33 プロローグ 土曜日夜 自宅 俺達にできる事

「夕、三郎渕さんと今日会ったんだって? 何を話していたの?」

「バイトの話になるのかな? 母さんが行ってる発掘のバイトとは別にさ、学生とかそっちの方向けのらしいよ?」

「そうなの?」


 付けっぱなしのテレビの音を背景に夕食を食べていると、母さんがそんな事を聞いてきた。

 人に会うと言って出掛けたけれど、それが誰とというのは詳しく伝えていなかったからな。

 発掘現場で会ってたし、近所の人に見られていてもおかしくはないか。


「同級生の神谷さんから、知り合いが人手を探してるって話があったんだ。近所だったし話を聞いても良いかなって。まあどうするかは保留したけどね」

「三郎渕さんの所ならおかしな話では無いでしょうし、引き受けてもいいわよ? けれど、その時は先に詳しい話は知らせてね」

「そうする」

([実態はおかしな話なんだよなあ])

(『モンスター退治、じゃなかった、妖怪退治だものね』)


 あの隊長忍者──三郎渕教授との話は、一応保留の形になったから嘘は言ってない。

 将来的な進路の候補に加えて、高校卒業までは判断保留したという形だ。

 とはいえ教授は俺の事を確保する気満々で、自分の在籍している大学に指定校推薦の働きかけをするつもりのようだ。

 うちの高校は教授の在籍している大学に毎年何人か進学しているので、諸々の話が通れば俺はろくに受験もせず簡単な面接程度で大学に合格できることになる。

 これは放課後の時間に皆のための物資補給で時間が欲しい俺にとって、かなりのメリットだ。

 他の同級生が必死になって受験勉強に時間を費やす中で、ほぼほぼ卒業までフリーな時間を確保できるのだから。

 とはいえ、推薦の話が決まった場合、御霊刀使いとしての訓練に参加する必要も出てくるだろうけど。


 そんなやりとりをしていると、妹の旭の視線に気づく。

 じっと俺の方を見つめてくるが、どうしたのだろう?


「どうした?」

「……お兄ちゃん、アルバイトするんだ?」

「まだ決めて無いけどな。するかもしれない」

「ふ~ん……それってお金の為?」


 微妙に不機嫌な旭の言葉に一瞬考える。

 教授の提示した御霊刀使いとしての待遇は、任務の過酷さはあるにしても報酬面では破格と言って良かった。

 その中には、御霊刀の扱いについてやその後の任務などについての教育について、バイトという名目で行ってくれると言う話も含まれている。

 名目とは言えバイトなので、学生のバイトととしてはかなり破格──扶養控除ギリギリだ──のバイト代も出してもらえることになっていた。


「お金はあった方が良いけどなあ……多分、それだけじゃない。世の中まだまだ知らないことが多いから、ちょっと視野を広げたくなったって所か」


 ただ、教授の話に条件付きとはいえ乗る方向で進めたのは、金銭だけが理由じゃない。

 俺の住む世界が、未知の危険に満ちていると知った以上、その未知を少しでも潰したいと思ったからというのが一番大きい。


「……何それ? 意味わかんないよう。ていうか似合わないのに気障っぽい言い方してる」

「うぐっ」


 とはいえ、妹にはバッサリと斬られてしまった。

 うむう、このところずっと妹からのあたりが強い。

 皆と繋がって以降、色々忙しくてあまり構っていなかったのが悪いのだろうか?

 それとも、年齢的な必然なのだろうか?


