24 エピローグ 翌日 「伝奇」世界の人材スカウト

「説明してもらえるかしら?」


 日が傾いた放課後の図書資料室。

 俺は、普段の様に図書委員として働こうとして、神谷さんに強引にここへと連れ込まれていた。

 何時もよりもややジト目な彼女は、昨夜あれだけの事があったにもかかわらず、疲れの色さえ見せていない。

 ただ、抑えきれない戸惑いがそこにあった。

 まあ、神谷さんの気持ちも分からなくはない。


([まあ、無理もないだろうな。「コモン」が此処までひたすら素のままで過ごしていたからな……])

(「いやだって、ここまで授業もあったし、昼も神谷さんは何か忙しそうだったし……」)

(『それはそうなんだけどね……』)


 昨日の夜から、この放課後まで、神谷さんをスルーし続けていたからな。


 □


 あの化け物を斃した後、俺は早々にあの場から退散していた。

 あの場に留まれば、面倒なことになるのは明白。なら、逃げるに限る。

 幸い、あの場で「俺」の姿を見た者はあの妖怪だけだ。

 忍者達には【ポスアポ】や『ファンタ』の姿を見せただけ。神谷さんの報告を加味しても、二人が俺であるとは繋がらないだろう。


(「『ファンタ』、俺達の痕跡を消してくれ」)

(『わかった。家事妖精、掃除の時間だよ!』)


 更に、念には念を入れる。

 俺の頼みで『ファンタ』が魔力で生み出したのは、魔術学校で働く家事妖精だ。

 その姿はすぐに透明になるが、その働きは確か。

 寮の清掃を完ぺきにこなす家事妖精の力は、辺りに落ちた【ポスアポ】や『ファンタ』の髪の毛などを綺麗に消していく。


(「これも、ここに置いて行かないとな」)

(『持っていくわけにもいかないしね』)

([ああ、その方が良い。企業の治安部と同じで、こういうのは管理に厳しいんだ。盗もうものなら、奴ら死にもの狂いで探しにかかるぞ])


 俺は手にしていた刀を地面に突き刺した。

 この凄い力を秘めた刀を持ち帰るのは、どう考えても騒動の元だからだ。


「………っ!?」


 しかし、そう思って手放すと、刀から流れ込んでいた力が失われたせいか、途端に強い疲労が襲って来る。

 あの隊長忍者のような消耗までは行かないものの、凄まじい睡魔が押し寄せたのだ。

 まるで、0時頃に襲ってくる交代前後の気絶のようで、意識が遠くなりそうだった。


(「ちょ、これ拙い……『ファンタ』、交代! で見えない内に飛んで逃げてくれ」)

(『わかった!』)


 そこで、周囲の忍者に気取られる前に、『ファンタ』と交代して上空に逃れ、気付かれないように飛んで逃げたのだ。

 幸い、近くで倒れていた隊長忍者も、他の忍者達も上方向には意識が向かなかったらしい。

 下面に周囲の光景を映す[サイパン]のドローンとも一緒に移動したから、それで気づかれなかった面もあるかもしれない。

 こうして、俺は遺跡から無事に逃げ出したのだった。

 なお、刀を握った際の俺の指紋も、家事妖精は綺麗にしていたらしい。見事なものだ。


 その移動の途中の事だ。


(『ん? ……結界が消えた?』)

([ようやくか])


 不意に、深夜とは言え僅かに活動する人の気配が伝わって来た。

 どうやら、神谷さんが対妖結界と呼んでいたモノが消えたらしい。


(【丁度いいから、そのまま家に帰ろう】)

(『交代してあの眠気が来たら、道端で寝かねないからね……』)

([酔っぱらいかよ。こっちの世界だと飲酒を怪しまれて捕まるぞ])


