27 ラボ 無菌エリア 【ポストアポカリプス】世界の夢見る人造生命

「羨ましい」

「はい? 何か言いましたか、教授」


 主に、教授と呼ばれる私のつぶやきに、私のクローンであり、助手タイプとして設定したアルファの一人が首をかしげた。

 私と同じ顔だというのに、いつも通り涼しい顔だ。

 何かも何も、全て察しているだろうに、こうして白々しく聞いてくるのは、原形人格の性格を疑いたくなる。

 それもあって苛立ちを募らせていた私は、遂に決壊した。


「羨ましいと言ったのだよ! 何故、ゆうはマンイーターなどと言うモノを欲しがったんだい!? 私もゆうのモノになりたい!」


 ラボと呼ばれる秘匿研究所の最奥、サバイバー達では決して入れない、そして愛しのゆうでさえ招くことができない無菌エリアに、私の叫びが響き渡る。

 そう、先ほどからの苛立ちの原因はこれだ。

 サバイバーのゆうが先ほどこちらの不手際の代償に、マンイーターの身柄を求めたのだ。

 そのことが、たまらなく羨ましい。

 何故なら、ゆうは私にとって運命の人なのだから。


 □


 そもそも、私という存在は、一種の人造生命体だ。

 知能に特化した調整を施され、文明が蓄積してきた膨大な知識を伝えていくために産み出された。

 崩壊前の文明の技術や知識を、多目的プラントと共に後の世に残す為だけの存在。

 明確に世界が滅びに向かっていると認識したとある国が、極秘裏に製作したのが私でありこのラボだ。

 その目論見は、半ば成功し、同時に致命的に失敗した。

 私という存在を残し、その国は完全に滅びたのだ。


 私という存在を生み出すプロジェクトが、他国の察知から逃れるために何重にも秘匿された結果、僅かに生き残った人々も私という存在を知らず、私はこのラボという揺り篭の中に忘れ去られる事になった。

 これでは、私の存在意義である知識の伝達という目的を果たせない。

 更に悪い事に、わたしという存在は、幾つかの枷を付けられていた。

 その一つが、意図的に設定された免疫不全だ。

 無菌エリアから迂闊に出ることも出来ず、何かあれば即座に処分可能な脆弱な存在として、私は存在することを求められた。

 それだけ私の抱える知識とそれを活用し得る知能は、危険でもあると言う事、


 しかし、その念入りな枷が、私を立ち枯れの窮地に追い込んだ。

 文明崩壊前、各地に作られたシェルターは、内部で殆どの物資を賄い切れる循環型のプラントを採用していた。

 けれどラボのプラントは、多目的かつ多彩な物品の再現を可能にする代わりに、完全な物資の循環は困難なタイプ。

 それが、私という存在を、じわじわと追い詰めていった。


 誰も知らないラボに、補給をする者などいない。何故なら、そんな場所を知る者さえいないのだから。

 私がラボから出る事も叶わない。何故なら、ラボの外は変異した病原体に溢れている。

 保護スーツを着ていても数時間の活動が精々であり、まして肉体的に脆弱な私が生き延びられるほど、外の世界は甘い世界では無かった。


 そして、そこまでの状況を把握するのに、私はラボの中に僅かに残されていた物資の大半を浪費していた。

 そもそも、私が生まれたのは、世界が滅びた後の事。

 ラボという揺り篭の中で生まれ育ち、求められた機能を果たせる年齢になるまで、外の世界の事を疑問にも思わなかった。

 来るべき時が来たならば、私は私の役割を果たす。そんな植え付けられた使命感から脱却して、外の世界について調べ始めたのも、ラボ内の物資の底が見え始めてからの事だったのだから。


