10 二人目 シェルター 【ポストアポカリプス】世界のサバイバー
崩壊世界でも、日は登る。
【ポスアポ】が仮の宿としたこの廃墟の奥深くでも、壁の隙間やひび割れから、僅かな光が差し込んだ。
光を感じたのだろう【ポスアポ】に引っ張られるように、俺達もまた目を覚ました。
「……ん。おはよう、みんな」
(「ああ、おはよう」)
(『おはよう、【ポスアポ】』)
([おう、おはようさん……しっかし、相変わらず、この臭いの中よく眠れるよな])
「慣れた」
[サイパン]が言うように、周辺は酷い異臭が漂っている。
基本的には血臭だ。
昨夜この場に群れていた変異クリーチャー達は、【ポスアポ】に一体残らず倒されたのだ。
【ポスアポ】の変異能力は、腹具合で出力が違う。
俺が買い込んだ携帯食を食べきった【ポスアポ】は、単純な念動力一つでクリーチャー達を捻り潰していた。
しかし、クリーチャー達の死体は無い。
ここに残るのは、周囲に漂う異臭の元である飛び散り流されたクリーチャー達の体液だけだ。
(『魔法で洗い流そうにもこびりついてるし、第一流す先も無かったから、仕方ないね』)
(「死体を回収しているだけ、まだマシと思うしかないな」)
「教授へのお土産が、増えた」
(「ここからだと、急げば日暮れ前には【ラボ】につけるか?」)
「そのつもり」
この崩壊した世界では、異臭を放つ変異クリーチャーの死体だろうと、貴重な資源になる。
そのため倒したクリーチャーは、『ファンタ』の『ストレージ』に入れて保管するのが基本だ。
【ポスアポ】の今日の目的地も、そんなクリーチャーの死体を取引できる場所の一つだ。
「そろそろ、行く」
目深になるまでマント代わりのボロ布を被って、【ポスアポ】が廃墟を後にする。
元は高層ビルだっただろう廃墟を出ると、目の前には瓦礫と変異植物がマダラに入り混じる、荒れ果てた世界が広がっていた。
崩壊前の世界は、やはり高度な文明社会だったのだろう。
地平線の先まで続く瓦礫は、この周辺も元は大都市圏であったことを示していた。
地形そのものは俺の世界と同じだけに、その差がわかる。
俺の世界のこの地域は、決して都会では無い。
だというのに、【ポスアポ】が仮の宿としたこの廃墟は、明らかに大都市部にしかないような規模だった。
そんな瓦礫の荒野に、時折動く影がある。
変異クリーチャーや、今なお稼働し続ける自動兵器だ。
崩壊した世界は、奴らが主となって再構築された生態系が、既に構築されているらしい。
そんな瓦礫の荒野を、【ポスアポ】はこれから踏破する。
(『僕と交代して、空を飛べたらいいけど……』)
([飛行型の変異体に集られるだけだろ、それに【ポスアポ】の世界は俺達の身体じゃもたねえ])
「大型にみつかるのも、面倒」
『ファンタ』の飛行魔法は、未だ完成していない。
未だに細かな調整が残っていて、『ファンタ』に交代しないとうまく飛べないのだ。
『ストレージ』のような、共有した視界の中で行使して更にその場で終わる魔術ではなく、継続して制御する必要があると言うのが、難易度を高めているのだとか。
適当な制御で失敗しようものなら墜落死の危険もあるので、コレは仕方のない事なのだろう。
また、変異クリーチャーの中には飛行可能な個体や、怪獣じみた大型の個体も存在している。
そう言ったタイプは、生態系の上位に立つ者が多く、強い。
今の【ポスアポ】なら負ける事はないものの、手間取るのも確か。
今日は、目的地への移動が優先である以上、【ポスアポ】もそう言った個体を相手取りたくはないのだろう。
「あいつら相手にすると、腹が減る。嫌い」
([確かに、連中を相手にするとなると、変異能力無しはキツイよなあ])
「だから、何時も通りで、いい」
そう言うと【ポスアポ】は、傾いた廃墟の壁を身軽に駆け下りて行った。
□
この世界で起きた終末戦争は、実の所開始から終結まで長い期間戦争が行われていたらしい。
だからこそ、次第に兵器も規模もエスカレートしてしていったらしいが、逆に言うと決定的に終わる瞬間までは、ある程度猶予があったともいえる。
その証拠になるのが、各地に残るシェルターだ。
戦争の激化に伴って、皆危機感を覚えたのだろう。
来るべき破滅に備えて、内部である程度資源を完結させる循環型小型プラント、なんていう機能まで備えたシェルターが、各地に作られたのだとか。
