28 深夜零時 路地裏の店 [サイバーパンク]世界の堕ちたエージェント

昼予定が予約投稿ミスっていました……


──────────


 深夜零時。

 それは、[U]が最も無防備になる瞬間だ。

 体質なのか、ある種のルーチンなのか、アタシのパートナーの[U]は、零時きっかりに意識を失う。

 居眠りでもしているかのように、開店しない小物店のカウンターの裏で、PCチェアに身を沈めて。


「アーシを信頼しているつもり? それとも誘っているの?」


 アタシはそっと[U]に問いかける。

 もちろん、答えは返ってこないし、それでいい。

 こんなウェットな素の表情を[U]に見せるわけには行かない。

 だから、[U]が意識を途切れさせたこの時間だけが、アタシが素の姿でいられる時間だ。


「本当に、正気を疑うわよ……何で、アーシを傍に置くのさ」


 [U]は、アタシが傍に居る時だけ、この時間のログを取らない。

 情報が如何に生命線であるか、ハッカーである[U]が知らないはずもないのに。

 だから、この時間はアタシに対する気遣いの結果であり、同時に当てつけだ。


 [AC]を名乗る、名無しの女ジェーン・ドゥへの。


 □


 アタシと[U]との関係は、ずっと変化し続けている。

 今は雇い主とその護衛。その前はフリーランスの先達と新人。そして始まりは……。


「あ……あぁ……」

「っ……」


 銃弾を受けて倒れ伏す、夫婦とその子らしい家族。

 そして唯一息がある、少年。

 血だまりの中で呻く少年の視線がアタシを射抜いた。


 ……アタシは、[U]の家族を奪った張本人だ。


 □


 数年前。

 既にフリ―ランスになっていたアタシは、ある企業への潜入工作を依頼されていた。

 他企業への破壊工作を行う、報酬だけは良い物の使い捨て前提の掃きだめのようなそこに、ごく普通のフリーランスとしての顔で潜入して、致命的な情報を他の企業へと流す、そんな仕事。


