17 四人目 対妖結界内 前 「コモン?」世界の……
"番"が変わる独特の感覚の後、意識がゆっくりと登っていく。
感覚がはっきりしていくと、俺は横になっているのがわかってきた。
多分、ベンチに寝かされている。
少なくとも身体に痛みはないから、気を失ったあと神谷さんに問答無用で切り捨てられた、という線は無さそうだ。
後は……、
「桜井君、起きた?」
上から降って来た声が、状況を把握する間も無いと言う事を教えてくれる。
ゆっくりと目を開くと、気を失う寸前に見たままの姿の、神谷さんが居た。
流石にもう刀を突きつけては来ないようだ。
多分、気を失った俺をベンチに寝かせてくれたのも、彼女なのだろう。
まだ俺への警戒を解いてはいないようだが、それでも三日前気を失う直前に見た表情よりは、硬さが取れているような気がした。
さて、とりあえず何というべきか。
「……起きたけど、夢かもしれない」
「何故?」
「同級生がソシャゲキャラみたいな恰好してるから、夢の方が判りやすいかなと」
「……目は醒めているみたいね。真面目にやってくれないかしら?」
(「やばい、外した」)
寝起きのちょっとしたジョークのつもりが、どうも神谷さんのお気には召さなかったらしい。
スッっと表情が鋭利になった気がする。
流石にこれ以上心証を悪くするのは拙いので、俺は降参とばかりにお手上げのポーズをしつつ、体を起こした。
だが、さっきのセリフは本音でもある。
神谷さんのコスチュームは、こんな公園では無くコスプレイベントかソシャゲの中でしか見られないような、身体の線を如何に出し如何に強調するかに全力を傾けているような代物だ。
よくよく見ると所謂鎖帷子っぽい部分もあって、身体の動きを妨げずに防御力を確保しているような風でもあった。
「というか、俺の知ってる神谷さん、で良いんだよな? 俺の事も知ってるし」
「そうね。あなたも、私の知ってる桜井君だと思うわ。だからこそ、腑に落ちないのだけど」
じっと俺を見てくる神谷さん。
俺が何者か、図りかねていると言った所だろうか?
まあ、俺の見た目なんて、そこら辺の量産型高校生でしかない。今更マジマジと見ても得るものは無いと思う。
神谷さんも今更俺を見ても話は進まないと思ったのだろう。
「あなた、あの時私に何をしたの? ……いいえ、それだけじゃないわ。あの妖怪を倒したのも、あなたなのでしょう? あなた、何者?」
気絶する直前に投げかけられていた質問が、再び飛んで来る。
とはいえ、俺達も今のセリフには気になる点があった。
([企業のバイオ兵器じゃなかったのか……])
(【変異クリーチャーじゃ、ない……?】)
(『モンスターは、一番近かった、かな?』)
意見が割れていた、人面犬の正体に、俺と脳内の俺達がざわつく。
「……妖怪、なのか……あの人面犬」
「待って、そこから?」
呆然と呟いたオレの声に、神谷さんの戸惑いもまた周囲に響いた。
□
「桜井君、あなた妖怪を知らないの?」
「図書館の子供向け妖怪図鑑なら、小学生の頃に読んだ記憶がある」
「……本当に知らないのね」
「ところで、人面犬って都市伝説の括りなのか? その辺も妖怪にカウントして良いモノなのか?」
「あなたの知識の方向性は判ったから、少し静かにして」
俺の微妙な知識では、人面犬を妖怪の括りにするのに少し抵抗がある。
都市伝説系を現代の妖怪と捉えていいものか、どうなのか。
その辺りを聞こうとしたら、神谷さんに冷たい目でストップをくらってしまった。
「桜井君が認識しているのは、民俗学的な意味での妖怪。さっき私が戦っていたのは、別の物よ」
そう言って始まったのは、俺が知らないこの世界のもう一つの顔だ。
なんでも、この世界には古くから、ああいう妖怪が湧いていたらしい。
ただその発生は、特定のパワースポットに限られているそうだ。
「人の情念が染みついた場所、霊脈の要所、古い遺跡。そういった場所には、妖怪の元となる力が集まりやすいの。そして、集まった力は芯核を作り出すわ」
「芯核?」
「コレの事よ」
神谷さんが取り出したのは、あの人面犬が残した深紅の宝石めいた石。