【ポスアポ】が産まれたのも、そんなシェルターの一つ。
そして、目の前でクリーチャー達の巣となっているモノも、同様だった。
(『前に来たときは、ココって無人だったような?』)
「うん、プラントも壊れてた」
(「昨日の元ビルみたいに、渡りが住み着いたとか?」)
([……変異体の生態が変わるようなナニカが、どこかで起きたのかもしれないな])
変異体達はこの崩壊世界でそれぞれに生態系まで作り始めているけれど、所謂天災等で環境が変われば、それも変化する。
より強力な個体に群れが追いやられて放浪したり、大きくなった群れが巣分けで分裂したり。
変異する前の動物が持っていた習性をなぞっているタイプは、特にそういう行動を取る。
(「昆虫、かな?」)
([ああ、コレは巣分けだな])
蜂にも似た人ほどもある大きさの変異体が、せっせと捕獲した変異クリーチャーを運び込む光景。
元シェルターを巣としているのだ。
([わかり易い位に蜂だな])
「……! 蜂蜜取れる?」
(「肉食タイプだと期待できないかな。アレ、獲物を毒で麻痺させて生きながら幼虫の餌にするタイプだよな」)
「……潰そう」
蜂と聞いて甘味を期待した【ポスアポ】だが、流石にあの手の肉食蜂に蜜を望むのは無理だろう。
一応この世界の変異した植物も花を咲かせるが、人ほどのサイズの蜂を養えるほどじゃない。
むしろ花で獲物をおびき寄せて捕食するような肉食植物ばかりで、蜜を期待するほうが間違っている。
そうとわかると、【ポスアポ】の心が切り替わるのを感じた。
(「……やる気になってる所に水を差すけど、一応内部確認しながら潰さないか? 無いだろうけど、教授が捕まってたら拙いだろ?」)
([まあ、ないだろうけどなあ。あの引きこもりをどうこう出来る変異体とか、【ポスアポ】だってヤバいだろ])
(『まとめて吹き飛ばすと、ここを使えなくなるものね』)
「……わかった。調べる」
蜂型の変異体は、低空なら飛行出来るタイプのようだ。
つまり、行動範囲はかなり広そうで、【ポスアポ】の目的地の【ラボ】まで届いているかもしれない。
ラボに住む教授は、【ポスアポ】にとっての生命線に近い取引相手だ。
一応、万が一を考えると、巣の中を確かめて置くべきだと思う。
他にも、このシェルターはプラントこそ死んでいるものの状態が良かったのもあって、昨夜の廃墟の様に寝床に出来る場所でもある。
根こそぎ吹き飛ばしてしまうのは、余りに惜しい。
すっかりやる気になっていた【ポスアポ】もそこは納得したようで、使いかけていた変異能力を切り替えた。
……危ない。あと少し遅かったら、あのシェルターは根こそぎ吹き飛ばされていた所だ。
その代わりに、【ポスアポ】が構えるのは、[サイパン]が融通したサブマシンガン。
[サイパン]の世界では、子供の護身用らしい。
流石は、治安が【ポスアポ】世界並みに終わってる世界だ。
子供が扱えるように、低反動化されたその子供用銃を両手に構え。【ポスアポ】が物陰から飛び出し、銃弾の雨を浴びせ掛ける。
「とりがーはっぴー!」
(「……それって、自分で言うようなセリフだったか?」)
([外に出てる働き蜂に後ろを突かれないようにな])
(『【ポスアポ】、一瞬だけ後ろ見て。『プロテクト』で入口封じておくから』)
「らじゃ!」
俺達の中で、もっとも戦い慣れているのは【ポスアポ】だ。
適当に銃弾を撒き散らしているようで、その実蜂モドキ達の弱点に見える箇所──関節や口腔、複眼等──への集弾率が良い。
FPSで言うなら、かなりのエイムだ。
([弾なら好きにばら撒け。まだ余裕はあるからな])
(『『ストレージ』から取り出すのは僕なんだけど?』)
【ポスアポ】が使う銃弾は、特殊なもの以外[サイパン]が仕入れている。
[サイパン]の世界は治安が酷い分、武器弾薬はお手軽に手に入るらしい。
オーガニック食材で荒稼ぎしている[サイパン]からしたら、銃弾なんて安いものだとか。
逆にいうと、文明が終わっている【ポスアポ】世界では、銃弾なんてシェルターに保管されている物位しか、手に入らない貴重品だ。
そういう意味で、銃弾を好き放題撃てる【ポスアポ】は、この荒廃した世界では圧倒的なアドバンテージを得ていることになる。
ギエエエエ!?
