1.5章 彼女達の四者四様

26 夜 編入生女子寮 『ファンタジー』世界の悩める優等生

実験で昼休憩更新。


※主人公とは別視点となります。



「はぁ~~~~~~」


 私は、寮の自室で、重いため息をついた。


「ちょっとぉ、そう言うの止めてよ。こっちまで気が重くなるじゃない」

「だってねえ、仕方がないじゃない。勝手に溢れてくるのだもの」


 ルームメイトのアヤメ・ココノエから文句が飛んで来るけれど、私、ミオ・サカキはそれどころじゃないの。


(今日も彼に厳しい態度を取ってしまったわ)


 思い起こすのは、その事ばかり。

 昼間の事を思い出しては、重いため息が溢れてくる。


「そんなに悩むなら、愛しの天才君にもっと愛敬を振りまけばいいのに、ホント損な性分よねえ」

「愛しのっ!? ……そ、そんなのじゃないわよ。それに、好きで厳しくしているわけじゃないのよ。でももう一人が、問題ばかりおこすから!」

「生真面目なのも時によりけりねえ」


 アヤメから、愛しの、と言われて頬が熱くなるのを感じる。

 でも、私の彼へのこの気持ちは、多分違うわ。


 今や、この帝立魔術学校で知らないものは居ない、彼。

 ユウ・サクライ君。

 私が彼に抱いているのは、もっと別のものよ。


 □


 初めて彼の魔術を見たのは、彼が編入してきて直ぐの事だったわ。


「あ、やべっ! 暴走した!?」

「えええっ!?」

(何、この巨大な魔力は!?)


 寮の中庭で突然巨大な魔力が膨れ上がったの。

 そのまま放置したら、寮が半壊するような何かが起きる、そんな強大な力。

 たまたま中庭に続く回廊に居た私は、『編入組』寮の主席を任されていたのもあって、せめて被害を軽減するために、中庭に向かったわ。

 そして、直後に見たの。


「ま、間に合ったぁ……」

「おぉぉお!? すげえな、お前!」


 魔力の暴走からくる衝撃を、障壁が防ぎきる光景を。

 でもそれはあり得ない光景の筈だった。


(あんな魔力の暴走を、そんな障壁が抑え込める筈がないわ!? 一体どうやって!?)


 私だって、『編入組』ではそれまでトップの実力と言われていたからこそ解るわ。

 本来、あんな基礎的な障壁では、圧倒的な魔力の干渉で魔術式が歪められてしまう。

 その先に待つのは、魔術式の崩壊による、効果の消滅。

 つまり、あの衝撃が『編入組』寮を吹き飛ばす、悲劇よ。

 なのに、彼の障壁は、あの魔力の洪水をたった数枚の障壁で防いで、唯一開かれた空高くへと、煙突の様に導いて行ったわ。

 それを可能にしたのは……、


(……なに、コレ? 魔術式が、重なっている? ……いえ、奥行きが、ある?)


 彼、ユウ・サクライが織り上げた、立体的魔術式に寄るものだったの。


 □


 通常の魔術式というのは、特定の魔術文様を魔術の線で組み合わせる、一種の絵と捉えることができるわ。

 それは理路整然とした、幾何学模様が織りなす美しい絵画。

 素晴らしい使い手が織りなす魔術式は、まさしく芸術と言っていい美を持ち合わせているわ。

 だけど、それはあくまで平面的な広がり。

 何処まで行っても絵でしかない。


 だけど、彼の魔術式は違った。

 奥行きのある、魔術式。それは例えるなら、彫像よ。

 複雑な文様が立体的に絡み合い、時に平面だけでは生み出せない文様を幾重にも重ねていく。

 私よりも数年は年若い経験不足からくる魔術式の未熟さは確かにあるけれど、それを補って有り余るほどに、彼の魔術式は画期的だったの。


 だから、あのもう一人の天才にして天災の、カイ・ミドリヅカの魔術暴走を食い止める事さえできたのね。

 普通の障壁が木の板なら、彼の障壁は重厚な城壁のような……いえ、もっと的確なのは、高さ、かしら?