 アタシはサイバネで自分の姿を変えられる。

 その上で傭兵としての実力は、そんな命知らずしか集まらない部隊でも問題なく紛れ込める程度にはあったから、潜入は簡単だった。

 部隊に混じって、破壊工作を行いながら、その作戦の情報を事前に相手企業に流す。

 相手企業側はその破壊工作を利用して不都合な人員を処理し、プロパガンダに利用する。

 まあ、良くある話よね。


 そして、あの事件が起きる。

 強引過ぎるやり口が限界に来て、工作部隊を抱えていた企業はすっかり落ち目。

 そこで、自暴自棄な作戦に打って出た。

 ある企業の主要都市に隣接する、高出力ジェネレーターの破壊。

 でも、アタシの情報でそれはとん挫して、工作部隊は都市部に逃げ込む事になったのよ。


 同時に、それはアタシにとっても都合がよかった。

 市街地が戦場なら、姿を変えて行方をくらますのも簡単だから。


 でも、想定外だったのが幾つか。

 その舞台にもぐりこんでいた他企業の手は、アタシだけじゃなかった事。

 その他企業の目的の一つが、丁度その時都市部に居た企業重役の排除だった事。


 工作部隊は、商業地区に隣接するオフィス地区へ向かったけれど、そこでは激しい抵抗にあったわ。

 オフィス地区は企業の中枢。

 企業としての機能が集中している箇所で、その警護は万全だった。

 結局、強襲は失敗。

 立て続けに失敗した工作部隊は、商業地区での無差別なテロで最後のあがきに走ったのよ。

 もちろん、アタシはそこまで付き合っていられない。

 商業地区に入り込んだ時点で、部隊から逸れたと見せかけて、最後の仕事をこなす予定だった。


 オフィス地区の警護は万全と行ったけど、何事も抜け道はある。

 隣接する商業地区とライフラインの幾つかを共有していたことで、侵入経路が存在していたの。

 同時に、そこはアタシが工作部隊から抜け出して依頼主……襲われている企業重役へ情報を渡すルートでもあったわ。


 密かに部隊を逸れてそのルートを抜ける、その想定が崩れたのは、その部隊そのものが侵入経路に向かった事。

 他の企業から潜入していた別のエージェントが、コレを機にその重役を消そうとしたのね。


 これには、流石に潜入したままではいられなかった。

 侵入ルートに入る前に動いて、せめてその他の企業のエージェントを排除しないと、依頼を達成できない。


 でも、そんなアタシの思惑も、相手のエージェントにはお見通しだった。

 そいつはハッカーでもあって、アタシの事にも気付いていたのよ。

 アタシは、移動の最中、不意を打つつもりだった。

 その頃には部隊の誰が別のエージェンか、判別がついていたから。

 でも、そいつの方が上手だった。

 アタシが動く前に、そいつは周辺の住民や警備システムへの無差別ハッキングと、凶暴化ウィルスによる暴徒化を引き起こしたの。

 同時に、他の工作部隊のメンバーに、アタシが潜入員だと明かされたのよ。


 そこからは、酷いものよ。

 今までひた隠しにしてきた戦闘力も、彼我の被害も一切無視して戦って……気が付いたら、戦闘は終わっていたわ。

 最大限に強化した反射神経と戦闘用サイバーウェア、そして姿を誤認させる偽装用ウェアを駆使したなら、乱戦はアタシにとって有利でしか無いもの。

 潜入中はアタシが姿を変えられる事を隠し通していたのもあって、アタシは、辛うじて生き残った。

 他の隊員の姿になりながら、更には透明化すらして戦うアタシに、他の工作員は翻弄されたわ。

 問題のハッカーエージェントも何とか処理して、工作部隊は壊滅。

 同時に、侵入経路から逆にたどった企業の治安部の応援もあったから、依頼主の身も護れたのよ。


 でも……暴走した住民は、殆どが犠牲になった。

 特に酷かったのは、自分の意識とは別に身体を動かされていた住民たち。

 中には、自分の家族に向けて自衛の為だった銃を向けた者もいたわ。


 その一つが、[U]の家族だった。


「誰か! 俺を止めてくれ!! 殺してくれ!!!」


 部隊を壊滅させた後、治安部と共に暴走した市民への対処を依頼されたアタシは、商業地区を駆けまわって、その家族を見つけた。

 涙を溢れさせながら、何度も倒れる血まみれの人影に発砲する男は、きっと父親だったのだろう。

 誰かをかばうように倒れた女はきっと母親で、さらにその先に斃れた少年が居る。

 猶予なんて、無い。


「わかったわ」


 銃声が響く。

 せめて苦しまないように、頭部を打ち抜いた。

 男が崩れ落ちるのと同時に、倒れていた少年がアタシを見た。

 それが、[U]との出会い。

 操られて家族を殺した父親を、この手で殺した女。

 あの事件でさえ、アタシと例のハッカーのせいで被害が拡大したと言っていい。


 アタシは、[U]の仇だ。


 □


「その、はずだったのにね。なーんでアーシに弟子入りしようなんて考えるのよ。頭おかしくない?」


 次に会ったのは、オフの時間。

 長期の潜入依頼から解放されて、羽を伸ばしている時ね。

 本来表に出ないはずのアタシの情報を、情報系サイバーウェアを入れただけの筈の子供が突き止めて、アポを取って来たのよ。


「オレが知る裏の人間はアンタしかいないからな。オレには金が要る。表で生きていちゃ稼げるはずもない金がな。なら裏の伝手を当たるしかないだろう? それが親父を撃ち殺した相手でもな」

「……まあ、アーシを突き止められるだけの腕があるなら、裏でも生きていけるでしょうけど」


 裏に生きると言うのは、甘くない。

 それはアタシも身にしみている以上、個人情報なんて明かしている筈もない。

 だというのに、[U]は本来辿れるはずもない糸を辿って、アタシへの正規の依頼ルートを割り出していた。

 その事実から、当時の[U]が既に裏でもやっていけるだけの実力があったのは確かだった。

 多分、他の裏の人間の情報なども調べて、裏での生き方なども調べていたのでしょうね。

 でもだからこそ、情報だけでは足りないものを悟って、先達のアタシに実際の裏の生き方を教え乞おうとしていたのよ。


「……それに、アンタが親父を撃たなければ、オレは生きていなかった筈だ。そこまでわからないほど、ガキじゃない。親父も、お袋と姉貴を撃って、もう生きていられなかっただろうしな……」


