22 四人目 妖刀 「伝奇」世界の「コモン」な高校生
(『あ、危なかった……何とか『プロテクト』が間に合ったよ』)
俺の中で、『ファンタ』の声が響く。
その声が言うように、三つ首の人面犬の周囲には、半透明の防壁が檻のように展開されていた。
([紙一重って奴だな。流石に焦ったぜ……])
(「【ポスアポ】も限界だったし、そのままだったら耐えられなかったかも」)
(【間に合って良かった。もうお腹ペコペコ】)
三つ首の人面犬が、圧倒的な数の芯核を爆発的に放とうとした時、『ファンタ』は間一髪で【ポスアポ】と交代した。
『ファンタ』の魔術は、お互いの感覚を通して間接的に行うよりも、やはり本人が交代して直接行使する方が、展開スピードも威力も段違いだ。
特に展開スピードについては、『ファンタ』が魔術学校に編入してから、驚異的と言っていい早さで上達している。
(『ルームメイトのカイが、魔力の威力のせいでよく暴走するからね。とっさに防壁張るの慣れちゃったよ』)
([嫌な慣れ方だな])
(『それに今の攻撃なら、カイの魔術の方が威力が強いし』)
(「妖怪よりも化け物じみてる……」)
『ファンタ』のルームメイトは、魔術の出力で群を抜いている。
その分制御に難が多く、よく魔術を暴発させていた。
『ファンタ』はルームメイトとしてそれに対処していた結果、咄嗟の防壁の展開は誰よりも速くなっていたのだ。
元々展開準備をしていた1枚分の防壁に加え、三つ首の周囲全方向をカバーするように数枚追加できたのも、そのおかげだった。
とはいえこの状況、仕方が無かったとはいえ、少々拙い。
「き、君は一体!?」
「へ、変身した!?」
「その装束……京都支部所属なのか?」
それはそうだろう。少年ヒーローみたいな姿だった【ポスアポ】から、魔術学校の制服姿──何故か陰陽師っぽい制服だ──の『ファンタ』に、急に姿が変わったのだ。
なお、顔はフェイスベール風の布を下ろして隠している。
『ファンタ』の歳は中学生程度だから、高校生の俺と同一視はされないだろうけど、体格はまた明らかに変化していた。
周囲の忍者達からしたら、意味が分からないだろう。
一応忍者達も、防壁を張っているのは姿を変えた『ファンタ』だと察して、全員を護った事は理解されている様子である。
その為、襲われはしないものの、警戒されている気配があった。
警戒と言えば、この場にはある意味一番危険な存在が居る。
マンイーターのイータだ。
「マスターが、別人に? ……生体反応は同一? 一体何が……!?」
(【あ、イータの事忘れてた】)
([露骨にパニックになってるぞ])
(『目の前で持ち主が別人になったら、それは驚くよ』)
(「流石に拙くないか? 何をしでかすか判ったものじゃない」)
【ポスアポ】が消えたことで、明らかに混乱しているのだ。
おまけに、変わって現れた『ファンタ』の生体反応が、【ポスアポ】と同じ事が余計に混乱に拍車をかけているのだろう。
そのせいか戦闘モードまで解除されてしまったらしい。
(【そうだね。しまっちゃおう。『ファンタ』、お願い】)
(『いきなり人が消えるのもニンジャの人達が混乱しそうだけど、まあ仕方ないか』)
交代した現状、【ポスアポ】もイータに命令できない以上、この場に放置するわけにもいかない。
結局イータも『ストレージ』にしまわれ、ここで退場となってしまった。
もちろんそんなものを見せられては、神谷さん達も動揺を隠せない。
「き、消えた!?」
「狐狸の妖怪のように、化けていた……?」
「もしかして幻覚? 化かされた?」
どうも妙な勘違いをされているらしいつぶやきが聞こえてくる。
無言を貫く『ファンタ』を怪しむのは、無理もない事だ。
とはいえ、弁明もし難い。
(「『ファンタ』は俺の声に近いからな……神谷さんにバレかねない」)
([声変わり前の【ポスアポ】ならまだ誤魔化しが効いたんだがな])
声の質は、俺と『ファンタ』ではかなり近くなっている。
