25 エピローグ 日中 「伝奇」世界で憂う者・蠢くモノ

※主人公とは別視点になります。


 仮設テントの中、文部科学省文化庁、文化財第零課、第五支部 第22班班長の三郎渕は、昨夜の出来事を思い返していた。

 何波にも分かれて発生した妖怪の群れと、滅多に生まれるはずの無い、大妖級の出現。

 偶然まぎれ込んだ一般人と、見習いの不覚。

 そして謎の少年と、妖刀の異常。

 これらは、何を示しているのであろうか?


(……分からんな。だが、妖怪の群れは人為的に発生した、コレは間違いない)


 妖怪達が発生したこの付近の遺跡には、痕跡があった。

 何者かが、芯核を意図的に配置していたのだ。

 その痕跡は幾何学模様めいており、明らかに意図をもって、妖怪達の元である陰の気を呼び寄せる仕組みになっていた。


 この付近は、大都市圏の外れに当たる。

 日中は都市部に流れる人々の、ベッドタウンに当たる地域だ。

 その為、夜の人口は相応に多い。

 つまり、その人々から自然と放出される陰の気が、夜間に取り込まれやすいと言う仕組みだ。


 人口が多い都市部中心では、第零課の支部の戦力が多く配置されているため、今回の妖怪の群れで拡班が相互に連携して対処できたはずだが、22班担当地域は各班のカバー領域が離れている為単独で当たるしかなかった。

 それが昨夜の苦戦の原因でもあったが、これが人為的に引き起こされたのだとしたら、その理由は明らかだ。

 22班は狙われたのだ。

 だが、何故?

 三郎渕には、幾つか思い当たる節があった。


(考えられるのは、妖刀と……もう一人か)


 三郎渕の持つ妖刀は、他のものと比べ幾らか特殊だ。

 多くの妖刀は、扱いが困難とは言え次第に使い手を認めていくものだが、彼の妖刀──銘を付けられる事さえ拒んだ無銘の一振りは、未だに使い手を定めていない。

 三郎渕の消耗も、扱う事は許されても真の使い手として認められていないが故だ。


(だが、あれから妙に体調がいい。何故だ……?)


 その無銘の妖刀だが、昨夜から様子がおかしい。

 これまで取り付く島もない孤高の武人のような有様から、妙に態度が柔らかくなってしまったのだ。

 あの戦闘の後、未だ消耗に苦しんでいた三郎渕が納刀しようとすると、分け与える様に幾らかの力が流れ込んできたのだ。

 おかげで、本来は消耗で倒れ数日は動けなくなるところを、こうして日中も活動できる程度まで軽減されている。

 流石に疲労感はあるものの、我慢できないほどではない。


(……一体、どういう風の吹き回しなのだか)


 使い手として認められたわけでは無いのは確かだ。

 言うなれば、機嫌がいいから駄賃をくれてやった……そんなところだろうか。

 そしてその機嫌のよさの原因は、ただ一つ。


(やはり、あの少年を使い手と認めたのか)


 昨夜現れた謎の少年だろう。

 体格も含め姿を変える不思議な力は、京都支部に多い陰陽師の流れをくむ者達が扱う幻術を思い起こさせた。

 当初は女性の姿をしたもう一人が居たが、途中で消えた事からアレは陰陽師が扱う式神であった可能性もある。

 だが、それら陰陽術に特有の陰と陽の二つが混ざり合った気が感じ取れなかったため、断言はできない。


(とにかく情報が足りんな)


 なお、例の三つ首が居た遺跡──古墳群第5号墳は、今朝から警察が現場検証を行っている。

 名目は、イタズラと思われる遺跡荒らしに対する検証だ。

 無理もない。古墳表面は荒れに荒れ、石室への横穴付近や周辺で掘り起こされた跡のようなものさえ見つかっているのだ。

 恐らくは愉快犯による犯行と処理されるのだろう。

 ただし、そこで調べられた情報は文化財第零課にも回ってくることになっている。

 事実先ほど一報が入って来たものの、特に際立った情報はなかった。

 あの少年が振るったと思われる妖刀にも、指紋などがあるかと検証してみたものの、その痕跡すら見つかっていないのだから、幻術を疑いたくもなると言うモノだ。

 