 そう言う[U]の口調は、もう迷う時間は通り過ぎたのだと暗に語っていた。

 自分に言い聞かせるなんて風も無く、でも必要な事を為そうとする男の目になっていたわ。


「……感動話は裏で通じないわよ?」

「その辺りの流儀はわかっているさ。信頼と実務。依頼と報酬。契約が全てだってな」


 そう、もうこの時既に、[U]は企業に庇護されて生きて来た少年ではなく、裏の男になっていたのよ。


「ただわかっているだけで実地が足りない。だから、まずは契約だ。情報絡みで後れを取ったのがあの事件なんだろう? 此処に駆け出しだがその手の専門家がいるぜ?」

「……なにそれ、足元を見ているつもり? ……これは交渉のABCから始める必要があるみたいね」


 だから、アタシはこの将来有望そうな、ルーキーを育てる事にした。

 ウェットな感動話は通じないと言ったけど、裏で生きる人間はむしろ逆。

 裏に落ちてくる奴なんて、未練がましいか事情持ちかのどちらかよ。

 ドライな奴は裏で生きるなんてせず、あっさり表側に戻るもの。

 裏に居続ける奴が、何かを抱えていないはずもない。

 ただ、他の奴の事情に巻き込まれない為に、契約という枠で身を護るだけの事。


 そいう言う点で、アタシはもう[U]の事情に組み込まれている。

 いっそ素直にアタシを仇として向かって来たなら話は別だけど、そうでないなら手を貸さない方が気分的に悪い。

 何故なら、あの父親は、アタシに銃を向けなかった。

 銃を向けてくる相手を殺すのは当然。でもそうでない相手を殺した以上、プロとしてアタシにも負い目があったわ。

 何よりあの時、アタシを射抜いた目。

 怨みでもなく、怒りでもなかったあの目に、アタシは今も縛られていた。


 だからせめて、ルーキーが独り立ちするくらいまでは面倒を見てもいい。

 そう思ったのよ。


 □


「それが何? 何処からそんなオーガニック製品の販路見つけてくるのよ……? 想定外にも程があるでしょ? それも専属の護衛としてアーシを雇うって……まったく、人の気も知らないで」


 そんな関係が、ある時あっさり変わってしまった。

 何がどうなっているのか、[U]は高級品の筈のオーガニック野菜を大量に仕入れるようになったのよ。

 あっという間に販売経路を整えて、必要と言っていた金にもめどがついて、いつの間にかアタシは雇われていた。

 先達とルーキーという関係から、依頼主と護衛にあっさり変わったアタシ達は、流されるように塒も共にする関係にまでなってしまった。


「本当に、どうしてこうなったのかしらね……」


 0時の気絶から数分。

 そろそろ[U]が目を覚ます頃ね。

 アタシはチェアに横たわる彼の腰の上に馬乗りになる。

 何度も行っている悪戯だ。

 湿っぽい女では無いのだと、カラっとした陽性の女だとアピールするためには、これでも足りない。

 本当のアタシは[U]が気を失っているこの数分に置き去りにして、頼れるパートナーだとアピールしなければ、アタシが納得できない。

 情が深い女だなんて、弱みでしかないのだから。


「ほんとう、化狐のACが堕ちたものだわ……」


 変幻自在に姿を変えるアタシは、人を化かす狐の様だと言われていたわ。

 [ACアーシー]というコードネームも、大陸の古い物語に出てくる化け狐の名のひとつ、[阿紫]から取ったもの。

 人を化かして揶揄う狐のように、本当の姿を見せずに依頼を達成するのがアタシのスタイル、その筈だった。

 でも、この名こそ悪かったのかもしれないわね。

 化け狐というのは、人を騙して生気を吸う者の外にも、人と情を交わして結ばれる話が多いらしいの。

 だから、こうして長く過ごしている内に、否応なしに情に縛られてしまうのもきっと……。


「ぅ……」


 微かに身じろぎした[U]を感じて、アタシは再び軽い女の仮面をかぶる。


「……っと、椅子で寝ていたか」

「店長、起きた? 相変わらずこの時間にウトウトするねえ」


 契約以上のパートナーを護るために。

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