19 四人目 某市古墳群第5号墳 「コモン?」世界の……
「現着しました! 状況は!?」
駆けつけるなり、手近な妖怪を切り捨てる神谷さん。
ドローンから送られてきた映像は、鮮明にその様子と周囲を映していた。
たしかここは、市内を流れる二級河川の流域に点在する古墳、その一つだ。
所謂鍵穴のような形状の前方後円墳で、石室まであった気がする。
妖怪達は、その石室への横穴から湧き出たようで、横穴の前にはあの三つ首の人面犬が威容を晒していた。
「瘴気濃度から予測されたとおりに、再度発生した。だが、見ての通り大妖級まで居る。予断を許さぬ状況だ。神谷、例の件は?」
「白です。例外側でした」
応えるのは、目元しか出さない完全な忍者スタイルの男性だ。
神谷さんが言っていた、文化財第零課の同僚なのだろう。
戦いながら他の人達に指示をしているところを見ると、まとめ役とか隊長と言った言葉が浮かぶ。
動物の身体を持ち、同時に首から上は人の姿の妖怪達がこの男にも迫るが、次々と危なげなく切り捨てているから、相当の腕前なのだろう。
手にした刀も、あの時俺が抜いた御霊刀のように輝く刃が宿っていた。
(『例の件、というのは「コモン」の事かな?』)
(「神谷さんが例外側というからには、恐らくそうだな。妖怪側も聞いているみたいだし、情報を渡したくないんだろう」)
あの人面犬は、明らかに知性があった。
この場に居る人の頭を持つ妖怪達も、同様だと考えるのが妥当だろう。
一応俺は一般人としてカウントされたらしいので、保護するためにもこの場では端的な言葉に留めているように見えた。
「そうか。ならば詳細は後だ。見ての通り処理に手間取っている。お前にも働いてもらうぞ」
「はっ!」
命じられるままに、神谷さんが戦場を駆ける。
だが、幾ら切り捨てられていても、妖怪は減る様子が無い。
そもそもあの人面犬斃した時に出て来た芯核が、切り捨てられる妖怪達から出てこない。
(『多分、僕の使い魔と同じように、魔力を核にして一時的に生み出しているモノなんだと思う。あのお姉さんが先に倒していた、少し小さいサイズのモンスターも、多分同じだ。アレを見て』)
『ファンタ』の声に言われるまま視線を向けると、妖怪達の中でやや身体の大きい個体から、ズルリと妖怪たちが湧くように出現しているのが見えた。
(『僕の世界にも、似たような生態のモンスターが居るよ。分身みたいな、配下のモンスターを統率するタイプ。そういえば、あの時お姉さんは、統率能力持ちって言ってた』)
([本体を叩かない限り、幾らでも湧くって事か!? 生体兵器でもそこまで出鱈目じゃねえぞ! おまけに見ろよ])
(【近づけて、無い】)
神谷さんと他の忍者達は、超人じみた動きで次々と雑魚妖怪を倒し続けている。
それでも、分身を生み出す本体に接近できない。
神谷さんが加わって処理速度が上がったにも関わらず、だ。
むしろ、押されているようにも見える。
「くっ! キリが無い……!」
他よりも刀の輝き──霊刃だったか──が弱いらしい神谷さんは、一応妖怪達を切り捨ててはいるものの、幾分苦しそうだ。
ただ、よく見ると妖怪達も余裕というほどではなさそうに見える。
(【顔、しかめてる】)
(『僕が作る使い魔は核に魔力を使うから、無限に作れるわけじゃない。多分、あの妖怪達も同じなんだ。今は妖怪側が押しているけど、魔力にあたるものが尽きたら、一気に逆転するよ』)
(「妖怪は自分もその魔力か何かで身体を作っているなら、身体を削りながら分身を作り出しているようなものか。余裕なんて無い訳だ」)
つまり、妖怪側の力が尽きるか、それとも神谷さん側が持久戦に勝つか、という事になる。
そう思っていた。
([いや、違うな。よく見ろよ。持久戦に付き合う気なんて、無いみたいだぜ?])