たしか、『ファンタ』が自分の世界のモンスターやダンジョンの元となる『コアストーン』を連想していたやつだ。
「芯核が出来上がると、周囲の力は集まりやすくなって、そして仮初の身体を作り出す。それが、妖怪」
「……え? つまり、今のソレも放置してると妖怪がまた生まれるのか?」
「そうなるわ。ただ、私がもう処置したから、これが実体を持つことはないけれど」
よくよく見ると、芯核には釘でも撃ちこんだような跡を中心に、大きなヒビが入っている。
アレが、処置なのだろうか。
「この辺りには、古い遺跡も多いわ。だから、さっきのような狗胴魔のような妖怪が度々産まれるの」
たしかに、うちの母さんとかはこの辺りの遺跡発掘のバイトとかしてるし、そういう場所が多いのは知っていたけれど、化け物も生まれていたらしい。
あと、狗胴魔って言うんだな、あの人面犬。
「多くは、無害だったりするのだけど、さっきのような凶悪なモノも居る。私達は、そういうモノに対処するための組織よ」
「……私達? 組織?」
「文部科学省文化庁、文化財第零課よ」
「国家公務員!?」
同級生の意外な正体に、思わず変な声が出たが、誰も俺を責められないと思う。
「まさか、この退妖ニンジャコスが、国家指定の制服!? 日本始まったな!?」
「桜井君、黙りましょうか」
「アッハイ」
一瞬暴走しかけたが、再度冷たくなった神谷さんの声と、ついでに鞘に納めていた刀の柄に手をやられて流石に冷静になる。
いやしかし、俺の動揺も解ってほしい。エロニンジャ擬きのコスプレ服が国家公務員に支給されてるとか、突っ込み処しかないだろう?
([気持ちはわかるぜ。オレもちょっとテンション上がった])
(『きょ、興味はあるけど……うん』)
(【???】)
脳内会議では賛成1 中立1 棄権1で、俺の意見は肯定されていた。
それはともかく。
神谷さんは、そういう妖怪へ対処する専門家の一員だったと言うわけだ。
ただし、神谷さん自身はまだ一人前ではないし、実年齢も高校生で間違いないらしい。
そもそも文化財第零課というのも、公的には存在していない組織なのだとか。
古い史跡などでそういった妖怪が発生するため、文化財を管理する文化庁預かりにしているだけで、古の陰陽寮からの流れや、御庭番等の流れを汲んでいるらしい。
なるほど、だから戦闘服がニンジャっぽいのか。
「今回の事例は、付近の遺跡で発生した妖怪が、早々に群れを形成して人を襲おうとしたの。だから、この対妖結界を展開しているわ」
「対妖結界……この、誰も居ない、ここの事か?」
俺は周囲を見回す。人一人いない、ゴーストタウンのような街を。
つまり、俺達が出れなくなった範囲というのが、対妖結界という事らしい。
「対妖結界は、妖怪のような特異な存在を位相をズラした世界へ閉じ込め、逃がさない……逆に、普通の人は認識すらできないわ。例外は、私達のような特殊な装備を持つ者だけ」
「特殊な、装備……」
それは、あの刃を持たない刀のような物の事だろうか。
そんな疑問を思い浮かべる間もなく、神谷さんが俺に告げる。
「つまり、この結界内に居るのは、妖怪か、例外か。あなたはどちらなのかしら、桜井君?」
□
この皆の世界で過ごした三日間の間に、俺は目覚めた後の方針をある程度固めていた。
神谷さんが付きつけていた刀に刃が無い事、【ポスアポ】から神谷さんから俺への殺気は無かったことを踏まえて、事情説明は出来ると踏んだのだ。
とりあえず、こんな異常な状況にあっては、俺も変に手の内を隠していても仕方ない。
同時に、あの人面犬──正式名称は狗胴魔というらしい──を倒した時の事を、彼女がどれくらい覚えているか、それが問題だった。
明かすにしても、最低限にした方が、厄介ごとは少なくなるだろう。
「俺は、まあ妖怪ではないな。ただ、例外ってのがどれを指しているのか、正直知識不足だ。俺の何が該当しているのか、さっぱりわからない」
「傷が治っていたわ。あの爪は深く入ったもの。それが無傷なんて……いえ、これに関しては、お礼を言うべきなんでしょうけどね」
「……けが人を放置するのは、後味が悪いからな。気にしなくていい」