 結界が無くなれば、空の『ファンタ』を阻めるものはない。

 皆の言う通りに、俺達は自宅付近まで飛び、睡魔に耐えながら家に帰ったのだ。


「男の子は夜出歩きたくなるとは言うけれど、深夜はちょっと……」

「お前はまだ学生だ。わかっているな?」

「はい……ごめんなさい」


 ちなみに、両親には帰りが遅くなり過ぎたことで叱られた。

 普段の生活態度から、夜遊びなどは疑われなかったものの、それはそれとして問題はあると言う事だった。

 まあ俺も0時前後の気絶があるから、余り夜更かしはしない方だ。

 その辺り両親も理解しているので、途中眠たくなったから休んでいたと伝えて、一応納得してもらえた。


([親父とお袋の言う事は、聴かないとな])

(【大切な事】)

(「……ああ、そうだな」)


 どうも、[サイパン]や【ポスアポ】の事情もあるので、俺は両親に頭が上がらない。

 元気で居てくれる、その事がどれくらい有難い事なのか、ある意味実体験しているからだ。


「う~ん………お兄ちゃん……そこはシベリアだよ……」

(「寝言がデカい。あと何の夢を見てるんだ……?」)


 ちなみにその家族の一人で、そもそも深夜の外出をする羽目になった原因の旭は、とっくに自室で寝ていた。

 壁越しに聞こえる寝言はどうかと思う。

 まあ、それはいいんだ。

 問題は……、


「まあ、くるよね」

([鬼凸されるよりはマシだが、文面の圧が強いな])


 クラスチャットから追ったのか、俺宛に神谷さんから詳しい事情を尋ねる通知が来ていたのだ。

 簡素だが、妙に圧を感じる文面で、俺があの場所に居た理由と、姿を消した理由について問いただした上、そして明日話したいことがあるとあった。


 ただまあ、俺もこの時は睡魔で限界だった。


「明日話すから、今日は寝る。っと、これでよし、寝る!」

([ひでえとは思うが、確かにもう無理だな。寝ようぜ])

(『おやすみ、「コモン」』)

(【おやすみー】)


 一文送っただけで、早々に寝てしまったのだ。


 その後朝になり、そのまま普段通りに学校に行き、そして今に至る。

 夜からずっと俺に事情を聴きたかった神谷さんからすると、ここまで既読スルーも同然だったわけだ。

 それはジト目にもなるだろう。


 □


「説明か……何から話せばいいのか、俺も整理がついて居ないんだよ」

「順を追ってでいいわ。報告書にうまくまとめるから」

「あ、やっぱり報告書とかあるんだ」


 やはり、正式な組織ではないらしいけれど、国家公務員としてそういうのはあるらしい。


([昨夜は連中苦戦もしていたし、後始末もあるだろうからな……])

(『世知辛いお役所仕事って奴だね』)

(【よくわかんないや】)


