23 四人目 夕刻の輝き 「伝奇」世界の「コモン」な高校生

「「気づきやがったか……」」


 唐竹割りに切り裂かれ、左右に斃れたはずの三つ首の人面犬が、身を起こしていた。

 三つ並んだ首の内、中央は真ん中で切り裂かれて苦悶の表情のまま硬直し、どう見ても死んでいる。

 しかし、左右の首に苦悶の色はない。

 それどころか、勝利を確信したかのような喜色迄浮かべていた。


「なっ、こいつ!?」

「まだ動くのか!」


 地面に散らばる芯核の処理を行おうとした忍者達が、慌てて距離を取ろうとする。

 だが、左右に分断された妖怪は、それぞれに動き出していた。


「妖刀使いぃ!!」「妙な餓鬼がぁぁ!!」

「……!!」「っ!」


 強力な斬撃を放った隊長忍者と『ファンタ』を狙って、芯核を飛ばしたのだ。

 しかし、『ファンタ』の新たな障壁が間に合う。

 消耗が激しく動けない忍者隊長と『ファンタ』自身の前に、半透明の障壁が現れる。

 ようやく倒せたかと思った化け物だったが、これまでの倒された妖怪達のように即座に身体が崩れなかった。

 そこを怪しみ警戒していたのは正解だったようだ。


([やはりか。他の化け物が、死んだら黒い靄のようなもの出していたが、コイツは身体も崩れやしなかった。しかし、どういう絡繰りだ?])

(『再生力が強かったり、中々死なないモンスターみたいだ。そういうのはコアストーンが弱点だったりするけど……逆に言うと、コアストーンがある限り、復活しかねない』)

(「そうか、コイツは芯核を身体の中で作り出せる。その分タフなのか!」)


 既に左右に分かれたそれぞれが、首一つ脚2本で器用に立ち上がりさえしている。

 それでも、無傷とはいかないのだろう。

 どう見てもバランスは悪いし、獣特有の俊敏さはやはり失われていた。

 芯核を放つ攻撃も、芯核を身体の維持に使っているのか、全周囲に向けて放つような真似は、もはやできないように見える。

 だが、二手に分かれた事が、これまでとは別の厄介さを生み出していた。


(『こんなに別々に動かれると、『プロテクト』で囲めない!』)

([あいつら2体を纏めて消し飛ばせるような術は無いのか?])

(『こんな乱戦だと無理だよ!? それに、僕の魔術でもあの丈夫さを超えられる気がしない』)


 三つ首の状態であれば、狙いは1体。それも全周囲に放つ攻撃はタメが必要だったのか、動きが止まっていた。

 そこを狙い『ファンタ』の障壁で捕らえることも出来たのだが、別個で動きだした2体に『ファンタ』は対応しきれないのだ。

 『ファンタ』自身は、訓練自体はしているものの実戦という意味では未経験。

 摸擬戦なら経験はあるもののその際基本は1対1で、複数の相手への対処は経験に乏しい。

 魔術の出力もルームメイトのものに比べればごく普通であり、【ポスアポ】の念動力も効きにくかった妖怪達に決定打になるかは不透明だ。

 とっさの展開に慣れている防壁の魔術に比べて、他の魔術は精度という面で不安が伴った。


 また、他の忍者達は、飛ばされた芯核から生まれる統率型への対処で手いっぱいだ。

 三つ首から、右首と左首にわかれた妖怪に対処できるのは、『ファンタ』と消耗した隊長忍者だけ。

 だが隊長忍者も一度は膝をつくほどに消耗していた。

 眩かった刀の光も、今は弱まってしまっている。


「ちぃっ!」

「無様だなぁ、妖刀使いぃ!!!」


 辛うじて放たれる芯核を避けてはいるものの、このままだと長くは持たないだろう。


([『ファンタ』、両方を一度に相手する必要はねえ。一体ずつ動きを止めちまえば、あとはさっきのヤバいカタナで一匹ずつ潰せるだろ])

(「あの消耗で、もう一度あの斬撃が出来るのか?」)

([『ファンタ』のポーションぶっかけろ! 多少は効果はあるだろ! 今は他に手は無いぞ!])