 その厚みは、空に浮かぶ雲に手を伸ばす様なもの……それ程迄の、決定的な差を感じたの。


(これが、本当の、本物の天才……)


 同時に私自身との才能の差を。


 だけど、敗北感は無かったわ。

 何かと向こうから嫌がらせをしてくる『内進組』のサンジョウ君に負けるのは、生理的に無理だけれど、こうも明らかな差を感じてしまったら、もう憧れるしか無いもの。


 □


 それから私は彼のことを調べて、直ぐに夢中になったわ。

 幼少から今までにない魔術を次々に開発する、発想の天才児。

 簡単な発声の魔術を利用した多重詠唱や、あの有名な『ストレージ』の魔術の開発者。

 私よりも幼い彼が見せてくれる魔術の世界は、どんな芸術よりも私を魅了した。

 そして、先達として、同じ『編入組』の彼をより良く導いて、彼を大成させてあげたい、そう思うようになったの。

 だけど……、


「ごめんユウ! また失敗した!」

「またぁ!?」

「ミドリヅカ君! ちょっといい加減にしなさい!! サクライ君も甘やかさない!!」

「ご、ごめんなさい!!」


 サクライ君といつも一緒に居る、騒動ばかりおこすミドリヅカ君を注意すると、どうしても一緒に居る彼まで巻き込む形で厳しくしてしまう。

 四角四面な自分の性分が、恨めしく思えてしまうわね。

 今日も、ミドリヅカ君を注意する流れで、サクライ君にも小言を言ってしまって、思い返して私はため息をついている。


「……はあ、上手く行かないわ」

「あの二人、何時も一緒だものねえ。一人にはなかなかならないし。天災君を一人にするわけにもいかないからでしょうけど」

「頻度は減っているとは言っても、暴走は起きるもの。全部被害無く防いでいるサクライ君は凄いわ……」

「そう思うなら、直接褒めてあげればいいのに」

「そう思っても、何故か上手く行かないのよ! 今日はサンジョウ君まで邪魔になったし」

「邪魔、ねえ……ホント、御愁傷様よね、あのお坊ちゃん」


 『内進組』のサンジョウ君は、以前は私に絶えず嫌がらせを続けていたのだけど、今その矛先はサクライ君とミドリヅカ君の二人の天才に向けられているの。

 私はおかげで助かったけれど、それはつまりサクライ君と二人で話す機会を私から奪っている事でもあるわ。

 本当に、邪魔な人。

 そう言うと、ルームメイトのアヤメは何時も微妙な表情になるの。

 何故かしら?