ゲキャア!?
その証拠に変異クリーチャー達は、浴びせかけられる銃弾の雨に、対処すら出来ない。
ほとんどの変異クリーチャーは、発砲音さえ初めて聞くレベルだ。
遠距離から連続して放たれる弾丸を認識すら出来ているかどうか。
多分戦争が何十年も前で、変異体の寿命が基本的に短いのも、銃弾の脅威を知らない一因なのだろう。
ただ、クリーチャーもただやられているわけではない。
ギシィ!
「っ!」
バスッ!!!
他の個体が盾になったらしく掃射を潜り抜けた変異体が、腹部の先端を【ポスアポ】に向けたのだ。
次の瞬間、何かが弾けた音と同時に、俺達が見ている視界がブレる。
([針を飛ばすのかよ!?])
(「うわっ! 厄介な!」)
(『見てよ、また針が生えてきてる!』)
俺達の会話時特有の加速した意識の中、ゆっくりと飛来する五寸釘のような針が見えた。
さらに、針を放った蜂変異体の腹部では、尖ったモノが新たにせり出そうとしていた。
だが、飛来する針の先に、【ポスアポ】の姿はない。
「すろうりーだぜ」
ギギィッ!?
念動力で、自身の身体を瞬時に弾き飛ばしたのだ。
針の命中を確信していたらしい蜂型変異体が、驚きに複眼を変色させながら針を更に連続して放つけれど、連続して不規則に跳ぶ【ポスアポ】を捉えられない。
俺の世界で人面犬を引き裂いたような怒りに任せた出力に比べて、体重が軽い【ポスアポ】自身を動かすだけでいいこの機動は、燃費の面でも手軽に扱えるらしい。
短時間であれば【ポスアポ】の機動力は、身体能力で可能な範囲を簡単に逸脱するのだ。
([見てるこっちは目が回りそうだがな!])
(「意識に三半規管なんて無いからなあ。あったら地獄だった」)
(『【ポスアポ】も「コモン」の世界の物語にハマってきたみたいだね』)
縦横無尽に通路を飛び回りながら、【ポスアポ】は銃弾を再び浴びせ始める。
三次元的な動きは、変異体達が身を隠せる遮蔽物さえ奪う。
こうなれば、もう一方的だ。
『ファンタ』が言うように、どこかで聞いたようなセリフまでいう余裕さえある。
こうして、殆どのクリーチャー達は殲滅されていったのだった。
□
ただこの世界の脅威は、変異クリーチャーだけじゃない。
快調に蜂型変異体を倒していた【ポスアポ】が、最奥に続くだろう通路の手前で足を止めた。
(『どうかした?』)
「なんか、居る気がする」
(「女王か卵なら、一番奥にあるだろうから、そいつらか?」)
「ちがう……戦ってる?」
([どういうこった?])
「わからない。確かめる」
何かを感じ取ったらしい【ポスアポ】は、慎重に最奥──壁に残された表示では、もとはシェルターの動力区画であったらしい──への扉を開く。
そこに居たのは、
ギ……ギギ………ィ……
部屋の大半を埋め尽くすほどに肥大化した巨大な腹部を、見るも無残にズタズタにされた女王蜂型の変異体と、肉団子と化し卵を産み付けられた獲物達。
そして、人型のナニカが居た。
一見すると、普通の人のように見える。
身体の彼方此方に残る肉の塊は、つい先刻まで他の獲物のように、肉団子にされる途中だったのだろう。
だが、明確に違うのは、肌の一部が剥がれ落ち、その下から金属特有の光沢が見え隠れしている事。
「敵性体─沈黙。コレヨリ他生体ノ排除ニ移行スル」
([蜂共、よりにもよって休眠状態の大戦期の兵器を掘り起こしがったな!?])
両の目の奥を発光させるコイツは、終末戦争後期、既に環境が汚染され始めた頃に生産されたらしい、人型兵器。
そいつが完全な戦闘モードで、【ポスアポ】へと振り返った。
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