34 プロローグ 土曜日深夜 某市古墳群第23号墳 ちょっとした実験
今回、凄く難産でした……
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『ファンタ』が提案した、操作型の使い魔。
俺達の個別の意志で動かせるらしいと言うそれは、聞いた限りだと随分と使い勝手が良さそうな代物だった。
ただ、根本的な問題が一つ。
俺の世界における、『ファンタ』の魔術の有効時間や範囲の短さだ。
その問題を解決しなければ、そもそも使い物にならない。
(「その辺はどうするんだ? 手があると言ってはいたけれど」)
(『うん、幾つか考えてはいるんだよね。だから、今から出かけようか?』)
([あん? どこへだ?])
(『実験できる場所、だね。「コモン」ちょっと交代して?』)
(「ああ、構わないけれど……」)
俺の疑問に「ファンタ」は何処か楽し気に応えると、俺と交代し窓を開くと夜空へと舞い上がる。
この近辺は閑静な住宅街で、暗い夜空を音も無く浮遊する「ファンタ」に気が付くのは余程勘が鋭いようなタイプか、毎夜夜空を眺める天文ファン以外困難だろう。
(【こんやは空がまっくらだ】)
(『雲が出ているね。ちょっと実験したら早めに戻らないと雨に降られちゃうかも』)
(「濡れて帰って風邪をひきたくないな」)
([ストレージに蝙蝠傘突っ込んであっただろ? 最悪でもそれ使えばいいだろ])
その上魔術での隠蔽も重ねている以上、もし姿を見かけても少し大型の蝙蝠などと勘違いすることになる。
自室の隠蔽は、ドアには鍵をかけてきたし万が一不在を問われてもちょっと夜中の散歩をしたくなったと言う事にしよう。
(「で、何処まで飛ぶんだ?」)
(『そう遠くないよ? ほら着いた』)
([あん? 此処は……例の古墳の一つか])
そうやって辿り着いた先は、近くにある古墳群。
以前妖怪騒ぎで三つ首の人面犬が出たのとは別の、中規模なものの一つだった。
あの夜の様に妖怪は湧いていないものの、幾らか妖怪について知った以上、夜のこういった遺跡にはどこか不気味なものを感じずにはいられない。
(『うん、やっぱり人気が静まった今の時間帯だと、良く解るよ。魔力とは似ているけれど、異質な力の流れがある』)
([そうなのか? 俺にはさっぱりだ])
(「いや……今なら、俺にも何となくわかる」)
(【ええっ? そうなの?】)
『ファンタ』の言う魔力は未だに判らないけれど、あの妖刀や御霊刀を手にした後だと、俺にもわかるようになってきた。
周囲に漂う、何か異質な空気のような物。
人口の多い都市の方向や、近辺で住宅が密集している方から吹き付けて、遺跡へと向かう様な「流れ」がある。
これが、神谷さんや三郎渕教授の言う、陰の気という奴なのだろう。
御霊刀や妖刀を握っている時は、この風が熱を帯びて体の内と表面を覆うように流れ続けていた感覚があった。
その時に比べて、今周囲で感じ取れる流れは、冷たさを感じる。
この寒暖の差が、御霊刀使いが操る陽の気と陰の気の違いなのだと教授は語っていた。
([オレには全く持ってさっぱりだが、『ファンタ』と「コモン」が言うならそうなのだろうさ。それで、実験ってのは何をするんだ?])
(『うん、使い魔を作るのに、コレを使ってみようかと思って』)
[サイパン]の疑問に答えるように、『ファンタ』が取り出したのは、鮮血を思わせる深紅の宝石めいた結晶だ。
(「芯核じゃないか。何時の間に」)
(『いやほら、珍しいものだったから、ちょっとストレージに』)
([あの時は、無数にばらまかれていたからな。一つくらいならバレようもないか])
あの古墳での戦いの時、三つ首の人面犬から生み出された妖怪の核になっていたモノや、砲弾じみて打ち出されていた芯核は無数にあった。
それこそ数えきれないほどで、だからそのうちの一つをこうして確保してもバレはしないだろう。
(「この形、砲弾みたいに撃ちだされたものの一つかな?」)
(『そうだよ? 『プロテクト』で防いだやつ。丁度いいしこっそりとね』)
(【おっきいねえ。それにすごくとがってる!】)
この鏃のような、砲弾のような結晶には見覚えがあった。
あの三つ首の人面犬が、『ファンタ』と忍者隊長──三郎渕教授へと放った時のものだ。
追い詰められていた妖怪が放ったモノだけに、大きさと鋭さに殺意が満ちていた。
(「いや、本当にこれを使い魔の材料にするのか?」)
([何か悪い影響でも出るんじゃねえか、これ?])
