18 四人目 対妖結界内 後 「コモン?」世界の……
無人の住宅地に響く咆哮。
それは俺からすると三日前、神谷さんからすると、ほんの僅かな前に聞いたものと似通っていた。
物陰に隠れていた俺が倒れる程の衝撃は、只音量が大きいだけではなく、何か魔力──いや、妖怪が扱っているなら妖力か──のような物が込められているのだろう。
はるか遠くから聞こえて来たにも関わらず、座ったままの俺も僅かにクラリと来た。
ただ、初めに聞いた時よりも精神への衝撃がさほどでもないのは、今手にしている刀……この御霊刀のおかげだろうか?
持っていると、何か不思議な力に包まれているような、そんな感覚がある。
(『凄いね、コレ。身体強化や色んな耐性を「コモン」に付与してるよ。でもこれ、どちらかというと、身体の外側に魔力の鎧のような物を作り出してる? かな?』)
俺達の中で、一番その手に詳しい魔術の専門家の『ファンタ』が、刀を中心に発現している力を読み取っていた。
魔術の源である魔力と、この御霊刀の力は、似通っていると言う事か。
(『あのモンスター……じゃなかった、妖怪が芯核っていうのから体を作っているように、この刀を元に力で造られた見えない鎧を纏ってる、そんな感じかな』)
([見えない防弾装甲とかそんな類か? パワーアシスト付きの])
(『多分ね。こんな鎧で身体を守ってるなら、動きやすさ優先のあの服を着ているのも、わかるよ』)
(「……ちょっと待て。なら、刀を俺に渡した神谷さんは!?」)
加速した意識の中、俺に刀を渡して無防備な神谷さんを見ると、焦りの色はあっても平然としていた。
俺よりも小柄な身体が小揺るぎもしていないのは、前回倒れる位衝撃を受けた俺としてちょっと羨ましくも有り悔しさもある。
([ズブの素人にくらべりゃあ、半人前とはいえプロなら訓練も積んでいるのも当然だろ。むしろ同じように動揺されても困るだろうが])
(「それはそうなんだけどな」)
ただ、彼女が浮かべた焦りの色は気になる。
この咆哮はつまり、多分あの人面犬が他にも居て、戦っていると言う事だろう。
その戦っている相手が誰かと言えば、
「桜井君。あなたが例外側というのは判りました。その上で、勧告するわ。まだ妖怪の発生が終わっていなかった以上、出来るだけ安全な場所に避難して。私は、行かなければいけない」
彼女の恐らく同僚だ。
(『戦っているのは、僕が精霊から聞いた、このお姉さんと同じ服を着た人かな?』)
([だろうな。同僚が心配になって合流したら、無傷だったんでまた別行動って事かね。チームで動いてないのはマズいと思うんだが、そうせにゃならん位に、妖怪とやらが分散してうごいているのかもしれねえ])
(【おねえさんは、「コモン」を見て隙が出来なかったら、多分あのクリーチャーに勝ててた】)
([個別に動いても戦力的に問題なかったってことか?])
(【うん】)
俺達の心の声を聴きながら、俺はさっきの咆哮が聞こえた先を思い出す。
咆哮が響いた方角には、さっき彼女が言っていたパワースポットに当たる遺跡が多くある。
つまり、新しい妖怪が湧いたと言う事だろうか?