(『僕の所のアサヒとは魔術校に来てから会えてないけど、もしかして帰ったらこうなってるのかなあ?』)

([……そうかもな])

(【……ん】)


 旭に関しては、俺の中の皆の反応がはっきりと分かれる。

 『ファンタ』の世界の妹は今も実家で元気にしているし、『ファンタ』が魔術校に行くまでは仲良く過ごしていたのもあって気負いが無い。

 一方で[サイパン]の世界の妹は未だ意識不明だ。

 [サイパン]がある程度稼げるようになって治療環境もかなり良くなっているらしいけれど、未だに目覚める気配が無い。

 【ポスアポ】の場合は更に過酷だ。

 俺達が繋がる前の話になるため何となくでしか分からないが、【ポスアポ】が住んでいたシェルターが変異クリーチャーに襲われてから行方が分からないようだ。

 まだ子供の【ポスアポ】が死にかけていた以上、更に幼い妹が無事だったとは思えない。

 つまりはそういう事だろう。

 だからか、【ポスアポ】が旭に向ける意識は少し複雑なように思える。


 まあその辺りの話は横に置こう。


「まあ、アレだ。バイトを始めて、バイト代出たら皆で何か食いに行こうな」

「あら、良いわね。父さんも喜ぶわ」

「……何か誤魔化されてる気がするよう」


 余りこの場で突っ込まれてもアレなので、適当に話を切り上げる事にした。

 母さんは素直に喜んでいたけれど、妹は未だにジト目だ。

 本当に困ったものだった。


 □


 夕食を終えて自室に戻ると、俺はデスクに向かって教科書を広げた。

 傍から見たら真っ当に勉強しているように見えるけれど、コレは偽装だ。

 今から始めるのは、今後に向けての作戦会議だった。


(「卒業まで何とか時間は稼げたけれど、今後どうするかが問題だな」)

([ああ、オレ達にとっては死活問題だからな。「コモン」の仕入れが無いと、俺達は身動き取れなくなる])

(【食料は大事! すごく大事!】)

(『僕も「コモン」の所の本が無くなるのは困るよ』)


 そう、俺が御霊刀使いになるとして、その場合今皆のために使っている放課後の時間が削られることを意味している。

 今の皆の状況は、俺の世界の物資が大きなウェイトを占めている以上、その供給が無くなれば一気に瓦解しかねない。

 だから、三郎渕教授の誘いに対して即座に乗らなかったのだ。

 それでも俺の世界が隠れた危険に満ちていると知った以上、将来的にはそれらに対処できる御霊刀使いになると言うのは、俺の中では凡そ決定事項になっていた。

 だから、少なくとも高校生の間に、皆の為の仕入れと御霊刀使いとしての活動を両立させる手段を考える必要があった。


(「[サイパン]、今やってる資金運用と同じように買い付けも自動でやれないか?」)

([買い付け自体はいけなくもないが、問題は『ストレージ』を介さないとモノを世界間でやり取りできない事だな])

(『「コモン」の世界は近距離で無いと魔術の効果が直ぐに弱まるからね。遠隔では使えない以上「コモン」の近くでしか『ストレージ』は使えないから、物のやり取りは「コモン」にやってもらうしかないね』)


 問題はそこだった。

 物の購入自体は、[サイパン]が組んだ資金運用プログラムAIを改良するかもしくは別個プログラムを組むことで出来なくはないし、その資金は元々十分にある。

 ただ世界間の物の移動は、『ファンタ』の魔術に距離的な制限がある以上、俺の周囲で行う必要があった。

 所謂、ボトルネックというやつだ。

 入り口と出口は広いのに、中間の通路が細い為に処理能力が追い付かなくなる。

 将来的に更にその狭路が狭くなる──俺の時間が御霊刀使いとしての活動に取られる──見込みなのだから、洒落にならない。

 とはいえ、だ。どうあがいても俺の身体は一つだ。


(「俺がやるしかないとは言ってもなあ。俺の身体は一つしかないから、処理可能なタスクはどうしても限られるぞ」)


 ……そう、思っていた。


(『自分に似せた使い魔も作れなくはないから、身体も増やせると言えば増やせるよ?』)

(【……教授みたいに、クローン作る?】)

([[AC]から聞いたことがあるが、自分そっくりの義体を組んで複数の身体を操る裏の住人も居るらしいぞ? 「コモン」に似せた義体も作れなくは無さそうだが])