(やはり幻術……いや、いかん。疲労で思考が偏っているな。コレは一旦保留だ)


 纏まらない思考を、三郎渕は手にしていた缶コーヒーを飲み干し、押し流す。



 もう一つの、思い当たる節、彼女──神谷奏恵。

 彼女に関しては、表に出ない情報を嗅ぎつけ、直接の関与を避けながら害そうという者が居てもおかしくはない。

 彼女は、いうなれば、媛なのだ。

 現状は見習いとして彼女を預かっている立場だが、本来三郎渕の家系は彼女の本家筋に仕えてきたため、彼女の素性を三郎渕は十分に理解している。

 その身を亡き者へと願う者が居ても、不思議ではないと知る程度には。

 もっとも、他の隊員はその事を知る由も無く、三郎渕も表に出すことはないのだが。

 そこまで考えて、三郎渕は運の悪い一般人の件を思い出す。


(……たしか、結界の中に紛れ込んでいた一般人は、彼女の同級生とのことだったな。調べたところ素性は明らかだが……まさか、御霊刀使いの素質があるとは)


 神谷の同級生である桜井夕については、この時間帯に至るまでにその素性や家族構成、普段の素行に足るまでほぼほぼ調べ尽されている。

 ごく普通の5人家族で、両親と妹と同居。その家系を辿ると、6代ほど前に山の民の血が入っていることが判った。

 恐らくは、素質はそこからの隔世遺伝なのだろう。

 成績や生活態度は、可もなく不可も無く。

 あえて言うなら……


(買い食い、か。若いと言うのは羨ましい事だ)


 良く、大量の携帯食などを買い込んでいるらしいこと位か。

 家族関係も良いらしく、手伝いなのだろう食料品を買う姿もよく見られている。

 比較的体格は良い側らしいかの少年は、食欲旺盛な年ごろだ。

 思う存分食欲のままに食べ物を貪っているのだろう。

 三郎渕も若い頃は身に覚えも在るだけに、その食欲が羨ましくもある。


(肉の脂を忌避するようになってどれくらいになるか……いかん、思考がまた逸れる)


 三郎渕は再度無糖のコーヒーで頭をはっきりさせると、件の少年について更に思考を巡らす。

 御霊刀使いである点で、先の戦いの途中乱入してきた少年との関連を調べてはいるが、体格も服装も全く別であり、どうにも一致しない。

 都合よく偶然これまで未発見の御霊刀使いが二人も見つかることなど、あり得るのかとも思う。

 しかし、人の身体とは変えるにも限界がある。

 成人男性に近い体格の高校生が、小柄な小学生程の少年に成り代わることなど、余程の幻覚でも困難だろう。

 むしろ、迷い込んできた少年に意識を向かせて、かく乱させようとするような意図さえ疑いたくなる。


 とはいえ、貴重な御霊刀使いなのは間違いない。

 昨今のこの付近の妖怪の異常発生が人為的であることが明らかになった以上、戦力を補強する必要がある。

 狙われる理由が幾つかある時点で、警戒の度合いを引き上げるのは当然の事だ。

 とはいえ、他の班からの応援というのも難しい。

 御霊刀を扱える人材というのは、限られているからだ。

 となると、組織外の人材であろうとも、引き込む必要があるだろう。


 幸い、全く事情を知らない相手ではない。

 昨夜の案件で世の裏の危険を知って、自らが生きる裏に潜む危険と言うモノを理解したならば、何らかの反応はあるだろう。

 もっとも、相手は未成年であり、扱いが難しいのも事実なのだが。


(既に、神谷経由での面会の申し入れは行っている。まずは人となりを見定めるか)


