第3話・マヨイガ麺

 丸イスに座って開店を待っている客たちの表情は、奇妙な表情をしていた。

 中毒患者のような……虚ろな目の二十人くらいのお客たち。

 オレは不思議に思いながらも、最後尾に置かれていた丸イスに座る。

 客たちは互いに雑談するコトもなく、うつ向いてスマホの画面を眺めていた。

 やがて、住宅を改装した店のドアが開くと、待っていたお客たちはゾロゾロと店の中に入っていく。

 店は厨房で、沈んだ表情の中年男性が一人で調理をしていた。

 入り口には、プラスチック製の料金箱と両替機が置いてあって。

『ラーメン一律五百円ワンコイン』の張り紙がしてあった。

(味は味噌、醤油、塩のみか……なるほど、シンプルな料金払いシステムだな)


 店主一人でやっていると、あまり多くのコトには手が回らないんだろうな。

 そんなコトを考えながら店内を見回していたオレは、驚くべき張り紙を発見した。


『具材のトッピング追加と麺の替え玉──無料』


(ウソだろぅ、そんなコトしたら精算とれなくなって赤字じゃないか……白米食べ放題の店なら、よくあるけれど。具材や麺が無料なんて……変だこの店)

 そうこうしているうちに、次々とオレより前に店に入って注文した客たちのラーメンが完成してカウンター席に並ぶ。

 お客たちは、無言で調理されたラーメンを食べはじめた。

 奇妙な光景だった。

 なにかに取り憑かれたようにマヨイガ麺【ル】のラーメンを無心に食べている、お客たちの表情は恍惚に満ちていた。


 やがて、オレの前にも注文したラーメンが運ばれてきた。

 ラーメンを置いた時、顔色が悪い店主がオレに向かって小声で意外なコトを言った。

「あんた、初めての客だね……悪いコトは言わない、そのラーメンを食べたら二度と店には来ないでくれ……あんたの体のためだ」

 オレは自分の耳を疑った。

(客に店に来るな? いったい、この店はなんなんだ?)


 オレはスープをすすり、麺を口に運んだ。

 その瞬間、オレの脳内に衝撃が広がった。

(美味すぎる、なんだこのラーメンは? 今まで食べたラーメンとは次元が違う味わいだ)

 濃厚で豊潤ほうじゅんで、口から喉そして内臓全体に浸透していく幸福感。

 五感すべてが満たされていく、形容しがたい感覚。

 オレは恍惚とした顔で異次元のラーメンを食べて、気づいた時には、ほぼ完食していた。

 食べ終わってから、湧き上がる強い衝動。

(食べたい……もっと、食べたい)

 そんなオレの心を読んだかのように、店主がオレに言った。

「悪いが一人の客に一杯の決まりなんだ……ヤツらは、できるだけ多くの人間に食べられるのを望んでいる」


(ヤツらって誰のコトだ?)

 不思議に思っていたオレの目に、ドンブリの底に残っていた麺の短い切れ端が少し動いたような……そんな気がした。

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