 だが、皆からの心の声が、可能性を提示してきた。

 確かに【ポスアポ】の世界の【教授】なら、俺の細胞一つでもあれば俺そっくりのクローンを作ることも可能だろう。

 [サイパン]の世界にしても、人体のほとんどを精巧な義体に置き換え可能で、制御のための電子頭脳を遠隔で操作する事さえできる。

 ただその二つは、倫理観と『ストレージ』の使用の面で問題がありそうだった。

 クローンなんて下手に作ろうものなら、俺以外の意志が目覚めかねないように思えるし、[サイパン]の世界の義体もあくまで精巧なだけで違和感は有るので、俺の世界で活動させるには問題があるしそもそも『ストレージ』を使えない以上問題の解決にはならない。

 だから、頼みの綱は『ファンタ』の使い魔になる訳だが……。


(「いや、『ファンタ』の使い魔って、俺の世界では直ぐに消えるから使えないだろ?」)

(『何か手はありそうなんだよね。それに使い魔は自分の意思で動かすことも出来るから、上手く行けば使い勝手は良い筈だよ』)


 俺の世界で魔術の減衰が激しい事に対して、『ファンタ』は何か腹案がありそうな様子。

 更に、俺達にとっては使い手の意志で動かせると言うのは大きな意味がある。


(「自分の意志で動かす?」)

(『そう、大体の使い魔は精霊や妖精みたいな意志を持った霊を宿して動いてもらっているけど、器だけ作って術者が直接動かすこともできるんだよ。複数の身体を動かしているも同じだから、制御に苦労するらしいけどね。でも、僕等なら身体を動かす心も複数ある』)


 『ファンタ』が言うには、例えば長持ちする使い魔さえ作れたら、俺は俺自身の身体を動かしつつ、使い魔の側は『ファンタ』が操って、物品を『ストレージ』に収める事も恐らく可能らしい。


 更に『ファンタ』は続ける。


(『試しに来週の郊外実習で、操作型の使い魔を使ってみようか?』)

([ああ、何か迷宮に潜るって話だったか])

(【面白そう】)


 『ファンタ』が通う魔術学校は、俺の世界で言う京都や奈良の辺りにある。

 その付近では古くから迷宮が存在していて、一種の鉱山のような扱いで公的に管理されていた。

 その一つを、魔術校の恒例行事として探索するのが、『ファンタ』の言う郊外実習だ。

 魔術校の生徒は基本的に術師の為、そういう探索時は前衛として使い魔を用いるのが通例であるらしい。

 余程近接戦闘に自信があるような生徒でない限り、凶暴なモンスター相手に近接戦は無謀というのもあるだろう。


(『使い魔の遠隔操作がどんな感じか皆にも体験してもらえば、分かりやすいと思うんだ』)

([興味はあるな])

(【ボクも動かせる? 動かしてもいい?】)


 乗り気な【ポスアポ】に[サイパン]。

 俺も、実際自分の体以外の物を動かすと言うのは興味があった。

 それに、俺には一つ懸念がある。

 俺自身は、ここまでの人生で特に大きな喧嘩をすることなく過ごして来たため、御霊刀が扱えると言っても戦闘面は完全な素人と言う点だ。


 【ポスアポ】や[サイパン]と知覚を共有しているので、意識として戦いの場の経験はあるものの、俺本人ではないから実感としては薄い。

 あの三つ首の人面犬を倒した斬撃にしても、身体が勝手に動いて二回剣を振り下ろしただけだ。

 神谷さん達のような訓練された動きは到底無理な話で、だからこそ三郎渕教授も俺の勧誘を焦らなかったのだろう。

 だから、使い魔の身体とは言え実際に自分が身体を操って戦闘する機会は、渡りに船だった。


 こうして俺達は『ファンタ』の実習に相乗りし、使い魔の操作を体験することになったのだった。

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前作の書籍化作業が一つの節目を通過したので、更新です。

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