「ギャァァァァァァァッ!?」
(「えっ!?」)
いち早く変化に気づいたのは、大量の情報を扱う事に慣れている[サイパン]だ。
意識が示す方を見るよりも先に、つんざくような悲鳴が響く。
その元をカメラが追うと、分身を生み出す統率能力持ちの一体が、背後から一太刀を浴び、消滅する光景が見えた。
「一つ」
端的に討伐した数を数えるのは、あの神谷さんと話していた隊長格らしい忍者だ。
だがおかしい、確かにこの隊長も、神谷さんと同じように生み出された妖怪を倒していた筈。
そう思いその姿を探すと、丁度雑魚を切り捨てた隊長忍者の姿が、霞の様に姿を薄れさせている所だった。
(「本当の分身の術!?」)
(『方式は、使い魔やあの配下を生み出しているのと同じなんだろうけど、自分とほぼ同じ存在を生み出して入れ替わるなんて! 凄いね! 本当に「コモン」の世界の物語の忍者みたいだ!』)
披露された技に、『ファンタ』が興奮しているが、気持ちはわかる。
今まで見た使い魔や、あの生み出された妖怪達は、明らかに使い手とは別に見えたのに、あの忍者隊長が生み出した分身は、本人と全く見分けがつかなかった。
……いや、俺の世界って、本当に色々な不思議が隠れていたんだな。
マジであれは忍者だ。
([おまけに、雑魚を生み出す大本の一体が倒れた。一気に戦局が動くぞ])
(『あっ、そういえば!』)
(【流れ、変わったね】)
拮抗状態が崩れれば、流れは一気に変わる。
神谷さん達も、ここが攻め時と見たのだろう。
その圧力を一気に強めるのがよく分かった。
「コ、コシャグナ……」
「ギィ……!」
妖怪の統率持ちも、それに負けないよう抗うものの、一度生まれた流れは変わらない。
それどころか。
「二つ」
再度分身を駆使して本体の内の一体を隊長忍者が屠った事で、その流れは決定的なモノになった。
元々拮抗していた所を二匹も本体を叩かれては、こらえきれるはずもない。
遂には隊長忍者ではなく、他の忍者も分身の群れをかき分けて、本体妖怪に刃を届かせ始めた。
これは、もう決定的だろう。
「六つ」
最後は、隊長忍者が本体妖怪を正面から切り捨てていた。
神谷さんも、本体は倒せなかったものの、雑魚を大量に仕留めて道を切り開いていたので、かなりの活躍ぶりだ。
ただ、問題が一つ。
恐らく隊長忍者が大妖級と呼んだ、最大の一匹。
あの三つ首の人面犬が残って居ることだ。
([こいつは、一体何をしたいんだろうな? 図体ばかりでかくて、さっきからただ吠えているだけだぜ?])
(『でも、多分強いよ。他の分身を生み出す奴らと変わらない強さなら、隊長さんがもう倒してるはず。警戒してるんだ』)
[サイパン]の言う通り、コイツは他の妖怪が斃される中、ただ吠えていただけだ。
それに何の意味があるか判らないが、もし強力な力があるなら、戦闘中少しでも参加して妖怪達へ流れを向けることも出来たはずだった。
それをしないと言うのは……?
スマホ画面に映る現地の様子に首をかしげる俺達。
その中で、もっとも危険に敏感な一人が、それに気づけた。
(【……もしかして】)
(『【ポスアポ】? 何か気付いたか?』)
(【同じ、なのかも】)
([同じって……おい、まさか])
【ポスアポ】の中で、一つの懸念が形を結ぶのがわかった。
繋がった俺達にも、それが伝わってくる。
同時に、
ニィ…
スマホ画面の向こう、吠えるだけだった人面犬の三つの顔が、いやらし気に歪むのが見えた。
その顔には見覚えがある。
神谷さんを前にして笑った、あいつと同じ表情だ。
そして、それがおきた。
「なっ!」
「やはり……!」
「まさか!」
忍者達のうめき声が聞こえる。
無理もない。今まで倒したはずの、本体側の妖怪達が、あの三つ首の人面犬の身体からズルリと生み出されたのだ。
(「同じって、そういう事か! あの雑魚を生み出していた奴ら、それがこの三つ首が生み出していた……!」)
([おい、待て。さっきまで雑魚を生んでいた連中、確かにあの芯核とやらを落としていたぞ!? それが生み出された側だってのか!?])