 結果、私は絶望した。

 このまま、何もなせず、誰にも知られず、ただ存在した上に朽ちて死ぬ。

 もしくは、無謀にも外の世界に出て、凶悪過ぎる変異生命体の餌になるか。

 そんな未来しか予測できなかった。


 だからこそ、


「……ここは?」


 ある時、ラボに続く廃墟へとやって来た彼は、ゆうは私にとって救い主だったのだ。


 □


 ゆうという少年は、初めに会った時から、不思議そのものだった。

 虚空へ物を出入りさせる、崩壊前の文明ですら為し得なかった謎の力に、変異クリーチャーをものともしない強力な念動力。

 同時に、あれほどの変異能力を持ちながら、安定した精神に、最低限の変容に留まった肉体。

 何より荒れ果てた世界で生き抜いていたにもかかわらず、彼の心は澄み切っていた。


「困ってるの? ……これとか、役に立つ?」

「も、勿論だとも! これで色々と出来る事が増えるよ」


 私とラボがこのままでは立ち枯れると察した彼は、虚空から、彼が狩ったと思われる変異体の死骸を、無数に取り出してくれた。

 ラボにある万能プラントは、物資さえあれば大概のものを作り上げられる。

 物資不足で様々な手段を断念していた私にとって、その厚意はまさしく救いそのものだった。

 無菌エリアと外部に繋がるエリアとを隔てる壁が無ければ、私は彼に感謝のキスの雨を降らせただろう。

 何より、こんな荒れ果てた世界で、他者を気遣えるその心が、私にはあまりにも眩しかった。


 そもそも、ラボにやってきたサバイバーは、彼だけではない。

 流れのサバイバーが、私の記憶に在るだけでも何度かラボの付近にやってきたことがある。

 しかし、いずれも略奪者であることを隠しもしなかった。

 その為そういったサバイバー達は、ラボに招き入れることなく、やりすごしていたのだ。


 何しろ今はともかく、当時はラボの防衛戦力も欠けていた。

 私が生まれる前、大戦末期にラボへと侵入してきた人型兵器──マンイーターによって、防衛機能や研究員の殆どが失われていたのだ。

 万が一武力行使に出られた時、その頃の私には対抗手段が無く、無菌エリアに強引に立ち入られたなら、入って来た細菌だけでも私は死に至っていた筈。

 だから、私はそれが自らの死へと続く道の一つと知りながらも、ラボの扉を閉ざしていた。


 そんな私を救ってくれた彼は、私にとって救いであり、運命そのものだった。

 研究員たちが残したプライベートなデータにあった、閉じ込められた姫を救い出してくれる王子様のような……。


 □


「教授、口に出しています。あと自分をお姫様に当てはめるとか、いい年して恥ずかしくないんですか?」

「助手が酷い!? こう見えて私は君らの生みの親なのだよ!?」

「これについては関係ありません。それに、折角のゆう様の温情をわからないわけでは無いでしょう? ゆう様は、本来責任者であるはずの教授の責任を問わないと、暗にそう言っていただけたのですよ? 明らかに管理不行き届きだったのにもかかわらず、です」

「ぐぬぬ……」


 防衛兵器としてレストアしたマンイーターは、かつてこのラボを壊滅に追いやった災厄だ。

 本来多くの研究員と防衛機構が備わっていたこのラボに、過去の大戦末期一体のマンイーターが侵入してきた。

 結果ほぼすべての研究員と防衛機構と引き換えに撃退できたものの、これにより外部にはこのラボは死んだものと扱われたらしい形跡があった。

 それを、レストアし防衛機構に据えたのは、一種の意趣返しだ。

 もっとも、かつての侵入時には全身武器庫のような火器の塊だったマンイーターも、弾薬が貴重なこの世界ではそのままの装備を維持できず、何度でも使いまわせる単分子ワイヤー射出装置へと変えたのだけれど。


 それが、まさかゆうの興味を引いてしまうとは。

 一度彼と戦ったことで、その性能を評価された部分もあるのだろう。

 こんな事なら、彼の生体情報を何とかして得ていれば良かった。

 そうすれば、生体情報と同時に、私の宝物に……。 


「はいはい、また口に出していますよ? あと流石にその発言は引きます。崩壊前のストーカーですかあなたは」

「ストーカーとは失礼な! 私はこう崇高で純粋な思いの発露としてだね……」

「そういうのは、どうでもいいですから、早く着替えてください」

「流された!?」


 ちょっと夢見がちになった私を、アルファの中でも年上の個体が水を差す。

 私の細胞を使ったクローンでありながら、助手のアルファたちは私に厳しい。

 彼女達の人格は、研究員たちが残した人格データをインストールしているせいか、外の事や他人をろくに知らずに育った私よりも、余程大人びている。

 それは外からのサバイバー達の対応を任せられるほどに頼りになる者ではあるのだが、生みの親であるはずの私の扱いも時折ひどくぞんざいになるのは、どうにかならないものか。


