20 四人目 文化財第零課 「コモン?」世界の乱入者

※主人公とは別視点になります。


 その夜、文部科学省文化庁、文化財第零課、第五支部 第22班班長の三郎渕は、焦燥を内に抑え込み、無理やりに平静を保っていた。


「「「ゲハハハハハハハハ!!!!! さっき迄の威勢はどうした!!!」」」

「………」


 目の前には、哄笑し猛威を振るう大妖級の狗胴魔。

 巨体と剛力、象じみた巨体ながら肉食の獣の如き俊敏さは、三郎渕の技量を以てしてようやく対処できる程。

 何より危険なのは、体内で結実させた芯核を元に中妖級を生み出す能力だ。

 この大妖一匹を元に、妖怪の軍勢が出来上がるのである。

 まさに、決して世に放ってはならない、災厄そのもの。


「「「どうした! もう木偶を作るのは飽きたか!!! 幾らでも作っていいぞ!!! 全て壊すがな!!!!!」」」

(……厄介な)


 更にその力の応用なのか、体内で練り上げた陰の気を芯核に結実させ、飛礫のように吐き出すまでしてのけた。

 他の班員では手出しも出来ぬ攻防の中、ようやく放てた分身が、今まさに矢じり状の芯核に貫かれ霧散する。

 密かに放った筈の分身が、いともたやすく見切られたのは、三対の目による視野の広さか。


 その上、地に突き刺さった矢じり状の芯核は、周囲の陰の気を取り込み始めていた。

 直に中妖が生まれ出でるだろう。

 あの大妖の中で身体を形作るより妖怪へと至る時間はかかるようだが、それは今些細な問題だ。


 既に生み出された統率型の中妖が小妖の群れを生み出し始めている。

 他の班員も奮闘しているが、三郎渕の実力があって先刻の拮抗を作り得た。

 更に先刻の攻勢は、少なからず班員に疲弊を強いてる。

 その上で、一度振り出しに戻された事で、隊員たちの気力が切れかかっているのが判った。


(……このままでは)


 抑え込んでいる筈の、焦りが首をもたげる。

 三郎渕の戦術眼では、三郎渕を含めた班員全員であれば、この大妖も討てると見ている。

 だがそれは、全戦力を傾けての事。

 中妖より生まれる群れに対処していては、到底成し得ない。

 手詰まりというより他なかった。


「「「ククッ、ざまあ無いなあ? 強そうな奴が焦る様ってのは、何とも楽しい見世物じゃねえか! それ、見ろよ。お前の手下が死ぬぜ?」」」


 嘲るような大妖の言葉に、それでも三郎渕は意識を逸らすことはない。

 だが、何も感じない訳はなかった。


 班員で一番未熟なのは、未成年かつ見習いの神谷だ。

 この様な死地に、未成年を駆り出したことに対する自責だけは、班長である三郎渕をして抑えきれそうにない。

 幾ら訓練を積んでいるとはいえ、昨今の異常な状態が無ければ、彼女の実戦はまだ先だったはずだ。


 そう、昨今この付近の遺跡群では、妖怪の発生が続いていたのだ。

 その頻度と規模は異常で、本来は補助人員である未成年の神谷まで戦力として駆り出さねばならない程。

 原因は不明。しかし調査と対処は必要であり、他の地域の守護を担う別の班への応援を考えていた矢先の、今夜の事態だ。


 □


 初めは、典型的な妖怪の多重出現と思われていた。

 幾つかの遺跡からの同時出現は、こういった遺跡が集中する地点において珍しい事ではない。

 ほとんどの妖怪は出現した箇所から離れないが、出現したなり他方へ移動する徘徊型であるのは、多少の例外である。

 しかし対妖結界の範囲を広げ、一般への被害を抑え込むだけの話であり、良くある流れだ。

 大きな問題はないはずだった。


 しかし、この夜は例外が重なり続ける。

 出現した妖怪が、下位の妖怪を産み出す統率能力持ちであった事、見習いとはいえ対妖訓練を積んだ神谷がその内の一体に遅れを取ったらしいこと、何故か一般人が紛れ込んでいるらしい事。