(『わ、わかった! 『プロテクト!』』)

「ちっ! またこの壁かぁっ!?」


 こういう時、[サイパン]の判断は頼りになる。

 露骨に隊長忍者を狙った右首側が、一瞬で四方を防壁で取り囲まれ、動きを封じられた。


(「これなら!」)

(【違う! そっちは囮!!】)

(『えっ!?』)

([もう一方だ、狙ってやがる!])

「死ね!! 妖刀使い!!!」


 あからさまな右首側の動きに隠れて、左首側が芯核を放っていたのだ。


「っ!!」

「あっ!!!」


 片方に意識を向けた分、防壁の展開が遅れる。

 それでも、隊長忍者は流石の実力だった。

 ほんの一瞬の間に、身体の真芯を貫く芯核の軌跡から、辛うじて身体をズラす。

 だが、完全には無理だ。

 掠めた芯核の衝撃で、隊長忍者は吹き飛び、手にしていた妖刀が宙を舞う。


 そして、


「……あ?」

(【えっ】[なっ])


 ザクリ


 突如、空中で軌道を変えた妖刀は、『ファンタ』の身体を貫いていた。


 □


 三つ首から、左右首となった大妖は、目の前の光景に歓喜していた。

 妖刀使いは倒れ、妙な力を振るう餓鬼も、無様で運が無い事に、妖刀に貫かれた。


((これで、儂を阻むものは、最早無い!!))


 残る雑魚などは、元より相手にもならない。

 大妖を傷つけ得る者は、妖刀使い位のものであり、それさえなくなれば最早自由だ。

 背負わされていた命からも、これで解放される。


((あとは好き放題人間を食らい、力をつければ、何時かはあの者達さえも凌駕して見せる!!!))


 そう、厄介な命令さえなければ、命を一つ失わう事さえなかったのだ。

 このような遺跡などに留まらず、好きなように動けていれば……


 だが、それも過ぎたことだ。

 失った命……断たれた芯核の再生も、時間をかければ可能だろう。

 その為にも、陰の気が必要だ。

 人を食らい、恐怖をあおり、陰の気を溢れさせ、それを食らう。

 この忌々しい結界から出れば、それが叶うのだ。


((いや、やはり、手始めにこの雑魚共からか))


 下僕共を斃していた雑魚共は、妖刀使いが倒れ、餓鬼が妖刀に貫かれる様を見て、絶望から陰の気を漂わせている。

 奴らを食えば、断たれた芯核の再生も早まるだろう。


((ならば、まずはこのガキからか……む? なんだ、これは??))


 そう思った矢先、周囲が一変した。

 急に、靄のような物で覆われたのだ。

 視界を通さない濃霧の如きそれは、周囲を彼方で下僕と戦う雑魚共までも包みこむ。


((目くらましか? いや、コレは……!))


 更に、そこに一つの輝きが走る。


「ぬ、ぐぁぁぁぁぁぁ!?」「わ、儂!? これは……妖刀!?」


 そう先の如くに、鮮烈な光の刃が防壁に囚われていなかった左首側を、断ったのだ。

 それは紛れもなく、妖刀の斬撃。

 しかし、先とは明らかに違う点がある。


 赤。紅。朱。


 妖刀使いが放った陽の気に満ちた斬撃は純白であったのに対し、今の斬撃は赤く染まっていた。

 それは、まるで夕刻。日が沈む際に世界を染め上げる色だ。


(な、なにが……? あ、あれは誰だ……)


 残された右首が、囚われた防壁の中で慄く。

 そして、その者を見た。


 妖刀を手にした、何の変哲もないただの高校生を。


 □


 痛みはなかった。

 『ファンタ』を、刀は確かに貫いていた。

 だがそれでも、同じ感覚を共有している筈の俺達には、そして当事者の『ファンタ』にも、痛みはない。


(『なに、これ……? この刀は……?』)

([ど、どうなってやがるんだ? あんなヤバい力を持ってて、更になんかあるのか、この刀!?])

(【不思議。痛くないし、逆に力が湧いてくるみたい】)


 そう、奇妙な感覚だった。

 身体を確かに刃金が貫いていると言うのに、痛みの欠片もなく、それどころか奇妙な温かさまであるのだ。

 どういう理屈なのかはわからないが、この刀は、俺達を傷つけるものではないらしい。

 ただ、一つ問題が。


(『……? あれ?』)

([どうした『ファンタ』?])