 接点が多い神谷を介してであれば、問題の少年とのやり取りも容易い。

 これ以上は、神谷からの報告書と、少年からの返答を待ってからで十分だろう。

 三郎渕にも、昼間の顔と言うモノがあるのだ。

 そう思ったタイミングで、仮設テントの入口が開いた。


「居た居た。三郎渕教授、そろそろ時間です。みなさん待っていますよ」

「おや、もう時間でしたか」


 顔をのぞかせているのは、研究助手だ。

 三郎渕の表の顔──県立大の考古学教授としての彼の助手で、様々にサポートしてくれる優秀な人物であった。


「教授、疲れてます? 朝から顔色が悪いとは思っていましたけど」

「何、問題は無いよ。それより、遺跡荒らしの方が問題だ。5号墳は酷い有様と聞くからね」

「愉快犯ってのは何で目立ちたいだけであんなことできるんですかね……」


 抜けきらない疲労を見抜かれつつも、三郎渕は助手と共に仮設テントから出る。

 そこは、古墳群の一角だ。

 三郎渕は、発掘拠点であるここをベースに、幾つかの遺跡の調査をしている所だった。


「とはいえ、ここも少し荒らされていたからね。作業開始は検証の後になるだろうけど」

「全く、何処の奴らか知りませんけど、酷いですよね。貴重な遺跡を何だと思っているのか」


 三郎渕は、助手と連れ立って遺跡に向かう。

 そこには10人程度が集まっていた。発掘を行う学生や、その手伝いのバイトの面々だ。

 その中の一人に一瞬目をやった三郎渕だが、直ぐに今日の発掘の予定を全体に伝え始めた。


(……奇運と言うものは、あるものだ)


 バイトの一人、付近に暮らす主婦である彼女の姓は、桜井。

 結界に迷い込んだ御霊刀使いの素質を持つ高校生、彼の母親であった。


 □


「あの件、失敗したらしいよ」


 同日、とある雑踏の中。

 世間話をするように語り合う二つの人影があった。

 年のころは、老人と少年と言った所か。

 老いを感じさせない背筋の張った立ち振る舞いの老人は、老紳士とも言うべき威風でカツカツと音を立てて歩きながら少年を問いただした。


「何?」

「あいつがね、悔しがってたよ。あれだけ資材を投入したというのに! だってさ」


 少年の方は、如何にも常時イタズラや楽しみを求めているような、悪童に見える。

 今も、何か大きな失敗をしたらしい相手を、身振り手振りを以って全力で馬鹿にしていた。

 もし件の人物がコレを目の当たりにしたのなら、瞬時に怒り狂いかねない煽り力だ。 


「資材や費用をかければ全てが上手く行くと言うのは、願望に過ぎん。あやつは現実主義を謳う割に楽観が過ぎるな」

「だからいつも損切りに失敗するんだよね~」


 対する老紳士は、動じた様子もない。

 煽られている対象が老紳士ではないからだろう。

 むしろ冷徹にその人物を酷評する様に、少年は意を得られたとばかりに微笑む。

 その姿は仲の良い祖父と孫の様だ。


「しかし、失敗したと言うのなら、動かねばならん。アレは拒否するであろうが、お前が力を貸すがいい」

「え~、アイツの下につかないといけないの?」

「我らの目的の為には、仕方なかろう? 我も手に余裕はなく、あの女はまだ戻ってきていない以上、身軽なお前が適任だ」


 言い聞かせるように少年を諭す老人だが、少年の表情は不満に満ちている。

 余程、アイツという人物を良く思っていないのだろう。


「わかっているだろう。すべては、<全なる一の為に>、だ」

「……もちろん、わかってるよ。でも、アイツの部下扱いだけは嫌だから!」

「それでよい。アレも失敗した今、お前には強く出られまい」


 しかし、老紳士の説得に、渋々ながらも折れた。

 それでも、譲れないものはあるようで、少年は何かの了承を取り付けていた。


「ならいいんだけど……まあ、いざとなったら逃げるよ。それでいいよね?」

「もちろんだ。では、頼んだぞ」

「わかった!」


 雑踏は何時しか交差点に差し掛かっていた。

 短いやり取りの後、老紳士はその伸ばした背筋と同じくまっすぐに進み、少年は交差した方向へと別れていく。

 そして、そのまま雑踏に消えて行った。


 ──1章 完──

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