(『た、多分、芯核を作り出せるタイプなんだと、思う。あの吠えていたのは、もしかするとずっと体内で生み出す妖怪用の芯核を作り出していたのだとしたら……』)
『ファンタ』の懸念の声を肯定するように、新たに生み出された妖怪達の身体から、雑魚妖怪達が再び生み出されていく。
「っ! させん!」
だが、神谷さん達もそれを見ているだけじゃない。
軍勢ほどに妖怪が数を増やす前に、誰よりも早く隊長忍者が本体を潰そうと動いて、
「「「ゲハハハハハハハハ!!!!!」」」
その動きを、今までただ吠えているだけだった三つ首の巨体に遮られる。
「チィッ!」
ギィン!!!
隊長も咄嗟にカウンター気味の斬撃を入れるものの、巨体と勢いのせいか弾かれてしまっていた。
それどころか、
「「「お前が、一番強いなあ。一番食いでも在りそうだ」」」
「……」
完全に標的とされて、動きを封じられていた。
([拙いな])
(「そうなのか? またあの分身を使えば行けそうな気がするけど」)
([分身の術も、うみだされた分身は雑魚だけ倒していた。雑魚を生み出す本体を倒していたのは、全部あの隊長本人だ。見てくれは同じ分身を生み出せても、強さには差があると見たぜ])
こういう、戦力の分析は[サイパン]が強い。
戦いの際の直感的な部分は【ポスアポ】の方が優れているが、後から見返して分析するとなると、情報処理能力に秀でた[サイパン]が勝る。
([おまけに奴は、吠えている間も忍者達の戦力を見ていた。その上で、あの隊長を押さえれば勝てると踏んだのさ。同時に隊長は、あの三つ首をどうにかしない限り勝ち目がない事を理解させられた。一番実力がある奴がお互い動きを封じられた時、何が起きるか、だ])
(【あの隊長さんが居て、さっきは勝てた。だけど、そうじゃないなら】)
(『……押し切られるね』)
事実、その通りの動きが起きようとしていた。
あの隊長忍者を欠いて、その上ここまでの戦闘で少なからず消耗していた忍者達は、雑魚妖怪の出現を止めきれなかったのだ。
次第に増えていく妖怪に、次第に押されていく神谷さん達。
隊長忍者も三つ首を相手に何とか援軍の分身を放とうとしているが、あの三つ首はその隙を許さない。
それどころか、何とか放った分身を見切られて、
「カアッ!!!」
口から放った何かで消滅させられたのだ。
(「……今のは」)
(『芯核だね。見てよ、落ちた先で新しい妖怪が形を作ろうとしてる』)
『ファンタ』が言う通り、それは妖怪の核になる芯核だった。
まるで砲撃の様に吐き出されたそれが、分身を貫いたのだ。
さらにその先で、妖怪として形を作ろうとしているのを見て……俺は決めた。
([やるのか、「コモン」?])
(「……ああ。これ以上見ているだけなのは、多分、後悔する。色々と厄介なことになるにしても、動かないよりはマシの筈だ」)
スマホに映し出される形勢は、明らかに今妖怪側に傾いていた。
今はまだギリギリで拮抗を保っているけれど、それが崩れればさっきの忍者側が押したときのように、一気に勝負が決まる。
このまま状況を見過ごせば、神谷さんを含めたあの忍者達は、無事に済まないだろう。
そんなの、
([わかった。此処はお前の世界だ。何時だって俺達は、自分の世界で生きる奴の判断を優先する、だろう?])
(『そうだね、それが僕達だ』)
(【もちろん!】)
俺の決意に、皆が応えてくれる。
そして、俺は踏み越えた。
平凡な日常に戻れる、最後のラインを。
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