21 四人目 踏み越えた先で 「伝奇」世界の「コモン」な高校生

 戦いの流れは、【ポスアポ】の介入で、完全に神谷さんをはじめとする忍者達へと傾いていた。

 雑魚妖怪を生み出す妖怪も既に残り数体。

 このままいけば、隊長らしい忍者が抑えている三つ首の妖怪を、全員で仕留めにかかれるだろう。

 だが、【ポスアポ】に余裕はない。


(「【ポスアポ】、大丈夫か?」)

(【うん、まだいける。でも思った以上に、力が効きにくい。ちょっとお腹減って来た】)


 変異クリーチャーをものともしない【ポスアポ】の念動力が、何故か思うようにダメージとならないのだ。

 先ほどから妖怪達を吹き飛ばしている念動力も、次々生み出される雑魚妖怪を一撃で倒すまでに至っていない。

 神谷さんが統率能力持ちと言っていた、雑魚妖怪を生み出すタイプに至っては、体勢を崩せる程度だ。

 もっとも、その隙をついて周囲の忍者達が切り捨てているのだから、有効な戦術ではあるのだけど。


([公園の時は、あっさり倒していただろ?])

(【あの時は、ちょっと怒ってフルパワーだったから……それに、あんなに強く力使っていたら、直ぐにお腹が減る】)

(『自分の世界になったら、周りをモンスターに囲まれているのに食べ物を食べまくっていたものね』)


 これだけの数を相手にする上に、念動力の効きが悪いとなると、消耗は激しい。

 ならば、シェルターで変異体と戦っていた時の様に銃を使えばいいのだが、それも難しかった。


(「人の目がある所で銃は多分拙い。緊急時だからとはいえ、銃刀法違反をつつかれかねないぞ」)

([「コモン」の所はそれがあるか。面倒だな])


 神谷さん達は、一応国家公務員だ。

 その目の前でこれ見よがしに銃を使うのは、別の意味で目標にされかねない。

 神谷さんが雑魚妖怪に押し倒された時、【ポスアポ】が何とか間に合ったからよかったものの、そうでなかったらドローンの火器を使っていて、拙い事になっていたかもしれなかった。


(【それに、多分銃の効きも悪い。【教授】が作ってくれた銃なのに、公園であの変異体の脚を撃っても、体勢を崩せただけで千切れ飛ばなかった】)

([十分なような気もするが……つまり、決定打になり難いって事か?])

(【多分】)

(『そうか、だからこの人達は、カタナで戦っているんだ。こっちの世界は[サイパン]みたいに銃なんて間合いの広い武器があるのに』)


 確かに、神谷さん達が一応公務員というのなら、ある程度の銃器を使ってもおかしくないはずだ。

 それをしないと言うのはつまり、妖怪に一番有効なのが、あの御霊刀だからなのだろう。


([あとは、切り裂く攻撃って奴も有効って事か])


 [サイパン]が意識したのは、【ポスアポ】と共に戦う、人型兵器。

 マンイーターのイータの姿だ。

 指先から延ばしたワイヤーは、【ポスアポ】の念動力よりもスムーズに妖怪達の首を次々に切り飛ばしていく。

 彼女の存在が無かったら、今以上に苦戦をしていた筈だ。


 □


 あれは、【ポスアポ】の世界で【教授】にマンイーターについての対価を尋ねられた時の事。


「なら、アレが欲しい」


 そう言って【ポスアポ】が指差したのは、丁度修復を終えたばかりの、マンイーター──【教授】が修復し戦力とした人型兵器だった。


「……本気かい? いや、マスター権限を委譲することは可能だけれど」

「迷惑をかけたなら、本人が責任を取るべき」

「それはそうかもしれないが、良いのかい? あの娘は随分と扱いにくいよ? 友軍指定以外には直ぐに襲いかかるし」


 幾分困惑の色を見せる【教授】だったが、拒否はされなかった。

 ラボの防衛戦力として破損機体をレストアしたものの、案外扱いにくさを感じていたらしい。


「そこは、指定の相手以外攻撃させない命令を、先にする」

「……まあ、そういう設定は可能だね」


([なあ、もしかしてあの暴れっぷりは、調整が甘かっただけじゃないのか?])

