11 二人目 マンイーター 【ポストアポカリプス】世界のサバイバー

 崩壊した世界では、シェルター以外にも文明の名残が見つかることがある。

 何十年も前の話なので、発見できても役に立たないものは多い。

 食品などは、長期保存を想定していても、腐っている場合がほとんど。

 機械類も保存状態によっては作動すらしないこともある。


 ただ、崩壊した世界の技術力は、俺の世界よりもはるかに高かったせいか、時折とんでもない物が見つかることもあった。

 その中で最悪の物の一つが、


「……マンイーター」


 生き残りの人類がマンイーターと呼ぶ、最早この正式名称も解らない、人を模した兵器達だ。


 その外見は、まさしく人そのもの。剥がれた人工皮膚の下から見える金属部品以外で、人ではないと判断するのは難しい。

 【ポスアポ】と同じように襤褸を被っているせいで、顔立ちなどは判らないものの、この機体はやや小柄なタイプの様。

 今は更にフードの奥で仄かに目が輝いている分、幾らか分かりやすい位だ。

 問題は、その目が発光している状態というのが、完全な戦闘態勢を意味している事。


「状態がいい。戦闘力が落ちてない。厄介」

(「でも、なんでこんな巣の中に!?」)

([スリープ状態を、蜂共が仮死状態と判断したんだろうな……で、卵を産みつけようとブスリと行ったら、再起動した、こんな辺りじゃないか?])

(『なんでそんなのが、【ポスアポ】とかち合うのさ!? タイミング悪すぎないかな!?』)


 傷が無い状態のこの人型兵器は、見た目全く人と変わらない。

 幾つかのシェルターに残っていた記録からすると、この人型兵器は敵国に送り付けて正体を隠したまま破壊活動をすることを目的として作られたらしいことが判っている。

 敵国の施設や環境を破壊することなく、人に紛れて人だけを狙う兵器。

 マンイーター──人食いという通称も、そこから来ている。

 人への擬態性能が高いせいで、スリープ状態だと普通の人が眠っている様にしか見えないのも、厄介な所だ。

 だから蜂型変異体たちも、獲物として巣の奥へと運んでしまったのだろう。

 その結果が、奥で死に絶えた女王蜂。おまけに、女王以外は【ポスアポ】に倒されているのだから、蜂達も運がない。

 とはいえ、運が無いのは俺達も同様だ。


「生体反応──戦闘能力ヲ確認。脅威度:中」

([まずい、銃を見られた])

(「くるぞ!」)

「自己保全ヲ最優先シ対象ヲ排除スル」

「っ!!!」


 マンイーターの姿が、ブレた。

 同時に、俺達の視界も荒れ狂う。

 両手にサブマシンガンを構えた【ポスアポ】を、人型兵器がこの場の何よりも脅威だと認識したのだ。

 加速した意識の中、マンイーターの指から光る線のようなモノが伸びて、真横に薙ぎ払うのが判った。

 その高さは、【ポスアポ】の首辺り。

 僅かに遅れて、その軌跡のままに壁に裂け目が走る。

 とっさに念動での機動で回避していなければ、【ポスアポ】も只では済まなかっただろう。


([単分子ワイヤーか! 女王蜂をやったのもコレだな!])

(「まずい、こっちを目で追ってる」)

(『【ポスアポ】の動きについてくるなんて!』)


 厄介なことに、蜂型変異体では追いきれなかった【ポスアポ】の動きを、この人型兵器は完全に捕らえていた。

 襤褸のフードの奥の輝く瞳が、【ポスアポ】がどう動いても、何処までも付いてくる。


 普通の人間なら、どの方向に動くにしても予備動作と言うモノがどうしたって発生する、と聞いたことがある。

 達人ともなれば、そういった僅かな動きから、相手の次の動きを予測する事さえあるらしい。

 しかし、【ポスアポ】の念動機動には、それが無い。

 一切の予備動作なく、更に三次元的に不規則な挙動。

 だというのに、この人型兵器の視線と放たれるワイヤーは、着実に【ポスアポ】追ってくる。

 おかげで、【ポスアポ】も射撃する余裕が無く、回避に手いっぱいだ。


 更に、状況は悪化する。


(『光の線が、増えた!?』)

([指の先全てからワイヤーを出せるのかよ!?])