 脳内でやや他人事な俺達のやり取りが繰り広げられているが、それを知らない神谷さんは話を続ける。


「あるのよ。この報告書を出さないといけないから、出来れば昨夜に一通り事情を聴きたかったのだけど……まさかここまで話しかけても来ないなんて」

「……なんか厄介ごとになりそうな気もするから、逃げてた」

「こっちの気も知らないで……!」


 下手に隠さず本音を言うと、神谷さんのジト目が鋭くなった。

 流石に、これ以上はぐらかすのはヤバイか。


「とはいっても、俺はちょっと買い物に出て、気が付いたらあの妙な世界に閉じ込められてたっぽいとしか言い様が無いなあ」

「あの公園に来たのは?」

「なんかあの辺が騒がしかったから、あの空間から出られるかと……あんな事になっているとは思わなかったよ」


 この辺りの内容は、事前の三日の間に考えていたものだ。

 実際、特に矛盾はしていないし、『ファンタ』に交代して空を飛んでいたこと以外に嘘も無い。

 この後も、神谷さんからの聞き取りは続いた。


 神谷さんが倒されて、何が起こったのか無我夢中になっていたら人面犬を斃していたらしい事。

 そもそも状況が呑み込めなかったので、神谷さんをベンチに寝かせた後はあの世界──結界から出られないか街をさまよった事。

 それでも出られず、日付が変わりそうになったので慌てて休める場所を探した事、などだ。


「……0時に、眠くなるの?」

「ああ、俺って0時になると凄く眠くなるんだよ。習慣なのか、体質なのかはわからないけれど」

「……てっきり、あの時は妖怪だから御霊刀を突き付けられた恐怖で気絶したのかと」

「俺って、そんな疑いを持たれていたのか!?」

「人に化けたり、幻で化かしてくる妖怪も居るのよ。狐や狸のタイプは特にそう」


 だから、思わずとっさに俺を剣で突いていたらしい。

 もっとも俺は妖怪ではなかったので、刃の無い御霊刀では刺さりもしなかったそうだが。

 それどころか、御霊刀が反応して、俺が使い手の資格を持つと判ったのだとか。


「……まて、待ってくれ。あの時俺が妖怪だったら、刺されていたのか?」

「………ごめんなさい」


 流石に刺されたくだりで突っ込んだら、真顔で謝られた。

 人間だったから無事とは言え、流石に神谷さんにも負い目はあったらしい。


 目覚めてから別れるまでは、彼女も知る通りだ。

 その後は、結界が消えるまで、俺はあのバス停のベンチに座っていて、その後は自宅に向かって移動したことにした。

 気絶するほどの睡魔が何時ぶり返してもおかしくなかったと言う理由もあり、その辺りは理解してもらえたようだ。


 ただ、彼女はこんなことも聞いてきた。


「ヒーローショーみたいな服装の二人組を見かけなかった?」

「見てはいないよ」

「……平安貴族のような子供は?」

「……深夜にコスプレイベントでもあったのか!?」


 【ポスアポ】と『ファンタ』の事だ。

 ただまあ、騙すようで悪いけれど、そのまま明かす気はない。

 昨夜は状況に流されたのと、後味が悪くなりそうだったから力を貸したけれど、こっちはズブの素人の一般人だ。

 俺の全部の力を明かしたら、変な利用をされかねない。

 だから、適度にはぐらかしておく。


 幸い、俺の姿は霧で隠したお陰か、神谷さん達には無事目撃されなかったようだ。

 今の技術なら、あの遺跡に残った僅かな毛髪や刀に残る指紋などでも俺を特定できるのだろうが、それも家事妖精の清掃で対策済み。

 神谷さんも、余りに見た目が違った二人と俺とは結び付かなかったらしく、訝し気ながらもそれは俺に向いていない気がした。


 □


「協力ありがとう。これで、報告書を上げられるわ」

「お疲れ様、って言うべきなのかな」

「まだ色々やるべきことはあるのだけど、この件に関しては、そうね」


 その後幾つか確認された上で、俺はようやく質問攻めから解放されていた。

 俺からの話を、神谷さんは資料室にあるPCに打ち込んで、書類を作っている。

 まだ高校生なのに、何とも大変そうだ。

 だから、ふと気になって聞いてみた。


「神谷さんは、あんなことずっとやってるのか?」

「……ええ、そういう家系なの。未成年の内は見習いなのだけど……最近は手が足りなかったから」

「家系ってことは、公務員かと思ったら、家事手伝いだった!?」

「言い換えるとそうなのでしょうけど、一気に俗っぽく聞こえるのはなぜなのかしら」


 何でも、あの御霊刀を扱うには素質が必要で、使い手は殆どが古くからのそういう家系らしい。

 それ以外に、分家筋や血の拡散から、一般人でも使い手は稀に生まれるのだとか。

 ただ、殆どは霊刃を生み出すまでは至らないらしい。

 俺が神谷さんの刀で顕現させたようなはっきりと形を成す霊刃は、かなりのレアケースになるようだ。


 だから、なのだろう。


「……桜井君。あなたには、私の上司から面会の要請があるわ」


 そんな話が持ち上がるのは。


「要請……強制ではなくて、か?」

「ええ、折を見て、という事になるのでしょうけど」


 御霊刀の貴重な使い手を、第零課は逃がす気が無いようだった。

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