(『いや、分かるよ。使い魔への命令って、ちゃんと伝えないと思ったことをしてくれないし』)

(「【ポスアポ】がやって来るまでボッチだったからな、このヒト。命令とか、それは慣れてないよな……」)

(【皆、聞こえてないからって容赦ない】)


 何となく持て余していた理由が判ったが、そこは横に置きつつ、マンイーターの指揮権限に【ポスアポ】が加えられていた。


「新たなマスター。当機に命令を」

「ボクの命令以外で、攻撃しない事。ボクに関わる情報も、漏らしては駄目。最優先でこの二つは守って」

「了承。他には?」

「……とりあえず、しまい込む」

「? 命令が意味不明。詳細を……不明な現象を感知、コレは一体?」


 首を傾げたイータが、『ファンタ』の『ストレージ』へと収納されていく。

 一見生きているように見えるマンイーターも、本質は兵器で物体だ。

 『ストレージ』にしまい込むのは簡単だった。


 ちなみに、【教授】には『ストレージ』の事を明かしてある。

 大量の素材を持ち込むにも、彼女から物資を受け取るにも、その方が都合がいいからだ。


「相変わらず、ゆうのその能力は興味深い。私でも解析できないとは」

「便利だから、細かい事はどうでもいいよ。あと、他にはあれも欲しい」


 後ついでに、この時【教授】から受け取ったのが、今【ポスアポ】が着ている対変異クリーチャー用の戦闘服だ。

 防刃や衝撃吸収性能に優れていて保温性も良いと言う、過酷なポスアポ世界ではかなり有難い性能を持っている。

 元々は、ラボのクローン達の戦闘用装備として作られていて、そのためか【ポスアポ】の物になったイータ用の物もあった。


 それが今、こうして役に立っている。

 お揃いの戦闘服に身を包んだ【ポスアポ】とイータは、まるで休日朝のヒーローの様だ。

 周囲に居るのが、ソシャゲのキャラめいた忍者たちと妖怪がひしめいているもあって、現実感が薄れてしまう。


(「これじゃあ、何の不思議もない、「コモン」な普通の世界だなんてもう言えないな」)

(『「コモン」の世界の物語で言うなら、ジャンルは……伝奇?』)

(【「でんき」なんて呼びにくい】)

([呼び名を変える必要はないだろ? 「コモン」は「コモン」でいいさ])


 そんなやり取りをしている内に、最後の統率持ちが倒されていた。


 □


「「「やってくれたなあ、手前等!!! 」」」


 最後に残った大型の妖怪、三つ首の人面犬が吠える。

 既に、隊長忍者のみならず、神谷さん達の同僚らしい数人が、この妖怪との戦いに加わっていた。

 ただ、ここまで戦いが続いて居ながら、その身体にはほとんど傷が無い。

 隊長忍者が此処まで何度も有効打になり得る様な攻撃を仕掛けていると言うのに、だ。


([あのカタナが妖怪とやらに有効だってのに、これは出力の問題なのか?])

(【イータのワイヤーも効いてない。単純に丈夫なのかも】)


 あの大型はただでさえ俊敏だ。そこに頑丈さが加わった時、下手な攻撃はその勢いに弾かれてしまう。

 イータが操るワイヤーも、絡みつく前に弾かれ、表皮に傷つける事もままならないでいた。

 むしろ、そんな大物をここまで抑え込んでいた隊長忍者を褒めるべきなのだろう。


([ただまあ、動きさえ止めちまえばって所なんだが……奴もそれは判っているみたいだな])

(【うん、イータが狙われ始めた】)