下手に喋ると、後々面倒なことになりかねない。
だが、この状況を何時までも続けるわけには行かなかった。
「「「ウォォォ!!! 出せ!! 出しやがれ!!!」」」
全力の攻撃を防がれたと知った三つ首が、防壁の檻の中で暴れ出したのだ。
『ファンタ』が張る防壁の魔術は、よくある物語のバリアのようにパリンと音を立てて割れることはない。
一度張ってしまえば、一定時間防壁としてあり続けるものの、逆に言えばその間外からの手出しも出来ない。
体内で芯核を生成する三つ首の妖怪を、このまま封じ込め続けるのも危険だった。
事実、障壁の中で、先に放出された芯核から、中型の妖怪が生まれ始めている。
更に三つ首はしびれを切らしたのか、
「「「下僕共!! 来い!!! 塵共を殺せ!!!!」」」
「……! まさか、まだどこかに伏兵が!?」
地下を通して周囲に配置した妖怪達へ、号令を発したのだ。
□
それは、俺が動くことを決めた直後の事だった。
([あん? ちょっと待て])
(「[サイパン]?」)
([こっちのモニターだ。妙な動きがあるぜ])
神谷さん達がいる遺跡に向かおうと、『ファンタ』と交代しようとした直前だった。
数機あるドローンの一体、全体を俯瞰するような位置取りの映像が、見逃せない変化をとらえていたのだ。
[サイパン]の指摘に従い映像を拡大すると、遺跡周辺で動く影があった。
(「これは……」)
([この結界とやらの中で、動く奴が居るとしたら、二種類なんだろ? 化け物と、化け物を退治する奴。こいつがどっちかは、まあお察しだ])
遺跡の周辺の地面から身をもたげる妖怪の姿がある。
その姿は、まるでモグラだ。
相変わらず、首の上だけは人という異形が、古墳の周辺から次々に姿を表している。
(『伏兵?』)
(【違うよ、多分地面を掘ってた】)
([戦力を迂回させた、って事か])
未だにモニターの一角で隊長忍者と戦っている三ツ首の人面犬は、さっきまで石室へ続く横穴の前に陣取っていた。
その横穴から、神谷さん達の背後を突こうと地下を移動出来る妖怪を差し向けていたらしい。
神谷さんたちは、目の前の妖怪の軍勢に完全に気を取られている。
このまま背後を突かれたら、流石に敗北は必至だ。
その上モグラの妖怪の幾らかは、遺跡では無く散らばって町に向かおうとしている。
このまま放置したら、危険なことは明白だった。
([どうやら、先に掃除が必要のようだな])
(【『ファンタ』、着いたらボクと代わろう。あと、イータも出して】)
(『わかった。全速力で向かうよ』)
交代して即飛行魔法を発動する『ファンタ』。
こうして俺達は、遺跡にたどり着くまでに激しい戦いを繰り広げる事になったのだ。
神谷さんが窮地に陥るまで、遺跡への到着が遅れたのも、それが理由だった。
□
そして、今。
「「「何故だ……、何故下僕共は動かねえ!!!?」」」
号令をかけたにも関わらず、周辺に何の動きも無い事実に、三つ首の妖怪は激高していた。
([奥の手の一つは対処済みってな。もっとも、あんな対人地雷めいた奥の手も持っていたのは想定外だったが])
(「あれはちょっと予想外だったな」)
正直に言って、モグラじみた妖怪達との戦いは苦労した。
当初は【ポスアポ】の念動力の効きが悪い事にも気付かず、想定外に消耗してしまったのだ。
マンイーターのイータが居なければ、全滅させられずに逃がしていたかもしれなかった。
もっとも、それは過ぎた話だ。
今はあの三つ首への対処が問題だった。
([とはいえ、どうするかねえ。手詰まりだぞ])
(『あの全方向攻撃は危険だよ。他のモンスターを倒した後の黒い靄を取り込んで放っていたから、あと何発かは撃ってきそうな気がする。その度に防壁を出していたら、僕も魔力が尽きちゃうよ』)
(「あいつを、倒せるような手段があれば……」)
そう考えていたその時だ。
隊長忍者が、防壁の前に踏み出していた。
□
文化財第零課の班長、三郎渕は、覚悟を決めていた。