 幸い神谷は怪我もなく、後れを取った妖怪とも相打ちに近い形で仕留めていた事から、そのまま一般人への対処を任せることにした。

 まだ、徘徊型は残っていたからだ。


 だが、この夜の異常は此れに留まらない。

 再度妖怪が発生したのだ。

 まるで先に出現した妖怪は囮であるかのように現れたソレは、あろうことか災害をもたらす大妖級まで混じっていたのだ。

 その上ソイツは、多数の統率能力持ちを引き連れていた。

 22班が現場に到着する頃には、その戦力は軍勢と言えるほどにまで膨れ上がっていたのだ。


 即座に乱戦になった。

 生み出される従妖は脅威ではないが、とにかく数が多い。

 その上、統率持ちの中妖は次々と後続の従妖を生み出し続ける。

 中妖を狙おうにも、そこにたどり着く事さえ難しい有り様だ。

 現在22班には、遠隔攻撃に秀でる班員が欠けているのも、この苦戦に拍車をかけていた。


(まるで、狙われているかのようだ)


 そんな想いを三郎渕が抱いたのは、果たして偶然だったのだろうか?


 □


 そして、今。


「きゃあぁっ!!!」

「神谷!!」

「グギャヒャハハ!!! 旨ソウナ女ダ……!!」

 遂に拮抗が破れる。


 疲労の為だろうか、妖怪を切り捨てた班員の一人が、一瞬バランスを崩し、その隙を小妖が襲ったのだ。

 それが、見習いの班員の神谷だったのは、力量を考えれば必然だった。

 猪のような身体で突進してきた妖怪に、一人の隊員が圧し掛かられている。

 彼女の間近に迫る、その身体に見合った貪欲そうな男の頭。

 下手に人に似ている分、その醜悪さは度を越していた。

 その上、


 ガパァァッ!

「~~~~っ!!」


 首元迄開かれた口の凶悪さ。

 他の場所で少年を喰わんとした人面獣身の妖怪のように、その首元まで裂けた口には、鮫じみた牙が何重にも並んでいる。

 開いた口を見せびらかすかのような素振りは、班員の恐怖を煽り嬲るためだ。

 そのうえ、こいつらは群れる。


「くっ!! どけ!!」

「奏恵!! 今助けに……このっ!、邪魔よ!!!」


 一人倒されたことで、殲滅速度が落ち、倒れた班員を救い出す事さえ、ままならない。

 それどころか、焦った隙を狙われ、劣勢に陥る。

 最早、彼女を助けられるものは、誰も居ないのかと、班員達の誰しもが思う。思ってしまう。

 人面猪も、恐怖をあおるのはもう十分かと、


「ゲヒャ!! ソロソロ食ッテ……」


 いよいよ、食らいつこうとした。

 その時だ。


「邪魔。やって」

「了承」


「……へッ?」

 ボトリ

「……え?」


 人面猪の首が、落ちた。


 一瞬の後、綺麗な一直線の断面から、血しぶきのような黒い靄……陰の気が溢れて霧散する。

 その黒い靄に紛れ、人面猪に見習い班員は──神谷は人影を見た。


「な、何……? まさか……」


(まさか、桜井君……?)


 この場に、彼女を救える余裕のある人物など、居なかった。

 もし可能だとしたら、それは、この場に居ない第三者。

 だからこそ、彼女は──見習い班員、神谷奏恵は、安全な場所に置いてきた筈の同級生の姿を幻視する。


「無事?」

「……えっ、誰?」

「秘密。無事なら、良い」


 だが暗い靄の向こうに居たのは、明らかに体格が違う少年だった。

 いや、声で少年だと判断しただけで、正確には違うかもしれないが。

 何故ならば、全身を奇妙なボディースーツが覆っていたからだ。

 頭部を完全に覆いつくすヘルメットや、所謂バイクレーサーが着用するような丈夫そうなスーツは、状況が状況だけに、特撮番組に登場するヒーローの様だ。


「マスター、次ノ指示ヲ」

「本当に誰!?」


 更に隣には、別種ながらどこか似た雰囲気のスーツを着た、明らかに女性と判るボディーラインの人物がいた。

 聞こえてくる声も、硬質ながら女性と判るそれだ。

 その姿は、どう見ても同級生ではない。

 女性と思われる方の人物も、明らかに体格が別人だ。

 同級生の彼はもっと大柄で、女性側のスーツにも到底身体が収まり切らないだろう。


 混乱する神谷をよそに、二人の謎の人物は彼女の無事を見て取ったのか、次なる行動を起こした。


「あのクリーチャー達を、やって」

「了承」


 少年に命じられ女性側が、動き出したのだ。

 両の手を広げ、その指の先から光の線が伸びる。

 その線はシュルリと人面獣身の妖怪達の首に絡みつくと、次の瞬間音も無くその首を切り落としていった。

 先の人面猪の首を落としたのも、この光の線だろうか?