 視線ではとらえていても、指一本のワイヤーでは動きに追い付けないと判断したのか、マンイーターがおもむろに両の手を広げた。

 その先端から延ばされる10本の光の線。

 一気に十倍となったワイヤーが、右に左に【ポスアポ】を攻め立てた。

 余波で、部屋の彼方此方に転がされた人間サイズの肉団子が、細切れになっていく。

 これでは、流石の【ポスアポ】も逃げる隙間さえない。


「………」


 それを察した【ポスアポ】は、あっさりと足を止めた。

 もちろん諦めた訳じゃない。


(【これは避けられない。『ファンタ』、バリアお願い】)

(『大丈夫、こうなると思って準備してたから! 『プロテクト』!』)

「──!? 未知ノ現象ヲ検知──」


 引き延ばされていた意識の中、既に準備を整えていた『ファンタ』が、障壁の魔術を発動する。

 足を止めた【ポスアポ】に襲い掛かったワイヤーが、現れた淡く光を放つ障壁に弾かれて、あらぬ方向へと飛んでいった。

 魔術による障壁は、マンイーターのAIの判断を超えたのか、その動きが鈍る。

 その隙を、【ポスアポ】は見逃さない。


「ん!」

「──制御不能──原因不明」


 足を止め集中していた【ポスアポ】が、変異能力を開放する。

 瞬間、巨大な手に握られたかのように、マンイーターが棒立ちになったかと思うと、宙空に浮かぶ。

 強力な念動力だ。

 [サイパン]の見立てでは、【ポスアポ】のイメージするまま、物に力をかけているらしい。

 昨夜の廃墟では、クリーチャーの群れを一か所に集めて、まとめて雑巾でも搾る様にまとめて捻じり切り、今は巨大な手でマンイーターを握り締めるイメージだ。

 このま力をかけて行けばマンイーターは、プレス機で潰された有名人型機械と同じ運命をたどるだろう。

 しかし、そこで巨大な手のイメージが止まる。


(「【ポスアポ】……?」)

「……教授に似てる」


 呟く【ポスアポ】の視線は、握りしめられたことで襤褸のフードが外れ露になったマンイーターの顔を捉えていた。


(「……言われてみると、確かに」)

(『そっくりだね。偶然とは思えないなあ』)

([……おい、なんか嫌な予感がしてきたんだが])


 俺達も、その顔には見覚えがあった。

 【ポスアポ】の、今日の目的地。この崩壊した世界で、数少ない【ポスアポ】が無防備に休める場所。

 俺達がただ【ラボ】とのみ呼ぶその場所の主である、【教授】の顔にそっくりだったのだ。


([あー、オレ分かったわ。何でコイツの状態が良かったのか])

(「[サイパン]も? 実は俺もなんだ」)

(『あのヒトなら、コレも弄れるよねえ』)