これまでの神谷さんの話は、自分に起きた異常を理解しているだけの様に聞こえる。
どうやって、という部分は把握していないように思えた。
「あの状況で治療なんて、狗胴魔を倒せる人だけよ。つまり、そういう事よね?」
「……ああ、そうなる。すごいな神谷さんは、ずっと気絶していたのに、そこまで覚えているなんて」
だから、少しカマをかけてみる。
自分の異常からの推理で俺の特異性を予測したのか、それとも何の方法で気絶した間の事を知ったのか。
「ええ、そうね。意外だったわ。まさか同級生の一般人が、御霊刀使いの素質があったなんて」」
「は? 御霊刀……?」
「……えっ? 私の刀、使ったんでしょう?」
「……えっ?」
だが、返って来たのは想定外のセリフ。
(【倒したのはボク!】)
(「神谷さんが推理で状況を把握したのは判ったが……なんだその謎アイテムは? 俺に何の素質があるって?」)
(『あー、使い手の制限をかけてあるマジックアイテムとかなんだ、あのカタナ』)
([「コモン」世界のオカルト度合いがヤベえ])
俺の反応が想定外だったのか、神谷さんも言葉に詰まる。
「だって、私の刀、桜井君に反応していたわよ?」
「反応って、何の話だ……?」
「この子の事、なのだけど……」
話が進まないことに業を煮やしたのか、神谷さんが鞘に収まったままの刀を、俺に差し出してくる。
されるがままに手に取ると、微かに振動しているのが判った。
(『……これ、マジックアイテム? 改めて間近で見ると、かなりの魔力を秘めているような……ううん、この力は、あの芯核っていうコアストーンに似たものと同じ……?』)
([オカルト過ぎてオレらには判らんが、『ファンタ』の言う事なら確かか])
「さっき、刀を突き付けた時にわかったわ。あなたが妖怪なら、さっきあなたが前のめりに倒れた時、この刀は刺さっていたのよ。でも、そうじゃなかった」
0時を境にする交代の瞬間、俺は突き付けられた刀の側に倒れ込んでいたようだ。
色々な世界の俺と繋がった状態が妖怪判定されていたら、そこで俺の人生は終わっていたかもしれないが……なんとか無罪を勝ち取れていたらしい。
それどころか、それ以上の何かが起きたようで……。
「……この子があなたに触れた時、この反応が始まったの。これは、御霊刀が使い手を見つけた印よ」
「使い手……俺が?」
「ええ、抜いてみてあげて」
「…………」
言われるままに、鯉口を切ってみる。
すると僅かな振動が治まり、鞘から現れた刀身に淡い光が宿る。
うっすらとほのかに赤みを帯びた光は、存在しない刃の部分をなぞっていた。
「やっぱり……それも、私より相性がいい。こんなに霊刃がはっきりと見えるなんて」
「霊刃……?」
「ええ、妖怪を切り裂く心の刃よ。意志の強い人ほど、この霊刃は強く輝くの」
光の刃を、感嘆の目で見つめる神谷さん。
ほう、と思わずため息さえついていた。
「凄いわね、本当に。まるで、普通の人の何倍も心が強いみたい。これなら、霊癒の法まで発揮できるはずだわ」
「……それは」
神谷さんの言葉が指す意味を、俺達は何となく察していた。
([ああ、なるほど。俺らもカウントされてるな? これは])
(『心が強いと言うか……これ、単に4人分って事だよね』)
(【でも、勘違い】)
(「それなんだよなあ……」)
この御霊刀の力の強さ。その源が、繋がっている俺達も影響しているのは明らかだ。
俺自身の力では無い分、賞賛する神谷さんに対して、少しいたたまれ無くなる。
だが、俺はこの時忘れていた。
神谷さんを公園に残して去っていくとき、『ファンタ』が何を察知していたのかを。
神谷さんと同じ服装──つまり、文化財第零課の同僚らしき人物が、ここには居ない理由を。
そして、今だに対妖結界が解かれていないと言う事実を。
ウォォォォォォォーーーーーーーーーン!!!
「っ!? な、なんだ!?」
「! ……まさか!?」
突如と無人の住宅街に響く遠吠え。
それは、俺の世界のでの今夜の事件が、まだ終わっていないことを示していた。
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