「サンジョウ君の事はどうでもいいのよ。とにかく、私はサクライ君ともっと交流したいの!」

「交流、ねえ? いっそ露骨に誘惑でもしてみたら?」

「そんな恥ずかしいマネできる訳無いじゃない!!」

「私がやってもいいけど?」

「絶対に駄目!!」


 私は、馬鹿なことを言い出したルームメイトを全力で止めた。

 アヤメは、同年代とは思えないような、メリハリのある体つきで男子にとても人気がある。

 おまけに陽性の性格はとても奔放で、色々と勘違いさせることの多い娘なのよ。

 怖いのは、その辺りを自覚してやっている事ね。

 男子を手玉に取って遊ぶのが好きとまで言うのだもの、ルームメイトとして頭が痛いわ。


 そんなアヤメが、サクライ君を誘惑したらだなんて、想像もしたくない。

 ただでさえも美しい彼の魔術式が日々成長しているのに、アヤメに迷わされたら彼の為にはならないわ。

 そんなの絶対に駄目。


「はいはい、悪かったわよ。ホント、天才君の事になると必死になっちゃって」

「そ、そんなこと、無いわよ?」

「誤魔化しきれてないわよ、全く。まぁ、そこまで想っているなら、次の実習はチャンスじゃない?」


 ひらひらと手を振りながら話題を変えるアヤメに、私は言い様にあしらわれている気もする。

 けれど、彼女が言うように次の郊外実習はチャンスね。


 来週行われる郊外実習、それはダンジョン探索。

 複数人でチームを組んで、ダンジョンに実際にもぐりこむと言うモノなの。

 この時、チームは比較的近い実力の人員で組まれる。

 学年も超えて編成もされるから、きっと私は彼のチームに加われるわ。

 そうなれば、長い時間を一緒に過ごすことができる。

 まさしく、アヤメの言う通りに素晴らしいチャンスなのよ。

 でも……、


「……ミドリヅカ君が、邪魔ね」

「マジトーンで言わないでよ」


 恐らくいつも通りにサクライ君と同じチームで動くであろうミドリヅカ君が、何とも邪魔だわ。

 彼も魔力の暴走や天然過ぎる性格さえなければ、良い後輩なのだけど……どうしても心情としてあまり良くない方向になるのは仕方ないわ。

 ついつい内心の黒いものが溢れそうになってしまうもの。


「……さっきの誘惑の話、ミドリヅカ君にならしても良いのじゃないかしら?」

「私も選ぶ権利があるのですけど!? 天然で天災の天才とかどう考えても厄介なだけじゃない」


 アヤメが必死になって拒否しているけれど、コレは仕方ないわね。

 サクライ君のカバーが無かったら、ミドリヅカ君の魔力暴走は身近に居て欲しく無いもの。


「それに、私の好みはもっと年上なのよ」

「あんなに男子を弄んでいるのに!?」

「人聞きが悪いわね。遊びと本命は別の話ってだけよ。私はもっと影のある大人の男が好みなの」


 そういう彼女だけれど、彼女が大人の男性を好む理由を私は知っているわ。

 アヤメはこう見えても実力主義で、自分より弱い相手に価値を認めていないの。

 男子の多くを弄んでいるのも、実力が無いのに彼女にいい所を見せようとする人達が多くて、飽き飽きとしたから。

 特に『内進組』の男子は毎回手ひどく振っているから、少なからず怨まれているらしいけど、今のところアヤメが暴行された事はないわ。

 彼女も、サクライ君たちが編入するまでは『編入組』の中でも私に匹敵する魔術の使い手として目されていたのよね。

 だから、普通の男子は好みの外なのよね。

 ミドリヅカ君なら実力では当てはまるけれど、天然な所が嫌みたい。


 多分、彼女も含めてサクライ君達とチームを組む事になるわ。

 ただ、一つ懸念もあるの。


「問題は、競争よね。『内進組』はサンジョウ君を中心に実力者を集めるでしょうし」

「避けては通れないわよねえ」


 このダンジョン実習は、毎年行われているものだけど、一つの不文律があるわ。

 それは、『内進組』と『編入組』で競争をして、ダンジョン最奥に到達して課題を済ませた方が、次の実習迄の主導権を握れると言うモノ。

 去年は、サンジョウ君達『内進組』が勝利して、私達『編入組』はとても悔しい思いをしたの。

 『編入組』の中には、今回の実習でリベンジすると息巻いている子もいる位。

 でも、これに関して私は楽観的。

 サクライ君とミドリヅカ君、そして私とアヤメなら、誰よりも速くダンジョンの奥深くまで到達できるはずよ。


 むしろ、怖いのは妨害ね。

 このところサンジョウ君は行き過ぎた部分があるから、御実家の伝手を使ってでも勝ちを拾おうとして来るかもしれない。

 そうなった時、何をしてくるか、まるで予想がつかないわ。

 でも、それでも。


「ま、ミオや天才君達が居たらなんとかなるでしょ」

「他人事ねえ」

「信頼と思ってほしいわね」


 きっとサクライ君達となら、乗り越えられる。


 そう思うと、先ほどまでの重い気持ちがようやく和らいできた。


「……明日、サクライ君達に実習のチーム分けについて話を聞いてみようかしら?」

「いいわね、そのまま押し倒しちゃえ」

「だから、そんなことしないったら!」


 茶化してくるアヤメに返しつつ、私が明日の予定を考える。

 どうやって、彼に話しかけようか?

 そんな事を考えている横で、告時妖精が消灯の時間を告げる。


 こうして、私の一日が終わったのでした。

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