 そんな中、三つ首が狙いだしたのは、ワイヤーを操るマンイーターのイータだ。

 彼女の操るワイヤーは、触れるだけで切れる鋭利さを持つが、何より特筆するべきなのは強靭さ。

 絡みつかせれば、あの巨体の動きを封じる事も可能だろう。


 だがこの場には、イータ以上に適任が居る。


「「「ガッ!? な、なんだ、こりゃあ!?」」」

「こ、これは!?」


 突如、激しく動き回っていた三つ首の動きが止まる。

 まるで、巨大な手で抑え込まれているかのように、地面にはいつくばっていた。

 激しく足掻こうとしているものの、踏みしめた足は地面に痕を刻むばかりだ。


「押さえた。とどめを」

「君がやっているのか!?」

「はやく。長くは持たない」


 忍者達の驚きの声に応えたのは、勿論【ポスアポ】だ。

 念動力での攻撃は効きが悪いものの、ただ動きを封じるのであれば、その範疇に無い。

 シェルターの最奥でマンイーターを封じたように、巨大な手のイメージで、その動きを封じているのだ。

 ただ、ここまで消耗していただけに、本人が言う通り長くは持たない。

 繋がっている俺達でも解る程に、【ポスアポ】の空腹感が増してきている。


「……!」


 誰よりも速く動いたのは、やはり腕利きらしい隊長忍者だ。

 ここが勝機と見たのか、手にしている刀に宿った刃の輝きが増すと同時に、三つ首へと斬りかかった。

 だが、三つ首も大人しくはしていない。


「「「舐めるな!!!」」」

「っ!!」


 狙われた首から、身代わりの様に中型の妖怪を生み出して、身代わりにしたのだ。

 更に、


 ウォォォォォォォーーーーーーーーーン!!!


 天を揺るがすほどの咆哮をとどろかせる。

 それはまるで、待ちに待った合図の様だ。

 それを悟ったのだろう。隊長忍者の表情が、覆面の上からわかる程に強張った。

 同時に、周囲に満ちていた黒い靄──妖怪達の身体を構成していたモノが、その身体に吸い込まれていく。

 そして、三つ首の様子が一変した。

 全身から、ハリネズミの様に鋭利な棘のような物が突き出したのだ。


「いかん! 退避!!!」


 隊長忍者の警告と同時に、それが何かを理解した瞬間、俺達の意識は加速した。


([あれ、全部芯核って奴だろ!? って事は!])

(【打ち出してくる!?】)

(「『ファンタ』、防御魔術の準備は!?」)

(『やってたけど、全方向は想定外!! 全部打ち出されたらカバーしきれないよ!!』)

(「だったら……!」)


 『ファンタ』が半ば悲鳴を上げながら、防御魔術を組み上げる。

 それが発現するかどうかの間際、


「「「くたばれ雑魚共!!!!」」」

 轟ッ!!


 怒号のように吠えた三つ首の人面犬から、芯核の弾丸を伴った爆発が、周囲一帯を覆いつくした。


 □


 余りの爆発で、辺りには土煙が立ち込める。

 その中で、三つ首の人面犬が、身を起した。


「「「ようやくうっとおしい奴らが消えたか……ざまぁねえな」」」


 押さえつけていた力が消え、勝利を確信した妖怪は、その三つの顔に、勝ち誇った笑みを張り付けて、まとめて倒れただろう忍者達を嘲笑う。

 同時に、その無力さも。


(((馬鹿な奴らだ。まんまとおびき寄せられたのも知らずにな。今頃は、地下から放った奴らが、人を食い殺しているだろうさ)))


 この妖怪が生み出すのは、人の顔と獣の身体を持つ。

 その中には、モグラのような地下を掘り進める者達も居た。

 チラリと三つ首が見た背後には、この古墳の石室に繋がると言う横穴がある。

 長らくその前に鎮座していた三つ首は、密かにそこからその手の妖怪を地下に送り込んでいたのだ。

 一部は周囲に伏せて、最後のダメ押しをするつもりだったが、その必要も無かったらしい。


(((さて、儂も奴らの屍でも喰らうか。肉が残っていればの話だがなあぁ)))


 ずたずたに引き裂かれるか、もしくは既に芯核から生まれた妖怪に躯を喰われているか。

 どちらにせよ、この場に食えるだけのものがあるかはわからないが、それでもいい。

 妖怪を押しとどめる連中が居なければ、人界で幾らでも食えるのだから。


「「「……それにしても、晴れぬな」」」


 だが、視界を覆う土煙が、何時までも晴れない。

 それどころか、


「「「何だ!? 動けぬ!?」」」


 まるで狭い檻に囚われているかのように、身動きが取れずにいた。

 更に、前に出ようと踏みしめた足元で、何かが砕けた感覚がある。

 土煙でわからないが、その正体は明らかだ。

 三つ首自身が放った芯核が、周囲に足の踏み場も無く散らばっているのだ。

 それが何を指すのか、三つ首が悟る前に、土煙がようやく薄れていく。


 そこには、先ほどまでは居なかった筈の、時代がかった装束を着た少年と、三つ首を取り巻く半透明の壁が存在していたのだった。

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