そして、神谷さんの同僚と、妖怪が今まさにそこで戦っているのだ。
「また妖怪と戦うんだな」
「ええ、まだ半人前とは言っても、それが私の役目だから」
「……俺は戦わなくていいのか?」
「訓練も受けていない、それも一般人を戦わせるなんて問題よ。幾ら御霊刀が反応してもね」
そう言って、彼女は俺の手から御霊刀を受け取った。
「さっきは緊急時の対応として処理しておくわ。でも、本来は駄目なんですからね。何事も、専門家に任せるものよ」
「………」
そういう彼女に、俺は頷く事しか出来ない。
【ポスアポ】が言う通り俺が余計な隙を作らなければ、彼女はごく普通に今夜の件を乗り切っていただろうからだ。
俺が大人しくしていることを理解したのだろう、神谷さんはスラリと刀を抜きはなつと、疾風のような速さでこの場から駆けて行った。
□
(『やっぱりね。凄い身体強化だ。それで、どうする? 安全な場所に、行く?』)
神谷さんが走り去る姿から、強化の度合いを読み取ったのだろう『ファンタ』が、そんな事を聞いてくる。
答えはもちろん否だ。
(「それもいいけど、この結界の中で何が起きているのか、それを知りたい。そもそもどんな妖怪が出たのか分からないと、安全な場所が何処かもわからないからな」)
(『高い所に逃げたら、モンスターが空を飛んで追って来た、なんて話もあるからね……』)
(【狭い所に隠れたら、へ、蛇みたいなクリーチャーが……!】)
(『【ポスアポ】、トラウマは思い出さなくていいから!』)
安全な場所と言っても、千差万別だ。
さっきの人面犬擬き──どうも狗胴魔という呼び名に慣れない──なら、高度差で脅威から逃れられるかもしれないが、もし跳躍力が有ったり浮遊したり空を飛べるなどしたら、全くの無意味だ。
逆に狭い場所に隠れても、隙間を簡単に抜けてきたり、そもそも幽霊のように壁を通り抜ける様な相手なら、むしろ身動きできない分危険だろう。
【ポスアポ】などは、変異能力の発現のきっかけになったトラウマ案件を思い出してしまって、怯えた思念をだだ漏れにしてしまっている。
よっぽどその件が怖かったのか、大概の変異クリーチャーは平気な【ポスアポ】も、蛇タイプだけは苦手にしてしまったほどだ。
少しでも見かけようものなら、消耗もお構いなしに変異能力で消し飛ばそうとするほどで、誰しも弱点はある物だと妙に感慨深くなる。
トラウマを発症した【ポスアポ】を『ファンタ』がなだめる中、俺は[サイパン]に語り掛ける。
(「用意してもらったものを使いたい。セットアップも含めて、任せていいか?」)
([ああ、アレか。問題ない、行けるぜ。おい『ファンタ』、俺の世界でしまい込んだアレを出してくれ])
(『わかった。『ストレージ』!』)
『ファンタ』の心の声に応じて出現したのは、炊飯器みたいなフォルムの羽の生えた機械、[サイパン]の世界のドローンだ。
[サイパン]がスラッシャー達を撃退する際に操った警備ドローンと同様で、カメラやマイク、そして小火器までも内蔵した多目的タイプ。
その上飛行時の音も微小で、ボディー下面は周囲の光景を投影して疑似的な透明化も出来ると言う、特殊仕様だ。
俺が何かの役に立つかと[サイパン]に頼んで仕入れて貰ったもので、早速出番がやって来た事になる。
周囲を見回して、一応誰も居ないことを確認した俺は、[サイパン]と交代する。
神谷さんにも言われたが、専門分野は専門家に任せるべきだ。
([セッティングをするが、注文はあるか?])