(『色々考えていたのだけど、「コモン」の世界で魔術や使い魔が直ぐに霧散してしまうのは、魔力の濃度が問題だと思うんだ』)
余りの剣呑さに俺と[サイパン]が引くものの、『ファンタ』はどこ吹く風だ。
俺達の懸念をよそに、魔力を発現させていく。
俺にはまだ魔力と言うモノは判らないが、その発現に応じて周囲に満ちている陰の気が、釣られるように流れを変えているのが判った。
(「え? どうなっているんだ、これ? 『ファンタ』、妖気って奴を操れるようになったのか?」)
(『いやほら、プロテクトとかで生み出した魔力の壁で、この芯核とかも防げたでしょ? だから、魔力は妖気に干渉できるんじゃないかと思って。その実験だったんだけど……うん、上手く行っている』)
([おいおい、マジかよ……])
事も無げな様子の『ファンタ』に、呆れたような[サイパン]の意思が伝わってくる。
いやでも、俺だって驚きだ。
たった一晩、一つの戦いを経験しただけで、自分の得意な分野を応用してこんな真似ができるなんて。
『ファンタ』は謙遜するけれど、やはり魔術やそういったものの扱いに関して、『ファンタ』は天性のものがあるとしか思えなかった。
そんな俺達の驚きをよそに、『ファンタ』の実験と解説は続く。
(『ほら、水に塩を入れると、溶けていくよね? 「コモン」の世界は、魔力に関わるものが、殆どない。つまり何も溶けていない水と同じで溶けやすくて、直ぐに霧散するのかなって。逆に僕の世界は魔力に満ちているから、もう塩が十分溶けていて、同じ魔力で出来た物は霧散し難い』)
(「あ~、その例えは判りやすいな」)
(【ボクにもわかる!】)
([おう、偉いぞ【ポスアポ】])
俺の世界にも妖怪の元になる妖気──神谷さんや三郎渕教授が言う所の、陰の気──が存在している。
しかし、それこそ彼方此方に迷宮なんてものが存在し、モンスターなんてものが一般に認知されているような『ファンタ』の世界と、少なくとも一般常識として妖怪がおとぎ話や都市伝説に収まっている俺の世界とでは、その濃度は明らかに違うだろう。
『ファンタ』の世界を海水や塩湖に例えるなら、俺の世界はまだ真水に近いと言うわけだ。
それは、魔力と言ったモノの霧散具合にも差があるだろう。
([まあ、あり得そうな理由だが、それでどうするんだ?])
[サイパン]の心の声は、俺も同じだ。
ひとまずあり得そうな仮説は立てたとして、どうするか。
その疑問に、『ファンタ』は答える。
(『そのままだと霧散するなら、対策は幾つかあるよ。引き寄せ続けるか、逃がさないように包み込むか、そもそも霧散しないもので作り上げるか』)
(「霧散しないもの……それってまさか、妖気?」)
俺の疑問に、『ファンタ』は行動で答えた。
『ファンタ』から放たれた魔力の微かな輝きが、周囲の陰の気を巻き込んで、『ファンタ』の手の平の上の芯核を包み込む。
そして一瞬後、そこには手のひらサイズの人形のような物が浮かんでいた。
(『初めて試したけれど、上手く行ったかな?』)
(【ようせいさんだ】)
([『ファンタ』が良く作っている家事妖精タイプの使い魔だな? だが、コイツは……])
[サイパン]の指摘の通り、これは『ファンタ』も良く使う妖精タイプの使い魔だ。
『ファンタ』の世界の魔術師は、このように魔力で使い魔の身体を作り、そこへ意思のある精霊や幽体状態の妖精を宿す。
この人形めいた姿は、その素体。意志の無い、形だけの器。
ただし、明確に違うのはその殆どが妖気で出来ている事だ。
俺には、その事が肌身で感じられた。
(『やっぱり、こっちで使い魔を普通に作ろうとするよりも、随分と安定している。これなら、長く持ちそうな気がするよ』)
(「よくこんな器用な真似ができるなあ」)
(『魔力をかなり使わされたけれどね。例えるなら、磁石で砂鉄を動かしながら粘土を巻き込んで人形を作っているようなレベルの事をしているから、魔力の無駄が多くて。それに、ここみたいな妖気が豊富で濃い場所じゃないと、多分うまく作れない』)
そう聞くと、かなりの力技のようにも聞こえる。
しかし、この方法が俺の世界で使い魔を長持ちさせられるなら、力技でも歓迎するべきだろう。
(『それに妖気を集める都合上、芯核を中心に据える必要があるのだけど、今使った奴以外に手持ちが無くて……』)
([現状替えが効かないって事か])
(『そう言うこと。そうそう手に入る物でもないみたいだしね』)
俺の世界で芯核を見つけると言うのは、妖怪を退治するかこういった遺跡で結晶化した物を見つけるしかない。
『ファンタ』が古墳に視線を向ける。俺の感覚でも、遺跡に陰の気が流れ込んでいる事が判るが、同時に結晶化されずに霧散していくもの解った。
結晶化というのは、案外幾つかの条件が重なってようやく起きる事象の様だ。
つまり、俺の世界であっても、中々に手に入り難い希少物という事になる。
俺が文化財第零課に所属したなら、幾らか手に入れやすくなるだろうから、今は我慢と言った所か。
([で、実験は成功って事でいいのか?])
