第4話・人間が食べてはいけない異具材ラーメン〈ラスト〉

 翌日──オレが昨日食べたマヨイガ麺【ル】の味を思い出して会社の自分のデスクで惚けていると、女性上司がドリンク剤をコトッと、またオレのデスクに置いた。

 いつもなら、置いてすぐに自分のデスクにもどる上司だったが、その日は違っていた。

 上司は、オレの体に鼻を近づけて匂いを嗅ぎはじめた。


「毛穴から漂ってくる、この匂い……間違いない、あなたマヨイガ麺【ル】の異具材ラーメン食べたでしょう」

「どうして、その店名を?」


 上司の話しを詳しく聞いてみると、オレの上司はかなり前からの、マヨイガ麺【ル】の常連客だった。

「上司も、あの店を知っていたんですか?」


「道で偶然にポイントカードを拾ってからね……女性客は男性客と、かち合わないように女性専用デーに呼ばれて行くけれどね」

 オレはカウンター席に並んで座ったり女性客に混じって、恍惚とした表情でマヨイガ麺【ル】のラーメンをすすっている上司の姿を想像した。


 オレと会話をしながら上司も恍惚とした顔で、マヨイガ麺【ル】の味を会社で思い浮かべていた。

「あぁ、早くあの異具材のラーメンが、食べたいわ……想像しただけで口の中に唾液が溢れる」

 オレは、上司の顔の皮膚の下に一瞬、麺のようなモノが浮んで消えたような……そんな気がした。


  ◇◇◇◇◇◇


 二度目のマヨイガ麺【ル】に来店するチャンスが、オレに巡ってきた。

 その日は、不思議なコトにお客はオレ一人だけだった。

 注文した、ラーメンが調理されている間に、オレは店主に質問してみた。

「今日は、他のお客さんいないんですね?」

「もう、役目が終わったんでしょう……ヤツらにとっての」

 妙なコトを言うと思いながらも、オレは質問を続けてきた。

「この店のラーメン美味しいですね、今まで食べたことがない引き込まれる味です……どこの店で修業を積まれたんですか?」


「修行なんてしていないよ、ラーメン好きが高じた脱サララーメン店だ……開業してみてラーメンを甘く見ていたと悟った……素人が見よう見マネで、軽い気持ちで起業したらダメだな、厳しい競争世界だった」

 調理をしている店主が漏らした、小さなタメ息が聞こえた。


 店主の話しだと、最初に開業した貸し店舗では、お客はまったく来なかったらしい。

「厨房で頭を抱える毎日だった……仕入れをしても、下ごしらえをしても残ってしまった食材を廃棄していた……そんな時にヤツらが、突然厨房に現れた」

「ヤツら?」

「異具材だよ、ヤツらはラーメンの具や麺にそっくりだ……どこから来たのか、なんなのかはまったくわからない……別次元の生物なのかも知れない。連中を具に使うと美味いラーメンが勝手にできる」

 オレは、店主が切ったナルトが、水が入った容器の中で泳ぎ回るのを見た。


「ヤツらは夜の厨房で互いを呼び合うように鳴く……ルルルルルと、だから【ル】と名づけました。異具材【ル】と……へいっ、ラーメンお待ち」

 オレの前にも差し出される、調理されたラーメン。

 麺が蠢き、ナルトやチャーシューやメンマやノリが動く。

 オレは割り箸を手にすると、異具材の味の魅力に引き寄せられるように、我を忘れて脳に染み渡るラーメンを食べた。


 恍惚とした顔で異具材ラーメンを食べながら、オレの麻痺まひした脳は思った。

(あぁぁ、オレはラーメンを食べているんじゃない……逆にラーメンに食べられているんだ)と……。


  ◇◇◇◇◇◇


 異具材【ル】ラーメンのとりこになってしまったオレが、休日にフラフラと街を歩いていると。

 狭い路地の奥の方に、オレの女性上司が立っているのが見えた。

 声をかけようとしていたオレは、上司の異変に気づく。

 白目を剥いて小刻みに震えている上司の口から、呻き声に混じって哀願しているような声が聞こえてきた。

「おごっ、やめて……まだ、食べたいの……アナタたちを食べていたいの。いやっ、イギッァァァァァァァァァ」

 突然、風船のように膨れ上がった上司の体が、狭い路地で破裂した。

 路地の壁や道に飛び散る血肉に混じって、麺やメンマやチャーシューやナルトやノリも飛び散る。


 オレは、物陰に逃げていく、異具材の鳴き声を聞いた。

〈ルルルルル……ルルルルル〉


 上司が破裂したショックに、その場に座り込むオレ。

(異具材……【ル】)


  ◇◇◇◇◇◇


 今日もオレは、マヨイガ麺【ル】でラーメンをすする。

(うまい……うまい……もっと、もっと食べたい)

 脳の中に麺が蠢いて感覚だった。

 オレは、食べ続ければどんな結末が待っているのかわかっている。

 わかっていながら、食べるのをやめるコトはできなかった。

(オレはラーメンを食べているんじゃない……ラーメンに食べられているんだ、オレの中で異具材の子供たちが育っているんだ……あぁ、素晴らしい)


 いつか、あの日見た上司のように……破裂して異具材を撒き散らせるコトになるだろうと、意識の底で思いながら。

 体重が三倍に増えたオレは、脂の汗を流しながら。

 異具材のラーメンを喉の奥に箸で押し込んだ。


  ~おわり~

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