(「俺のスマホから操作とか出来るようにしたいけど」)
([規格がまるで違うのに無茶言いやがる、と言いたいところだが、準備は出来てるぜ。俺の世界で先に弄っておいたからな])
こうなることをある程度予測もしていたから、[サイパン]の準備もスムーズだ。
ほんの数十秒後には、交代した俺の上空で滞空する数機のドローンの姿があった。
スマホを操作すると、その下面が夜空の光景を映し出す。
これなら、下から見上げる限り余程注意深くないと姿を確認できない筈だ。
(『これも、僕からすると使い魔めいてるなあ』)
(【『ファンタ』の使い魔は?】)
自身も妖精や精霊の力を借りる『ファンタ』がそんな事を考えていると、【ポスアポ】の疑問が飛んできた。
言葉が足りないが、思考が繋がっているから分かる。
『ファンタ』が扱う妖精を放って、神谷さんや遺跡の方向を調べられないのか、という事だ。
ただ、それが難しい事を俺達は知っている。
(『以前「コモン」の世界で精霊や妖精を放とうとしたら、あまり長く持たなかったんだ。こっちの世界だと、魔力が遠くまで届かないと言うか』)
(【へー】)
『ファンタ』の世界では、かなり離れた場所にも使い魔にした妖精や精霊を放っても問題ない。
『ファンタ』を目の敵にしている内進組の先輩の動向調査に、常時妖精を張り付かせて報告までさせられるくらいだ。
それが世界が変わると、状況ががらりと変わる。
(『似ているけど、少しルールが違うって感じかな? 『ストレージ』や飛行魔術みたいな、僕を中心にした魔術は問題なく使えるから、気づき難いけど』)
実際、以前【ポスアポ】と繋がる前に『ファンタ』と俺の世界で魔術をどれくらい扱えるか、試したことがあるのだ。
あの頃は交代も出来ない頃だったから、『ファンタ』は苦労しながらいろいろな魔術を試していた。
その際、俺から離れるほどに急速に魔術が減衰していたのだ。
使い魔となる妖精や精霊は使い手の魔力から生み出されているため、同様の結果になる。
逆に俺の周辺でなら、何時までも存在を維持できていた。
このあたり、どういう理屈なのか、俺と『ファンタ』は随分頭を悩ませたものだ。
結局そういう物として、受け入れる事しか出来なかったが。
(「だから、俺の世界でも普通に稼働する機械類の方が、都合がいいんだ」)
([そういうこった。物理法則万歳ってな])
何故かドヤる意識を[サイパン]が送ってくる。
同類だと思っていた俺の世界がオカルトじみていたのが、そんなに気になっていたのだろうか?
俺達の中で最も年上の[サイパン]だが、精神年齢は俺や『ファンタ』といい勝負なのかもしれない。
([「コモン」操作はさっき教えた通りだ。こいつはスピードもある。直ぐにでも状況が判る筈だ])
(「ありがとう、[サイパン]」)
俺は一つ礼を言うと、ドローンを操作する。
上空にあった数体のドローンは、一旦急激に上昇すると、弾かれたように遺跡がある方向へと飛んでいく。
(『わ、凄い速さだ! 僕の飛行魔術もこれ位スピード出したいなあ』)
(【ギュンギュンしてる!】)
スマホに数機分のカメラ映像が表示される。
流れる様な地上の景色とドローンの方向など、リアルタイムで更新される映像。
その中でカメラの一つが、ある対象をクローズアップしていた。
(「神谷さんだ」)
([重サイバネでもここまで速度出すのは難しいぞ。『ファンタ』の言う身体強化ってのは大したもんだな])
上空から見ると、風のように走る神谷さんの速度が良く解る。
およそ時速60km程だろうか?
路上に他の人や車が無い分、走りやすそうだ。
俺達は意識を加速していたから、彼女が離れてから即ドローンを飛ばしたに近い。
だから早々に追いつけたが、そうでなければ見失っていたかもしれない。
同時に、幾つか気付けたことがある。
(『結界の中心は、あの公園かと思っていたけれど、もっと向こうにあったんだね』)
(【ボクが感じた殺気は、一番近いのだったみたい】)
神谷さんが、今まさに辿り着いた遺跡、そこは魔境と化していた。
神谷さんと同じ服を着た数人の人物──男も居て、こっちは着こむ方の忍者装束だった──が、妖怪達と激しく戦っていたのだ。
俺が遭遇した人面犬擬きの外に、顔だけ人の妖怪たちが群れを成していた。
そしてその中心に、そいつはいた。
首から下は、人面犬擬きと似て、同時に明らかに違う。
そもそも大きさがワゴン車を思わせる位に巨大だ。
体つきも軍用犬めいていた人面犬に比べて、分厚い筋肉に覆われた闘犬に近い。
そして何より特徴的なのが、
「「「グオオオオオォォォォッ!!!」」」
吠え猛る頭部、その数三つ。
首から下が人なら、三面の鬼神である阿修羅と呼べただろう。
首から上が犬や狼なら、三つ首の魔獣であるケルベロスとでも呼べただろう。
どちらでもないこの化け物を、何と呼べばいいのか。
そんな場違いな感想を抱く中、画像の中の神谷さんは、その戦闘の渦中へと飛び込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます