16 三人目 都市区画外縁 [サイバーパンク]世界のスラッシャー

「おい、まだロックは解除できないのか?」

「やってるが、妙に硬い。あと5分は欲しい」

「チッ! 早くしろ! 治安部の巡回まで時間が無い」

「厄介だな……だが、これだけセキュリティが硬いって事は、情報の信憑性も上がる」


 都市の中心部から外れた区画で、そんな会話が密かに行われていた。

 数人の、明らかに武装した人物。

 その中の一人が、自身の首から伸びたワイヤーを壁に据えられたセキュリティロックと直結して、幾つかの照合を突破しようと苦闘していた。

 他の数人は、周囲の警戒だ。


「! よし、開いた!」

「入るぞ! お宝はもうすぐだ!」

「へへっ、荒稼ぎしているって話だからな。全部頂いて行こうぜ」

「! マズい、警備ドローンが近づいてくる」

「全員、中に入れ! やり過ごすぞ」


 悪戦苦闘していた電子担当が、ようやく防壁を突破し、扉が開く。

 喜ぶ男達だが、同時に巡回ドローンが近づいてくる。

 此処に来るまでに、幾つかの監視カメラやセンサーを電子的ジャミングや偽データの送信で無効化したものの、警備ドローン等に見つかってしまえば、否応なしに戦闘になるだろう。

 そうなればこの付近の警備を担う企業の治安部が駆けつけてくる。

 幾らこの男たちがこういった押し込み強盗めいた行為に慣れているとは言っても、それは避けたいところだ。

 その為、リーダーらしき男の判断で、全員開いた扉へと入っていく。

 その動きは手慣れていた。

 この手の押し込み強盗めいた潜入工作に慣れているのだ。

 [サイパン]の世界にあって、こういった行為を行う裏の者達。

 そいつらは、スラッシャーと呼ばれていた。


 □


 どの世界にも、逸れ者というのは存在する。

 所謂真っ当な道から外れ、裏の道に進む者達だ。

 その理由は様々だろうが、非合法に手を染めていると言うのは変わらない。


 [サイパン]の世界にも、そういった者達は居る。

 企業同士が激しく競争を繰り広げる、そして公的機関が形骸化したこの世界にあって、裏社会のフリーランスというのは、案外需要が多い。

 企業は本当に後ろ暗い手段を取るとき、幾らでも使い捨てにできるそう言った存在を利用するのだ。

 都市の影に潜み、闇を走る者達。

 時に企業の機密情報を盗み出し、時に重要人物を害し、時に破壊工作を行う彼らは、質に大きな差がある。

 一流のプロフェッショナルというべき存在から、それこそチンピラめいた素人同然の存在まで。


 [サイパン]と専属護衛契約を結んでいる[AC]は、明確なプロフェッショナル側だ。

 彼女は腕利きで、所属していた企業が没落していなければ、未だに企業間抗争の最前線に立っていた事だろう。

 俺達と繋がる前の[サイパン]は、一流半あたりだったらしい。

 ハッカーとして電子的な処理や工作を行えていたものの、本当の一流にはあと一歩足りない。そんな評価だったとか。

 だから、裏の人間として行き詰まりを感じていた、らしい。

 もっとも、今となっては笑い話になってしまったけれど。


 そして今、


「またロックかよ!」

「その分、お宝が近づいてるって事だろ」

「チッ、早く解除しろ」


 [サイパン]の目の前、幾つかのモニターで動向を完全につかまれている彼らは、チンピラに毛が生えた部類だろうか。


「夜に動きを掴んでいた連中? こんなにあっさり囮の方に引っかかるなんて、雑魚ね~。駆け出しの頃の[U]の方がまだマシじゃない?」

「オレには、腕のいい先輩がいたからな」


 自分の根城である店で、[サイパン]は[AC]と共にモニターの中のスラッシャー達を捕捉していた。

 このスラッシャー達が潜入しているのは、裏ルートで流通している謎の高級食材の倉庫……という名目で[サイパン]が用意した囮だ。

 裏社会で利益を上げて行けば、この様な押し込み強盗めいた手段で成果を横から奪おうとするやからは多い。

 [サイパン]自身も、この手の行為に手を染めたことがある。

 今、モニター上で電子セキュリティを解除しているあのハッカーは、[サイパン]の過去の姿だ。

 同様に、隣で周囲を警戒するのは過去の[AC]の姿と言った所か。

 とはいえ、質には大きな差がある。


 [サイパン]と[AC]のコンビは、かなりの腕利きだったようだ。

 少なくとも、偽装情報を流して無効化した筈の監視カメラとは別に、もっと巧妙に隠されたカメラに気付いていないあのスラッシャー達とは比べ物にならない。

 そもそもあのスラッシャー達は、囮情報に踊らされている時点で、電子担当の技量が足りていないことは明白だった。

 俺達が繋がった後の、今の生鮮食品の販路を構築するまで[サイパン]も、少なくない危ない橋を渡っていた。

 その間、この手の偽情報を悉く看破していたのは、質のいい情報用サイバーウェア頼みだけではなく、確かな実力あってのものだと思う。


「かわいい事言うじゃない……で、どうするの?」

「今こいつらの裏を洗っている。こいつらが餌や囮の可能性もあるからな」

「まあ、セオリーよねえ」


 この世界で怖いのは、裏の裏を読んでも更に裏があるなんてざらな事だ。

 格下のスラッシャーに無謀な潜入を行わせて、それに対する反応や対応から情報を得ようとする動きなどは、むしろ素直なやり方に入る。

 今[サイパン]が、スラッシャー達の素性を探ろうとする動きすら、痕跡を慎重に隠蔽しながら行わなければ、そこから足がつきかねない。

 それだけ警戒するのが当然なほど、この世界では[サイパン]の商品が貴重という事でもあった。


(「でも、スラッシャーが狙ってるのが野菜や鮮魚や肉なんだよな……」)

(『ダンジョンの宝箱の中身がそれって事だよね。世界が変わると事情が変わるなあ』)

(【食べ物は、大事】)

(「いやまあ、その通りではあるんだけどさ」)


 もっとも、[サイパン]と視界を同じくする俺達からすると、その絵面に困惑したくなる。

 重火器を構えて防弾ボディーウェアに身を包んだ屈強なスラッシャー達の狙いが生鮮野菜なのだから、ギャップに乾いた笑いが出そうなのは無理もない事だと思う。


 同時に、『ファンタ』の感想も理解できる。

 あのスラッシャー達は、見方を変えればダンジョンに潜る冒険者のようなものだろう。

 監視ドローンはモンスターで、電子ロックは扉や宝箱にかかった鍵や罠。

 あのハッカーは、それらの鍵開けや罠を解除する盗賊というわけだ。

 明けた宝箱の中身が、金貨よりも高価な野菜や肉や魚という点に目をつぶれば、実にわかりやすい。


 餓死しかけた事のある【ポスアポ】からしたら、確かにお宝ではあるかもしれないが、[サイパン]の世界より終わってる環境基準では何でも貴重だろう。


「……ああ、こいつらに情報を流したのは、やっぱり合成食品メーカーだな。こいつらは囮だ」


 そうこうしている内に、[サイパン]はこのスラッシャー達の裏取りを終えたようだ。

 やはり、謎の食品の情報をつかんだ企業の工作の一環だったらしい。


「やっぱりね。じゃあどうする? こいつらそろそろ締めとく?」

「いつも通りに追い込んで治安部に捕まえさせるさ。オレ達が出張るまでも無いだろ? 間抜けなスラッシャーはそれらしく、ヘマを踏んで治安部に捕まるのがお似合いだ。」


 下手に直接手出しするのも、足がつく要因だ。

 だからこそ、偽装した倉庫の囮。

 巡回している警備ドローンは、[サイパン]の掌握下にある。

 セキュリティロックと隔壁とドローンの連携で追い込み、治安部に怪しい者達を捉えさせるのが、一番スマートなやり方だ。


「それはそうなんだけど~、最近ちょっと暴れ足りないのよね~」

(「デザートでもねだってるような口調で暴れさせろとか言ってるぞ」)

(『相変わらず怖いね、このお姉さん』)


 なお、[サイパン]の専属護衛になってから逆に暴れる機会が減った[AC]は、物足りなさそうだ。

 実際、このヒトが出張れば、一瞬で終わるだろう。

 この人の外見偽装は、短時間なら透明化紛いの事まで可能なのだ。

 少しでもサイバーウェアを入れていると、偽装情報を無理やり流し込まれて姿を誤認させられる、なんていうのは、少なからず皆身体を改造している裏の人間にとって悪夢でしかない。

 透明化したまま知らないうちに忍び寄って、密かに一人づつ始末していく位、遊び感覚でやれるヒトなのだ。


「おいおい、護衛の仕事はしてくれよ」

「アーシの腕が鈍ったら、いざって時に困るでしょーよ?」

「あんな連中、練習相手にもならんだろ?」

「まーそーなんだけどねー」


 既にモニターの中のスラッシャー達は、散々倉庫内を右往左往させられた挙げ句、ある部屋に誘導されていた。

 そこは、俺の世界で言う有名通信販売サイトの流通拠点のような、並んだ箱と自動で仕分けする装置が作動している空間だ。


「ココが隠し倉庫か! 手間取らせやがって!」

「まさか、コレ全部オーガニック食材か!?」

「有り得ねえ……時価幾らになるってんだ!?」


 スラッシャー達は喜び勇んで部屋に入り、並ぶ棚にかけよろうとして……目の前の一切の光景が、消え去った。


「「「「は?」」」」


 確かに並んでいた棚、仕分けマシン、その他様々な機器の一切は、空間投影された映像だったのだ。

 空間音響で微細なマシンの作動振動さえも誤認させる、[サイパン]のそれはそれは丁寧な仕事に、スラッシャー達はまんまと騙されたのだ。


 間の抜けた顔を晒すスラッシャー達。

 その足元で、


 パカン!!


「「「「……あ!?」」」」


 音を立てて大きく開いた床板になすすべもなく、下階層へと落下していった。

 漏斗状のスロープを滑り台の様に落ちていくスラッシャー達は、あっけに取られて何とも間抜けな表情を貼り付けたまま。


「楽しいアトラクションね」

「見てて笑えるだろ?」


 芸人が体当たりで行うバラエティーのような光景に、[AC]も苦笑が隠せない。

 暴れ足りなさも抜けたようで、何よりだ。


(『それにしても、妙に手が込んでる……』)

(【楽しそう】)

(「穏便な撃退方法ではあるけど、完全にバカにしてるな……」)

([あの手の連中は、間抜けを晒す方がダメージがデカいんだ。戦傷は戦績にできるが、恥は誇れねえからな])


 そういう[サイパン]は、スラッシャー達の落下コースを、隔壁や傾斜をつかって操作していた。


 今更だが、[サイパン]はこういうドローンや自動操縦される機械の遠隔操作が得意だ。

 生鮮食品の配達に遣うドローンや、こういう警備機器等を、遠方に居ながら手足のように扱うことが出来る。

 長距離トラック──[サイパン]の世界では、殆どの車は自動化されている──を操って、意図的に事故まで起こせるほどだ。


「さて、落下ルートはこっちに誘導して、と」


 スラッシャー達はナイフ等で落下をこらえようとするものの、銃器や電子戦装備は重く、また傾斜が急なためこらえきれない。

 結果[サイパン]が誘導する下層のとあるエリアへと運ばれていく。


 下の階層だが、こちらは企業の治安部を誘導してある。

 この付近のエリアは、そもそも許可なく武装が許されていない。

 そんなところに、重武装のスラッシャー達が落とされ、鉢合わせになれば……推して知るべしだ。

 変に抵抗さえしなければ、多少の注意や拘束で済むだろうが、余り質の良くないあの連中だとどうなる事やら。


「痛てっ! クソッ! な、何だってんだ!?」

「ん? ……貴様ら、ここで何をしている?」

「な、何で治安部が!? は、ハメられたのか!?」

「やべえ、逃げるぞ!!」

「武装禁止区画で重武装の不審者を発見。他企業の工作員の可能性あり。至急応援を要請する」


 案の定、治安部とスラッシャー達は、愉快に追跡劇を始めだした。

 

「仲良く喧嘩しな、ってな」


 締めくくる様に[サイパン]が監視モニターとのリンクを切断する直前、スラッシャー達はあっけなく御用になっていたのだった。


 □


 その後、今夜は他に何も起こらず、[サイパン]は、俺が頼んでいたある物を『ストレージ』に収めると、早々に眠りについた。

 今夜の、俺の番に備えての事だ。


 そして、0時。

 遂に俺の番がやってくる。

 三日ぶりの、俺の世界の時間が。

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