 何となく事情を察した俺達は、戦闘の張りつめた空気から、一気に弛緩する。

 更に、追い打ちをかける様に、


「……あ、あの~、もしかして、ゆうさん、ですか?」

「?」


 部屋の奥、肉団子にされた餌の数々から、声が上がったのだ。

 【ポスアポ】が視線を向けると、大半の餌の中で、マンイーターのワイヤーが及ばなかった一角。

 その肉の山の中に、顔が一つ紛れていた。

 マンイーターと、そして【教授】と同じ顔が。


 □


 その後、俺達はシェルターを後にした。

 ただし、同行者が増えている。


「ほんっっっとに、すみません! 助けてもらった上に、送っていただけるなんて!」

「別に、いい。元々、ラボに向かっていたから。送るのも、ついで」

「必要ない。当機さえ居れば、問題ない」

「イータちゃんは、反省しなさい! 先にゆうさんへ攻撃したのは、貴女なのよ!!」

「イプシロンは、喧しい。もっと無駄を省くべき」

「シロンお姉ちゃんと呼びなさいよ!」


 両方同じ顔の、しかし纏う雰囲気は真逆の同行者が。


 片方は、さっきまで激しく【ポスアポ】とやりあったマンイーター。

 【教授】が廃棄状態のマンイーターを修復し、ラボの防衛戦力としてレストアしたモノだとか。

 どおりで、状態が良い訳だ。

 今は戦闘モードではないせいか、言葉が人間らしい。平時は擬態重視なのだろう。

 襤褸のフードの下はスイムウェアみたいなボディースーツで、人間ではないと判っていても、その魅惑の曲線には惑わされそうになる。

 名は、イータ。

 ちなみに、もとは教授の顔をしていなかったそうだが、レストアの際に顔を変えられたらしい。


 そしてもう一方の騒がしい方は、こっちも純粋な人間じゃない。

 【教授】が自らの生体細胞を培養して生み出した、一種のクローンだ。

 こちらは、何故かメイド服。

 もっとも蜂型変異体によって肉団子にされていたせいか、メイド服は無残に肉まみれだ。

 名は、イプシロン。ただし、本人はシロンと呼ばれたいらしい。

 その方が可愛いから、だそうだ。


([あの引きこもり、俺達が渡した資源で、こんな物作り上げてたのか])

(『シロンさんの方は見た事あったから、先に気付けてたらなあ』)

(「あの肉団子の中から気付くのは無理だろ……」)


 マンイーターの側はともかく、クローンのシロンの方は、以前ラボで【教授】と取引していた際、見かけたことがある。

 【教授】の身の回りの世話や研究の助手として、同じ顔のメイドが何人かいた。

 彼女は、その内の一人というわけだ。


「姉を主張するなら、変異体に攫われる愚を犯すな」

「好きで攫われた訳じゃないよ!?」


 ワイワイと騒がしい同行者。

 その話を聞いていると、凡その経緯が判った。


 事の発端は、例の蜂型変異体によるラボへの襲撃だ。

 【教授】の【ラボ】は、この荒廃世界にあって、前世紀に作られた大型プラントが十全に稼働する貴重な施設だ。

 ただ、シェルターなどにある循環型のプラントと違い、資源消費が激しい。

 その為ラボは、【ポスアポ】のようなサバイバーと協力関係を結んで、資源を確保してきた。

 しかし、そこに一つの問題がある。

 何故かそういう資源に敏感な変異体が存在するのだ。

 シェルターを巣とした蜂型変異体は、その資源に敏感な変異体そのものだったようだ。


 そして、事件が起きる。

 ある時一体の蜂型変異体が【ラボ】にやってくると、偶然屋外で作業をしていたシロンをさらったのだそうだ。

 【教授】は、これに対して防衛戦力としてレストアしたイータを差し向けたのだとか。


「ただ、行き先が判らなかったのでな。餌に成りすまして奴らに運ばせた」


 その結果、女王蜂の部屋まで直行できたらしい。

 無駄を省くにも程がある。


 その結果【ポスアポ】と戦う羽目になったのだから、運がいいのか悪いのか。

 ただ、【ポスアポ】としても、【教授】の身内と判った以上、争うわけには行かない。

 結局イータとの戦闘は、二人をラボに送るのも含めて、【教授】への貸しとして、要求することにした。


 なお、【ポスアポ】自身は、早々に二人への興味をなくしている。


「……お腹減った」

(『ほんとに【ポスアポ】はカイみたいだね』)

([色気よりも食い気だな])

(「まだ【ポスアポ】には早いだけじゃないかな?」)

(【……教授の顔なら、見慣れてる】)


 俺の目から見てもかなりの美女に挟まれながら、腹具合を気にする【ポスアポ】に、俺達は一様に苦笑するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る