うぞ。なにせ、人を相手にするとぎゃーぎゃー喚かれて困る」

「え、そういう?」


 前半だけでやめておけばいいのに、わざわざ理由までくっつけてしまうものだから途端に言っていることが空恐ろしくなる。ついでに、一般常識としての魔女っぽさも爆上がりだ。


「当たり前だろう。私は本来なら、静かに研究に明け暮れて暮らしたいんだ。王の言葉がなければ、聖女などどれだけ証があろうが願い下げだ」


 先代の聖女が亡くなり、一時的に国の聖女がいなくなったのが十年前。そのとき、王がカーネリアに聖女の影を見たという。偶然立ち寄った小さな教会が運営する孤児院にいた彼女を見、その場で宣言したのだそうだ。彼女が次の聖女だと。確かに、その頃カーネリアはすでに癒しの奇跡を授かっており、その場で異を唱える者はいなかった。

 宣言された本人、カーネリア以外には。


「まったく、聖女なんて面倒でやってられるかって言ったんだがな。名誉? そんなもんはいくらもらったって面白くもなんともない。癒しのちからなんぞ、私でなくとも扱えるやつが出る。もう少し待て、とな」

「聖女って、そんなに面倒なものなんです?」


 大聖堂についていくだけの楽なお仕事をしている身としては、そう訊ねたくもなるというものである。彼女が毎日なにをしているのかは知らないが、少なくともこの二年間でやつれただの気が触れただの、大変な事態に陥ったことはない。あとは時々、王の体調を診たりするぐらいで、彼女はまったく自由に好きな研究をしまくっていると思っているのだが。

 カーネリアは肩をすくめて、大げさにため息をつく。


「面倒だぞ。だからな、私の出すなら、やってやらなくもない、と言ってやったんだ。そうしたら、あの狸国王、条件も聞かずに頷いたんだ」


 さすがのカーネリアも、それを見たときは目を疑った。エルなど、いま想像しているだけで固まっている。なぜなら相手はこのカーネリアだ。どんな無理難題を吹っ掛けられるか、考えるだに恐ろしい。


「ならば、と言ってやったよ。面倒な式典や貴族の集まり等の公の集まりには顔を出さない。大聖堂には住まない。聖女の仕事は最低限とし、研究や私の生活を最優先にさせてもらう、と」

「うわぁ……」


 確かにこの国の王は、緩い。王の威厳があまり感じられない緩さを持っているのは、エルもじゅうぶん知っている。しかし、だからと言って正面切って自分の我がままをずけずけと押し付けられる時点で、やはりカーネリアも只者ではない。しかも当時はまだ若かったであろうから、なおさらだ。


「……で、それが全部通ったわけですか」

「そうなんだよ。私が言い出しただけに、断るわけにもいくまい。子供だけに、まだまだ私もツメが甘かった」


 心底悔しそうな顔でパンを噛みちぎる。エルは目の前のコーヒーを一口飲むと、その美味さに顔をほころばせて、余計な一言を口にする。


「でも子供ったって、そろそろ成人する辺りだったんじゃありません? 癒しの奇跡も発現していたのでしょう?」

「……お前、私を何歳だと思っている? 私はな、去年成人したばかりだ」

「いやあ、またまた~。そりゃあ、女性に年齢を聞くのが失礼なことだってぐらいは俺だって知ってますから、ホントのところは聞きませんけど」

「だから、本当のことを言っているんだが」


 カーネリアの目が、据わってきている。この雰囲気は、じょうだんではない、と肌で感じたエルは、「えええええええッ!」とお約束になっている大声を張りあげた。


「だって、カーネリアさん、年上でしょ!?」

「失礼な。私はまだ十七だよ。お前はどんな目で私を見ていたんだ」

「え、あ、ええっと……。なんか、迫力のある、オネエサン……?」

「お前が迫力の欠片もないだけだ。誰がオネエサンだ」

「……え、え? じゃ、聖女に任命されたときは……」

「七歳だ。十年前だ、当たり前だろう」

「あー……あの、八年ぐらい前から、魔女が住みついたとかって噂はあちこちで流れてたんですけど……」

「間違いなく私だな。私は生まれつき魔法の回路が出来上がっていた。成人を迎えることなく、好きに魔法を使えたよ」


 天才だからな、と事も無げに口にするカーネリアを見やり、エルは頭を抱えてふるふると首を横に振る。


「ええええええ……。どこまで規格外なのこのひと……」


 もしかして。

 やはり魔女なんじゃなかろうか。

 普通なら、成人してやっと魔法の回路が身体に完成するのに、魔女だから生まれつき魔法が使えたとか、七歳にして王に意見を押し付けるだとか好き勝手できたのでは。

 脳内でぐるぐるとそんな考えが巡り巡っている。言葉にならない音を発しながら壊れた、無駄に見た目の良い騎士を半眼で見やり、カーネリアは食後のコーヒーを啜る。


「お前がいまなにを考えて頭が一杯になっているのかは知らないが、どうせ失礼なことだろう。ところで、今日は何か急用があるとか喚いていなかったか?」


 食事も終わったのだし、もう彼の失礼に付き合ってやる義理はない。カーネリアは、手っ取り早く青年の思考を断ち切ってやることにする。彼女の言葉に、ぐるぐるふにゃふにゃとしていた騎士の青年は、そうだった、とぽんと手を打った。脳内で巡っていたあれやこれやは、聞かなかったこととして脳が勝手に処理をする。カーネリア付きになってから備わった、中々便利な処理能力である。


「カーネリアさん。昨日の夜なんですけど、なにか気付いたことってありませんでしたか?」

「昨日? ……いや、特になにもなかったと思うが」

「カーネリアさんも、ですか……」


 ちょっと前まで叫んでいた人間と同一人物とは到底思えない。腕を組み、少々難しい顔をしているだけでパッと見には様になるのだから不思議である。

 しばし考え込み、ゆっくりと顔を上げた。キリっとした顔は、女性であれば誰もが振り向く頼もしい表情だ。


「カーネリアさん。昨日の夜、結界の外に隕石が落ちたんです――」


 珍しく、はっきりとした口調で告げた言葉。

 それを聞いたカーネリアの胸中に浮かんだのは、あの壁画だったことは言うまでもない。

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