(『まだ半分だよ。このまま時間を置いて、実際の霧散の度合いを確かめないと』)
実際、それが重要だ。
幾らこれまでの直ぐに霧散した使い魔よりも長持ちしそうな予兆があるとはいえ、実際にそうなるか、どの程度素体が維持されるのか確かめる必要がある。
だからなのだろう。『ファンタ』は、この妖精の身体を作ったあと、意思ある物を宿す様子が無い。
いつ消えてもおかしくないモノに、意思を宿す気にはならないのだろう。
ただ、俺達は一つ失念していた。
芯核とは、妖気の結晶。妖気とは、人から溢れた情念そのものだ。
情念、それはつまり意思の欠片に他ならない。
なら、芯核というのは。
それを核にした妖怪が、意志を持ち動き回ることからして、意思を宿すモノに他ならない。
だから、それは必然だったのだろう。
(【あれ?】)
([どうした【ポスアポ】?])
(【うごいているよ?】)
(「何?」)
(『えっ?』)
俺達が、心の声を交わし合っている僅かな間に、その変化は始まっていたのだ。
もっとも鋭敏な感覚を持つ【ポスアポ】が気付き、俺達が素体へと意識を向けると、それは既に只の人形ではなくなっていた。
単純なヒトガタが、生きた質感を持ち、その容量を増していく。
同時に俺は、周囲の妖気が更にこの元素体に流れ込んでいくのを感じていた。
(「え、いや、これヤバくないか? 『ファンタ』! どうなっているんだ、コレ?」)
(『あー、妖精とかを素体に入れた時と同じだね。一通り変容するまで待たないと逆に変なことになるよ?』)
([悠長かよ!? 大丈夫だろうな!?])
(『うん、言い方は変だけど、暴走している訳じゃない。妖精の時は小さい身体に変化するだけだから一瞬だけど、コレはちょっと大きい分変化が長いだけだから』)
(【え~、ほんとう?】)
(『……多分』)
(「安心できないなあ!?」)
内心で焦りながらも、魔力で起きている事なのと、今の肉体は『ファンタ』なので、俺達にはどうしようもない。
俺も手元に御霊刀があれば何かできるかもしれないけれど、残念ながら手元にない以上見ている事しか出来なかった。
そして、変容が終わり、俺達は素体から姿を変えたソレを目の当たりにする。
(「……『ファンタ』」)
(『え~っと……一応、制御は出来ている、よ?』)
([意識が無いってだけだろ。どうすんだよ、コレ])
すっかりと姿を変えた素体は、今や人間サイズへと変貌していた。
ただ、問題はその姿だ。
(【おんなのひと? それともクモのクリーチャー?】)
【ポスアポ】の指摘の通り、その姿は異形。
基本は人間の女性ながら、四肢の外に毒々しい色合いの甲殻に覆われた脚が背から生え、おまけに腰のあたりに同様の色合いの腹部が、リュックサイズで生えていた。
蜘蛛のクリーチャーという【ポスアポ】の感想は、実際俺も同様だ。
ただ、もっと適切な言葉があるとすれば、コレだろう。
(「絡新婦、か」)
(『あはは……妖気と芯核を元にしたら、妖怪が使い魔になっちゃったって事かな?』)
([もう一度言うぞ? どうすんだよ、コレ])
古い妖怪話にも登場する、蜘蛛の女怪。
俺達は、奇しくもそんな存在を使い魔にしてしまったようだった。
そして俺は、これが大きな混乱の発端になることを確信し、『ファンタ』の中で頭を抱えたのだった。
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ヒロイン追加。プロローグ終了。
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