「ギャッ!? ギギッ!?」

「ナ、ナンダ!?」

「ギャハッ!?」


 遺跡に響く、次々と首を落とされる妖怪達の悲鳴。

 それをBGMに、少年は周囲の班員達に告げた。


「勝手に助けるけど、良いよね?」


 同時に少年は、妖怪達に手をかざす。

 すると複数の妖怪が弾かれるように吹き飛んだのだ。

 凄まじい事に、奥に居た統率能力持ちまで巻き込まれている。

 流石に中妖級はそれだけで倒されることはないものの、生み出された小妖級は、それだけで身体が崩れかけていた。


 突然の乱入者に言葉を失っていた文化財第零課の班員達は、それでもこの二人が少なくともこの瞬間においては敵ではないと判断したのだろう。


「わ、分かった。協力感謝する」

「今なら、班長を援護できるぞ!!」


 直ぐに攻勢を強めていった。


 もちろん彼らも疑問はある。

 この二人組は、突如現れた。

 女性側が少年側を抱きかかえ、まるで空から落ちてきたように飛来したのだ。


 しかし、現状その力が大きな助けになっているのは間違いない。

 班員達は多少の警戒はしても、妖怪を倒すと言う本分を全うする方を優先する。


 そうなれば、一気に流れは文化財第零課に傾く。

 何より新たに加わった戦力が圧倒的だ。

 御霊刀を扱い、常人ならざる戦闘力を発揮する隊員たちから見ても、その力は異常というより他ない。

 鋭利なワイヤーらしき光の線で、妖怪の首を切り落とす女。

 不可視の力で、妖怪をなぎ倒す少年。


 小妖のみならず、それらを生み出す中妖まで、全く敵にならないほどの力だ。


(凄い……でも、一体何者なんだ? 別の班からの応援、という訳ではないようだが)

(子供……? 神谷の様に見習い、なのか?)


 班員達は、戦力に余裕が出た為か、そんな疑問を抱く。

 本来対妖結界内には、妖怪か特定の条件に当てはまる者しか存在しないはずである。

 だがこの二人は、少なくとも妖怪ではない。

 明らかにそれと判る妖怪特有の陰の気が感じ取れないのだ。

 妖怪の中には化けることで、そういった陰の気すら誤魔化し見た目すら変える者もいるが、その場合においても二人が今使っている強力な能力等を使えば、陰の気を隠せない。


 では御霊刀使いや、素質持ちかと問われれば、それも違う。

 御霊刀も時に奇妙な形を成す物があるが、こちらも力を発揮する際には陽の気を伴う。

 それが無い以上、二人は班員達にとってひたすら謎の人物であった。


 だがこの場において、只一人だけ、微かな手掛かりをつかんでいるものが居た。


(……どこかで、聞いたことが有る?)


 見習い班員の、神谷だ。

 少年の端的な言葉。それを紡ぐのは、声変わり前のボーイソプラノ。

 その響きが、記憶の奥底に触れるような感覚があった。


 そしてもう一人、別種の疑念を抱くものが居た。


(……なんだ、この違和感は?)


 班長の三郎渕だ。


 思わぬ援軍で一気に形勢が傾いたのは判る。

 既に、大妖と戦う自分を援護し始めた班員が居るほど、形勢は決定的になっている。

 あの少年と女が何者かは、後で問いただせばいいとして、この流れは喜ぶべき状況であり、当初の予想の通りにこのまま全戦力をこの大妖に傾ければ、事態を収められるはずだ。

 状況は明らかだと言うのに、


(なぜ、コイツは未だにその笑いを崩さない?)


 目の前の大妖の余裕ぶりは何なのか?


 その理由を知る者は、この場に二組。


(((クククク……訳の分からねえ奴が紛れ込んだが、俺らの優位は動かねえ……)))


 当事者である三つ首の大妖。

 そして、


([と、こんな事を考えてやがるんだろうな])

(『わかりやすいね』)


 彼等だ。

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