先の大妖級への、陽の気を込めた霊刃の一撃は、身代わりを以てして防がれた。
同じような攻撃では、同様の事態が繰り返されるだけだろう。
あの芯核の爆発は、既に多くの妖怪が斃されたこの場において、幾度となく繰り返される可能性もある。
いまは、あの謎の少年によって防がれたものの、そのような強力な攻撃を何度も防げると思うほど、三郎渕は楽観主義者では無かった。
(故に、奥の手を、切る)
手にしていた御霊刀を収め、代わりに手をかけたのは、今まで背負ったままのもう一本。
普段は刀袋に包まれ、幾重にも封印されたそれは、三郎渕の精神力でさえ使用に危険が伴う、御霊刀でありながらも一種の妖刀だ。
余程の精神力でも無ければ、代償に陽の気を無慈悲に吸い上げるこの御霊刀は、これまで幾人もの使い手を使い潰して来た。
三郎渕もこれまで数度しか振るったことはなく、その度に極度の消耗により倒れたほど。
だが、その力は絶大だ。
その数度、今まで遭遇してきた大妖、その全てをこの刀は一撃の元に屠ったのだから。
「………」
全ての封印を解き手にした刀から、眩いばかりの輝きが宿った。
霊刃だ。
今までふるっていた霊刃がろうそくの明かりだとするなら、この輝きは燃え盛る劫火だろう。
この力なら、相手が大妖だとしても打倒せると確信する強大な力。
三郎渕の班が、この近辺の護りを任されるに至った理由がここに輝いていた。
妖怪が現れる遺跡やパワースポットに該当する地は、首都圏や京都と言った地が圧倒的に多い。
それだけに配置される人員も多く、質も高い。
しかし、そういった主要な遺跡以外にも、小規模ながら危険な遺跡群は存在していた。
この付近の遺跡群はその一つだ。
他の有名な遺跡に比べてもマイナーだが、過去に幾度となく災厄級の妖怪が生まれた記録がある。
その為こういった遺跡群を担当する班は、少数ながらも精鋭、もしくは切り札を所持する必要がある。
三郎渕自身は精鋭と呼んで恥じる事無い使い手だが、他の隊員の質は高いとは言えない。
その代わりに、切り札として用意されたのが、この妖刀だった。
(……これならば)
振るえば、三郎渕はしばらく休養を余儀なくされるだろう。
それでも、この場を収めるには、この手しかない。
「合図と同時に、あの壁を消して貰いたい。奴を仕留める」
覚悟を決めた三郎渕は、陰陽師のような姿の謎の少年へと語り掛けた。
少年も、その力を悟ったのだろう。
三郎渕に頷いて、合図を待つ。
待つこと、数呼吸。
「今!」
三郎渕の掛け声とともに、防壁が消える。
「「「何だ、その刀の力は!? いけ!下僕共!!!!」」」
防壁の内側からも、妖刀の輝きを見ていた三つ首が、恐れおののきながらも形を取ったばかりの中級妖怪を差し向けてくるものの、
「隊長! こちらは我々が!」
「やらせるか!!」
他の忍者達が、三郎渕の邪魔はさせぬとばかりにそれらを打ち倒す。
そして、
「終わりだ」
「お、おのれええええええ!!!!」
妖刀一閃。
霊刃の輝きが光の斬撃となって、唐竹割りに三つ首の大妖を真っ二つにする。
三つ並んだ中央の顔が左右に切り裂かれ、その奥の胴を、尾の先まで切り裂いた。
「………ぬ」
同時に、三郎渕は膝をつく。
ただの一撃で、その力の殆どを使い果たしたのだ。
「隊長!」
「……俺の事よりも、芯核の処理を済ませろ」
「わ、わかりました!」
駆け寄ろうとする他の班員だったが、三郎渕の言う通り、辺りには芯核が散乱している。
放置すれば、再び妖怪が蘇ってしまう。
慌てて処理に走る班員達。
その中に、例外があった。
「………?」
謎の少年を訝しげに見る神谷と、
「………っ」
間二つになった骸を晒す大妖を見続ける謎の少年。
……いや、違う。
「まだ、終わってない」
少年の言葉に反応するように、真二つになった骸が、ピクリと動いた。
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