(『掴めない』)

([ああ?])

(『引き抜こうと思うのに、掴めないんだ』)

(【……ほんとだ】)


 無害だとしても、何時までも貫かれていても邪魔になる。

 そう思い『ファンタ』は引き抜こうとしたのだが、何故か掴めないのだ。

 ただ、俺にはその理由が何となくわかった。


(「『ファンタ』、交代しよう。その前に煙幕みたいな魔術で姿を隠せるか?」)

(『う、うん、大丈夫だよ。『フォッグ』!!』)


 俺に交代する以上、神谷さん達に姿は明かせない。

 『ファンタ』に魔術を頼むと、辺りは深い霧に覆われた。

 まるで夜霧のように視界が効かないが、問題はない。


 俺は、『ファンタ』と入れ替わる。

 すると、自然に『ファンタ』を貫いていた刀は、俺の手に収まっていた。


(「やっぱりか」)

([おい、「コモン」……どういうことだ、こりゃあ])

(『使い手を選ぶマジックアイテムには、よくある事だけど……』)

(【認められてるのは、「コモン」だけってこと?】)


 『ファンタ』がこの刀……妖刀に貫かれてから、何となく確信があった。

 御霊刀が使い手の心の強さを求めるとしても、相性はきっとある。

 コレは俺の世界のものだ。

 その使い手はやはり、この世界に生まれた者という事になるのだろう。

 手の中の妖刀は、公園で神谷さんに持たされた御霊刀のように僅かに震動していた。


(「まあ、細かい事はどうでもいいな」)


 俺は、妖刀を構えた。

 不思議と、力の使い方が判る。

 妖刀が教えてくれているのだろうか?

 ゆっくりと振り上げた刃に、力が宿っていくのが判った。

 振動が消えて、刃の無い刀身に光が宿る。

 その霊刃は、夕刻の太陽のような紅い輝き。

 狙う相手、霧の中の妖怪の位置も、妖刀が教えてくれる。

 

「フッ!!」


 俺は、導かれるままに、妖刀を振り下ろす。

 緋色の斬撃が、霧の中を赤く染め、走った。


「ぬ、ぐぁぁぁぁぁぁ!?」「わ、儂!? これは……妖刀!?」


 霧の向こうで、断末魔が響く。

 忍者隊長を撃った方が、真っ二つになったのが、不思議と解った。

 残るは、もう一体。

 防壁に囚われた奴のみだ。


(「『ファンタ』、防壁を解除してくれ」)

(『わかった! ……「コモン」、消耗は?』)

(「無いな。忍者隊長はあんなに消耗していたのに、不思議ではあるんだが」)

([いい方向なら気にすることはないさ。さ、さっさと終わらせようぜ])

(「ああ、そうだな」)


 俺は、残る一匹を見る。

 先の斬撃で多少吹き払われた霧の向こうで、残る左首が畏怖の色をその顔に浮かべているのが見えた。


「これで、終わりだ」


 妖刀に、再び力が満ちる。

 再度振り下ろし放たれた光は、最後の首を真っ二つに切り裂き、その身体も含め跡形も無く消滅させるのだった。


 □


「一体何が……あの少年は?」


 遺跡を突如覆った霧が晴れ、文化財第零課の面々は困惑に囚われていた。

 霧に覆われる直前、分裂した大妖により窮地に陥りかけていた状況が、一変していたのだ。

 最も近くに居た三郎渕ですら、芯核を受けた衝撃で意識が混濁し、状況の把握は困難であった。

 それでも、明確に判っていることがある。

 妖刀が再度行使されたのだ。

 分裂した大妖に向け、二度。

 それを為したと思われる少年は霧とともに消え、後に残されたのは大妖のいた場所につきたてられた妖刀のみ。

 先に班員の誰かが零したように、まるで狐狸に化かされたかのようだ。


 しかし、結界内の全ての妖怪が討伐されたことで、自然と対妖結界が解除される中、


「………この輝きは」


 突き立てられた妖刀に居まだ残る赤い輝きが、この夜の戦いが、確かに存在したのだと物語っていた。

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