「まともに取り合う気にもなれないだけです。まだ幼いゆう様をひそかに王子様と呼び懸想する、歳の差も恐れない無謀な年増の時点で、世が世なら犯罪そのものですから」

「年増言わないで!?」


 いや確かに、データベースに残る文明崩壊前の世界なら、このケースは犯罪として私は法に掛けられるであろうことは理解している。

 だが、私にとって彼はそれほど重い存在なのだ。

 こればかりは譲れない。

 それに、彼と共に生きるための準備は着々と進めている。


「……ま、まあいい。では、今日の処置を進めてくれないか」

「ええ、お任せください、教授」


 アルファ達に着替えを手伝われ、私は手術着に着替える。

 これから、定例の処置が待っている。

 彼と同じように、外で生きるための処置が。


 □


 私という存在が彼と共に生きるには、幾つかのハードルがある。

 そのうちで最も大きいのは免疫不全だろう。


 私の身体は、汚染前の世界の病原菌でさえ耐えられない程に脆弱だ。

 ほんの短い時間で合併症を引き起こし、早々に命尽き果てる程に。

 ましてや、今の外の世界は、変異した病原菌やウィルスで溢れている。

 恐ろしい変異体ですら全身を腐らせて息絶えるような、凶悪な伝染病がはびこっているのだ。

 

 しかし、病理に対して対抗策が無い訳ではない。

 それが、抗体。

 ラボで私のクローンを作り出しているのは、何も研究の助手や戦力とするだけではない。

 私と同じ存在を段階的に外の世界で過ごさせる事で、徐々に抗体を付けさせるためだ。

 本来免疫不全はそれほど簡単に解決する問題でも無いのだが、私にはその知識がある。

 私と言う存在そのものの改造手段も、私の知識の中にあった。

 勿論それは私に課せられた枷を外す手段であるから、厳重なプロテクトが仕掛けられていたものの、十分すぎる時間があった私には、

クローン全てに接種することで、少しづつ外の世界に対応できる身体へと作り替えているのだった。

 とは言え、それは平坦な道ではない。


 初期のクローンは抗体を作ることも出来ず、無菌エリアの外で活動できるようになるまでに第三世代のガンマ型までかかった。

 更に、ラボの外で活動できる第五世代イプシロン型に至って、ようやく私の目指す抗体を得られるようになり、今に至っている。

 彼女達の抗体は、初期のアルファ型にも行き届いて、数人はゆうの世話係を任せられる程にもなっていた。

 ふふふ、計画は順調だ。


 □


 処置は、小一時間ほどで終わった。

 骨髄へ注入されたクローン由来の強化抗体は、直に私の体の中で活性化するだろう。

 同様の処置を繰り返したおかげで、既に私は無菌エリアからほんの少しだけ出られるようになっている。

 つまり今なら、ゆうと直接と触れあえなくとも、同じ部屋で過ごすことまで出来るのだ。

 なんて素晴らしいのだろう。

 ただ、それをするにも、ゆうには除菌処理を受けて貰わねばならない。


「……それで、ゆうは今どうしている?」

「よくお眠りになっています。やはり長旅でお疲れなのでしょう。昼にはイータとも戦闘されたそうですし、食事も十分にとられましたから」

「そうか……」


 なら、今夜は我慢しよう。

 愛しの王子様の健やかな眠りを妨げるなんて、あってはならない事だ。


「……で、ラボで過ごすゆうの記録は?」

「もちろん、一切全て保存していますわ、教授」

「そうか……!」


 私は、無菌室の最奥の一つ、私のプライベートエリアに急いだ。

 私の王子様の、あらゆる姿をこの目に焼き付けるために。

 どうやら、今夜は眠れそうに無さそうだった。


───────────────

後書き


2月中は諸作業の為、更新間隔が伸びる見込みです。

週1か2くらいが精々になるかと……。

あと、1.5章は昼12時更新で行く予定です。

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